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改元

作者: 蒲生次郎

「やっぱり改元するらしいわね」

行きかう人々全てが日本国旗の小旗をもって賑わう広場で女は言った。

彼女は身長2メートルほどの長身で鷲鼻。瞳は抜けるように青く、肌は紙のように白い。顔形からしてイギリス人のようなのに流暢な日本語だ。

「われわれの調査通りだ。それにしてもひどい人込みだ」

うんざりしたように男がつぶやく。男は女とは対照的で肌は浅黒く、身長150センチほどだ。カップルとも思えないそのギャップにすれ違う人々の瞳は大きく見開かれる。

男の手には2019年4月28日付けの新聞が握られている。

女は目の前の群衆に眉を顰め、淡々と言った。

「この世界は複雑な成り立ちをしているから、参考になる点を観測してこいって上司に言われたから来たけれど」

群衆の熱気に当てられたとばかり、女はため息をつく。「もっとも私たちの世界ではエンペラーなんてとうに昔にいなくなったから、こうして目の当たりにしてもいまだにピンとこないわ」

「そうだな」男は我が意を得たりと頷いた。「そもそも、ここでは日本民族がほとんど一つの血統を保っていることが驚きだよ」

そして彼は付け加える。

「俺たちの世界と唯一共通するのは同じ日本語を使っているということくらいか」

女は当然とばかりに頷いた。「正確には公用語が日本語というだけよ」

男は首肯した。「彼らの多くは中国語やポルトガル語を理解できない」

「それで」と女は優雅な仕草で細い指を顎に当てる。

すれ違う老婆が思わず彼女を見上げ、「あんれまぁ、ハリウッドの女優さんかいねえ」と呟き、通り過ぎていった。

女はそんな老婆に向かって微笑みを向け、すぐに笑顔を消し、男に向き直った。

「何か参考になる点はあったのかしら」

男が思慮深げに頷く。「要するに歴史というものは、ひとつボタンが掛け違うとこうも違うということだ。まさかあの出来事があるかないかでここまでの差があるのだから」

一拍おいて女が首肯する。

「その通りだわ。この世界では大化の改新と呼んでいるそうだけれど、あの時、中大兄皇子が怖気づいて、蘇我馬子を殺せなかったばかりに後の日本の皇統は途絶えてしまった」

「そうだ」と男が女の言葉を引き取る。「我々の世界の歴史ではその後の日本は律令制の国造りもままならず、朝鮮に侵略されてしまった。挙句の果てに長い間中国の属国となり、日本人はじりじりに分断されてしまった」

女は歴史を講義する教師のようにきびきびと話を引き継いだ。

「その後中国は大航海時代を迎えたポルトガルに侵略された。東西の文化的融合が進んだけれど、18世紀になって産業革命はイギリスから起こったことで、ポルトガルの属国だった日本はイギリスにも侵略され、長い間イギリスとの混血が進んでしまう。私みたいなイングリジャポネも多い」

女は失われた世界を見るような遠い目つきで群衆を見つめる。

「この世界も二度の世界大戦を経験し、甚大な被害を受けたけれど、果たしてどちらの歴史がよかったのでしょうね」

「我々の世界の技術は間違いなく進んだぞ」男はそう言って少しだけ胸を張った。

「パラレルタイムトラベルね」

女は手に持っている銀色の小箱を撫でた。群衆の誰もがエンペラーを撮ろうと手に持っているスマホにしては奇妙な形状だ。

男は頷き、自身の腰の小箱を指さす。形状から2つは同じものらしい。

「多世界を移動できるこの装置も、歴史的に混血が進み進化した日本人が発明したものだし、もうすぐ月に都市ができるのもこの世界より進んでいる証拠だ」

「この世界は改元後、どんな時代になるのでしょうね」

その時、強化ガラスで覆われた建物内に姿を現したエンペラーとその家族が現れ、群衆の歓声が頂点に達した。

女の声はかき消され、男は女の声を聞こうと耳をそばだてる。

「この間うちの調査班がこっそり教えてくれたわ。激動の時代になるはずよ」

ようやく聞こえた女の声に応えるため、男は大声で叫んだ。

「ともかく、彼らにとって良い時代であることを祈ろう!」

「そうね」と女は言い、これで仕事は終わったとばかり踵を返す。

「よくわかったわ。うなぎでも食べて帰りましょ。まだ食べられる内にね」

女の提案に男は相好を崩す。「ははっ、そいつはいい考えだ。我々の世界では海洋生物は食べられないからな」

そして残念そうにこう付け足した。「この世界も時間の問題だがね」

2人は広場を後にした。

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