うるさい笑い声
三子の魂、百までも
風呂上がり、ドライヤーをかけてた俺。暗い部屋。今、この部屋には電気が付いていない。うるさい笑い声。どこから聞こえてくるんだ?全く分からない。
「誰だ?」
僕は部屋中を見回した。しかし、それらしい人影も雰囲気も無い。
そう、僕はここ、太呂魔区西垣町の1LDKのアパートに住んでいる。一人暮らしだ。誰だよ一体。
僕は声のする方向へ歩きだした———
「キャハ、キャハハハハハ」
誰?誰なんだ?俺を笑うな!馬鹿にするな!、という気持ちだった—
そして、音源に近づけた、と思った時、
「キャハハハハハ」
その音源に気づいた——
他愛も無い、
となりの杉畑さんの三歳児の声だった——
僕がそれを見つけたのは、玄関の入り口の扉を開けたところだった——
杉畑さんの息子さんの声だというのは認識したが、
あきらかにおかしい点があって僕は驚愕した。
玄関の前にいた三歳児は『誰か育ててください、もう無理です』、と言う張り紙の付いた段ボール箱に入れられていた。
おい、待て、育児放棄か?
無責任な!と思った僕は、すぐに隣の杉畑さんの部屋の玄関チャイムを何度も鳴らした。
ピンポン、ピンポン、ピンポン!
すると———
案外あっさり、杉畑さんが出てきた。
僕は、
「杉畑さん!この子、笑い声もうるさいし、その上、僕の部屋の前に『育ててください』ってそりゃ無いでしょう?常識がないんですか?ええ?杉畑さん!?」
僕は怒気を強めて言った。
杉畑さんはシングルマザーで、ちょうど二年前、隣に越してきた。杉畑さんはタートルネックで、黒いスカートをはいていた。
「それなんですよ……」
「へ?」
杉畑さんは下手くそな告白をするように、言いづらそうに、
「そうなんですよ。その“笑い声”、これが耐えられないんですよ。私は。」
僕はちょっとイラッとして—
「そうですね、確かに何かこの子にはなにか人を嘲笑うかのような嫌な笑い声をたてる。でも、それが耐えられないからと言って、僕に押し付けるってのは納得いかないなあ。どんなに嫌でも、ただの笑い声でしょ?なんとかしてくださいよ!自分で!!」
杉畑さんはげんなりして、
「わたしは精神世界を信じています。無宗教ではありますが……。ところが、この子、私がちょっとヨコシマなことを思いついた瞬間に“笑う”んです。正直、気持ち悪いくらい、的確に、ピンポイントに、タイムリーに………、私、その子、“悪魔”の子なんじゃないかと、何度か殺そうともしました。しかし、倫理観からそれもできず、もういてもたってもいられなくなって、このようにあなたに押し付けてしまいました。それは本当にすみません。お詫びします。でも、あなたもおっしゃっていたでしょう?嘲笑われるような笑い声だと……?私だけじゃなかったんですね。そこはある意味ホッとしました。万人共通だと。だから、私、今、決めました。」
僕は動揺した。
「何を?」
「この子、この悪魔の子と無理心中します。この子を社会に出してはいけない。私の心が叫んでいるんです。」
その時、その三歳児は生まれて初めて言葉を発した—
「俺は悪くねぇよ」
キャハハハハハハハ……
僕と杉畑さんは戦慄した——
悪とは、この子か、それともそれを忌み嫌うあなたか……。