第四話 会いたくなかった存在
それから僕が向かったのは、誰もいない裏山だった。
「はっ、はっ」
そこで僕は日課である素振りを繰り返す。
汗がにじみ、その前にした召喚の練習でできた傷がしみるが、それを無視して僕は素振りを繰り返す。
普段なら、素振りの間は無心で行うもの。
しかし今日に限っては、余計な記憶が頭によみがえって仕方がなかった。
……実のところ、僕の剣術は我流ではなかった。
かつて、僕は高名な剣士たる老人の行う道場に、父と母に懇願して入ったことがあった。
剣士もスキルの有無で能力は変わる。
けれど、剣士であり精霊と協力できれば少しは戦えるのではないかと思って。
その気持ちが伝わったのか、その道場の老人は僕に親身になって教えてくれた。
それも剣だけではなく、精霊の使い方に関しても。
今思えば、初めて僕のことを理解してくれたのはその老人だったかもしれない。
けれどその老人と過ごす日々も、数ヶ月であっさりと幕を下ろすことになった。
……突然父と母が、老人の元にいくことを拒否したせいで。
──惨めな姿をもう余所にさらすな。
そのときに言われた言葉、それを今でも僕ははっきりと覚えている。
それは今まで必死に忘れようとしてきた言葉で、少しずつ意識しないようにしてきた言葉。
けれど今は、どうしてもその言葉が蘇ってしかたなかった。
「……くそ」
その言葉を必死に振り払おうと、僕は必死に素振りを繰り返す。
必死に頭からその言葉を振り払おうと。
……想像もしない声が響いたのは、そんな時だった。
「なに、してんの?」
「っ!」
はじかれたように声の方向へと振り向いた僕の目に入ってきたのは、一人の少女だった。
暗くなってきた状態でも目に入る艶やかな金髪に、勝ち気な青い目。
白い髪の違って、きちんと父と母の子供であることを示す外見をした少女は、僕を冷ややかに見つめて吐き捨てる。
「こんな時間になにしてるよ、穀潰し」
「……アズリア」
その言葉に、僕は思わずその少女の名を口にする。
そう、彼女こそ僕とは違う優秀なスキルを得た実妹、アズリア・カスタルネットだった。
見るからに機嫌の悪そうな彼女の姿に、僕は内心思わず思う。
……まずい人間に見つかってしまったものだと。
咄嗟に半歩下がり半身になった僕は、できる限りいつも通りに口を開く。
「僕はいつものことだよ。それよりも、アズリアの方がこんな時間にいるのはよくないんじゃないかな?」
「余計なお世話よ。それともなに? 私が来て困るようなことでもあったの?」
そう言うアズリアはしっかりと僕の上半身を見ていて、僕の額に一筋汗が流れる。
……これは間違いなく、僕が半歩さがったのに気づいている。
内心焦る僕に対し、アズリアは遠慮なく踏み込んでくる。
「あんたごときが私に反抗しようなんて許されると……」
アズリアの表情に険しさが増したのはその瞬間だった。
その目線が僕が下げた半身に向かっていることに気づき、僕はいやな予感を覚える。
「まだ予定があるから僕はちょっと……」
咄嗟に僕はそう適当なことを言って去ろうとして、けれど無理だった。
……その前に、僕の身体をアズリアがつかんだせいで。
顔が青ざめた僕に対し、アズリアが口を開く。
「ねえ、もしかして何だけど?」
それはいつになく優しい声。
けれど、それが妹の怒りの証であることを、僕は知っていた。
「おにい、また怪我した?」
……そう言って笑顔でこちらをみるアズリアの目には、一切の光がなかった。