処刑台の上の悪役令嬢
これは、私が一度処刑された世界の記録だ。
私が死んだ瞬間、空は割れ、大地は崩れ、帝国は滅びた。
だから
今度は間違えない──。
歓声が、空気を震わせていた。
祝祭のような熱狂が帝都中央広場を満たす中、私は処刑台の中央に立たされている。
私は、ポルディネ帝国公爵家の娘。皇太子妃候補。そして──
世界を滅ぼす災厄として断罪された、悪役令嬢。
群衆の視線が突き刺さる。恐怖、嫌悪、憎悪、そして安堵。まるで怪物を見るような目だった。
それでいい。
本当のことを、誰も知らなくていい。
私に下された罪は三つ。
王家への反逆。
禁忌の力の隠匿。
そして──世界崩壊を招く存在であること。
足元に石が投げ込まれ、乾いた音を立てて弾けた。
「化け物!」
「帝国を守れ!」
罵声が飛び交う。
私は静かに瞬きをする。
──怖くない。なんて嘘だ。
本当は、まだ生きたい。まだ、誰かに名前を呼んでほしい。
胸の奥が軋む。
それでも表情は崩さない。感情を見せてはならない。それが、最後に残された矜持だった。
顔を上げる。
正面の高台──皇族席。
そこに立つのは、皇太子クリストフ・ポルディネ。
白銀の髪が光を受け、蒼い瞳は氷のように静まり返っている。帝国の秩序そのものを体現する姿。
目が合った。ほんの一瞬。その瞳が揺れた。
あの人は昔、庭園で転んだ私に、誰よりも先に手を差し伸べてくれた。
それなのに今は、帝国の皇太子として、私を断罪する側に立っている。
唇が動きかけて、止まった。
名前を呼んではいけない。
彼の立場を壊してしまうから。
その隣で、守護騎士ベルナール・シュヴァリエが拳を震わせている。赤い髪が揺れ、濃銀の瞳には怒りと苦悩が燃えていた。
少し離れた位置では、学者ジョルジュ・ルモワールが紫の瞳を細め、何か計算違いを見つけたかのように私を見つめている。
観覧席の端、敵国ラナグロークの王アルベルトは、興味深げな微笑を浮かべていた。まるで、この瞬間の意味をすでに知っているかのように。
群衆の奥で、柔らかい金茶の髪が揺れた。
ノエル。
どうか、こちらを見ないで。
あなたにだけは、こんな私を覚えていてほしくない。
胸の奥が静かに痛む。
そして──
さらに遠く。
月光のように淡い髪の青年が、感情の読めない眼差しでこちらを見つめていた。
時の外側に立つ者のような、静かな存在。
……やはり、あなたは。
確信が胸に落ちる。
「罪人マルール・ディジュワール」
宣告官の声が広場に響き渡る。
「禁忌の器として、死刑を執行する」
歓声が爆発した。
私は目を閉じる。
怖い。
消えてしまうのが怖い。
忘れられてしまうのが怖い。
それでも。
誰にも言えなかった。
言えば、世界が壊れると知っていたから。
私が消えれば均衡は保たれる。
世界は、まだ続いていく。
はずだった──。
刃が落ちる。
血の匂い。
石畳の冷たさ。
遠くで誰かが叫んでいる。
風が止む。
時間が凍りつく。
頬を伝った涙の温度を、私は確かに感じた。
それが最後の感覚になるはずだった。
その瞬間。
世界が、ひび割れた。
空が、軋んだ。空が崩れ、光が砕ける。
悲鳴が上がる。
蒼穹に黒い亀裂が走り、光が砕け散る。
大地が震え、空気が悲鳴のような振動を帯びた。
「な、何だこれは!?」
処刑人の刃が空中で止まる。
世界そのものが、何かを拒絶している。
まるで──
私の死を、拒むように。
轟音。
閃光。
そして暗転。
静寂。
次に目を開けたとき。そこは処刑台ではなかった。
柔らかな天蓋。
見慣れた壁。
朝の光。
ゆっくりと身を起こす。
震えが止まらない。冷たい石の感触が、まだ足裏に残っている。
窓の外を見ると穏やかな庭園が広がっている。
ここは公爵邸の自室だとすぐにわかった。
手をみる。捕えられて、荒れ果てた肌は傷ひとつなくなっていた。
もしかしてこれは、すべてが始まる前の時間だ。喉が震える。
どうして私は、生きているの。
処刑台。
崩れる空。
世界の悲鳴。
すべての記憶が鮮明に残っている。
夢ではない。
これはやり直しではない。破滅までの猶予だ。再び訪れる断罪の未来。
そして。
私が死ねば──世界は崩れる。
胸の奥で運命が静かに軋む。
逃れることはできない。
それでも、この時間が与えられたのなら。
感情を悟られてはならない。
未来を変えるために。世界を滅ぼさないために。
再び処刑台に立たないために。
世界は私の死を拒んだ。
──私が死ねば、世界が崩れるから。
それでも処刑の未来は、確かに存在している。
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