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踊らない舞踏




 夜会の音楽が流れている。


 しかし、誰も踊ろうとしなかった。


 弦楽器の柔らかな旋律は本来ならば人々を舞踏へ誘うものだが、今この広間ではただの背景音にすぎない。


 すべての視線が一点へ集中している。


 皇太子の隣に立つ令嬢。


 マルール・ディジュワール。


 そして彼女を挟むように立つ二人の男。


 ひとりは白銀の髪の皇太子。


 クリストフ・ポルディネ


 もうひとりは敵国の王。


 アルベルト・ラナグローク


 その構図は、あまりにも異様だった。


 アルベルトが軽く肩を回す。


「音楽が始まったな」


 楽しげな声だった。


「普通なら踊るところだろう?」


 クリストフは答えない。


 蒼い瞳は静かにアルベルトを見据えている。


 その沈黙を面白がるように、アルベルトは言った。


「せっかくだ」


 彼の視線がマルールへ向く。


「踊らないか?」


 その瞬間。


 空気が凍った。


 貴族たちが息を呑む。


 敵国の王が。


 皇太子の隣に立つ令嬢を。


 堂々と舞踏に誘った。


 アルベルトの顔が強張る。


「……失礼ですが」


 彼が口を開こうとした、そのとき。


「断る」


 低い声が先に落ちた。


 クリストフだった。


 アルベルトが眉を上げる。


「本人に聞いていない」


「聞く必要はない」


 短い返答。


 その言葉には、明確な意思があった。


 マルールは小さく息をつく。


「殿下」


 静かに呼ぶ。


 クリストフの視線が一瞬だけ彼女へ向く。


「私は──」


「行くな」


 言葉を遮るように言った。


 声は低いが、強い。


 その様子を見て、アルベルトが笑った。


「随分と過保護だ」


「違う」


「そうか?」


 アルベルトはゆっくり首を傾げる。


「俺にはそう見えるがな」


 そして再びマルールを見る。


「お前はどう思う?」


 琥珀の瞳がまっすぐ彼女を捉える。


 その視線は奇妙だった。


 敵意ではない。


 軽薄さでもない。


 むしろ。


 何かを探しているような目。


 マルールは静かに答えた。


「私は踊りが得意ではありません」


 それは半分本当だった。


 社交の基本として踊れないわけではないが、好んで踊る方ではない。


 アルベルトは少しだけ驚いた顔をした。


「そうか」


 そして笑う。


「それは残念だ」


 しかしその目はまだ彼女を観察している。


 まるで確信を深めるように。


 そのときだった。


「……やはり」


 遠くから声が聞こえた。


 穏やかな声。


 しかしどこか研究者のような響き。


 眼鏡をかけた男がゆっくり歩いてくる。


 ジョルジュ・ルモワール


「皆様が集まっていらっしゃると思いました」


 丁寧な口調。


 だが目は鋭い。


 クリストフが言った。


「ジョルジュ」


「殿下」


 宮廷学者は軽く頭を下げる。


 そして視線をマルールへ向けた。


 観察。


 計測。


 まるで珍しい現象を見るような目だった。


「やはり興味深い」


 彼は呟く。


「何がだ」


 クリストフが問う。


 ジョルジュは少し考えるように沈黙したあと、言った。


「偶然とは思えないからです」


 アルベルトが興味深そうに笑う。


「ほう?」


 ジョルジュは続ける。


「温室の事件」


「……」


「そして今夜のこの状況」


 彼の視線はマルールから離れない。


「すべての中心にいらっしゃる」


 その言葉に周囲の貴族たちがざわめく。


 まるで。


 彼女が事件を呼び寄せているかのように。


 マルールは静かに言った。


「それは私のせいではありません」


「もちろん」


 ジョルジュはすぐに頷いた。


「しかし興味深いのです」


 眼鏡を押し上げる。


「なぜあなたの周囲だけ、世界が動くのか」


 その瞬間。


 アルベルトが小さく笑った。


「いいことを言うな」


 そして言った。


「俺も同じことを思っていた」


 クリストフの蒼い瞳が鋭くなる。


「何を知っている」


 アルベルトは肩をすくめる。


「まだ確信はない」


 そしてマルールを見る。


「だが」


 静かな声で言った。


「もし俺の考えが正しいなら」


 その言葉の続きを言う前に。


 広間の入口で突然、悲鳴が上がった。


 高い声。


 若い女性の声だった。


「きゃああっ!」


 全員が振り向く。


 そこには──


 床に崩れ落ちた令嬢の姿があった。


 そしてその手には。


 一輪の花が握られていた。


 淡い紫の花。


 温室でしか育たない、珍しい植物。


 マルールの胸がわずかにざわめく。


 それを見たジョルジュが、静かに呟いた。


「……幻惑の花」


 その言葉が広間に落ちた瞬間。


 空気が再び、冷たく変わった。











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