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12 犯人にやり返す②


「あー、まじでうぜえ」高柳はせせら笑った。「俺を追いこみたいんだろうけど、無理だから。底辺の深見が、わめいてもムダだから。お前の今の話、誰も信用しねえよ」


「僕は、底辺なの?」あまり興味のなさそうに深見がきく。


「カースト最下位だろうが」


「クラスにおける序列ってこと?」


「全部説明してやらねえと分からねえの?脳みそ腐ってる?」


「学校のその狭い教室のランキングを、世界の全てのように言ってるのが、変だって思わない?」


「そのランキングの1位すらなれない人間がいきがってんじゃねえよ」


 椅子をつき飛ばしたが、深見は、さらりとよけてあたらなかった。


「もう、やめようよ」私は深見と高柳の間に立った。


「うぜえな」高柳は舌打ちをして、上靴を履いた右足で私をつき飛ばした。突然の暴力に何も反応できず、床に尻もちをついた。


「痛ぁ……」じわじわと尻から痛みが広がっていった。


「その序列ってさ、何によって決まるの?親から遺伝した顔?勉強?口の悪さ?」


「は?」


「人間は序列を作り、立ち位置を気にして生きる。くだらないよね。同じ生き物でも、昆虫の方が自由だよ」


「お前は負けているから、くだらないと逃げているんだ」


「そうじゃない」怯えでも、震えでもなく言い切る。「生き方が違うだけだ。上も下もない」


「そっか、そっか、じゃあさ」高柳は口の端をあげて、おかしそうに笑った。恐怖心をあおる嫌な笑い方だった。そういうと、高柳はすっと私に近づいた。両腕を拘束される。身体を左右にゆするがぴくりともしなかった。「これから川上を好きにしようぜ」


「え?」目の前が暗くなるように、思考が停止した。


「教卓の中にあるガムテープでしばって、二人で好きにしようぜ。その写真を二人で持って、秘密を共有しておこう。今回の事件のことを喋ると、川上の写真がSNSにばらまかれる。最高におもしろくない?」成績の良い営業マンのようにペラペラと提案をする高柳は、今後、就活もうまくこなし、社会の高い地位をキープして、世界を回していくのだろうか。そんな想像が頭をよぎり、現実世界がつまらなくなった。

 はがいじめにされ、首をしめられる痛い。息ができない。

「これからやることはただの暇つぶしで、ただのゲームだから。深見も一緒にやろうぜ」


「本当に……こういう男がいるから、男が迷惑しているんだよ。吐き気がする」深見は頭を動かした。「限界だわ」


 高柳が、深見の言葉を理解できたか謎だった。なぜなら、そこから深見は、思い切り地面を蹴って、高柳に飛び掛かり、攻撃を開始したからだ。

 

 一発殴った。全く迷いのない洗練されたフォームだった。高柳の高い鼻を直撃した。その一発で、戦意を喪失する威力があったようだ。


 さらに、深見は、右のこぶしを素早く突き出し、素早く戻す。

 私は息苦しさから解放され、はいつくばって逃げた。

 人を殴ることに、抵抗やためらいがなく、作業のような表情だった。明らかに手慣れていた。

 高柳は、殴られた衝撃で、身体をすべらせ、床にはいつくばった。深見が近づくと、高柳はぶるぶると震えて、全身を丸ませて、身を固くした。


 深見は高柳の右腕をつかみ、上へひねりあげた。


「痛たぁぁあああ!!」高柳は叫ぶ。声がうるさいので、深見は顔を遠ざけて、面倒くさそうな表情になる。高柳を立たそうとするが、腰が抜けているせいで、女の子の様にへたりこんだ姿になった。


「ボクシング習っているんだ」左手で殴る構えを見せた。「まだ、殴れるんだけど」


「す、みません、もうしません」高柳は、ひねり上げられている右腕の痛みに耐えられず、とうとう泣きはじめた。


「ねえ、さっきの質問、もう1回していいかな?」深見が高柳の顔を覗き込む。「僕って底辺?」


 涙を流しながら首を横に振った。鼻をすすっていて、聞き取りづらいが、頭を下げて謝っている。「ももうじ、じわげ、ございまぜ、んで、じだぁあ」申し訳ございませんでしたとかろうじて聞き取れた。


 すっかり弱弱しくなった高柳の情けない姿が目に入る。


 深見は、飽きたという表情で、高柳の腕を解放した。高柳は、震えながら机を支えにして立ち上がった。よろめきながら、鞄をつかむと、よろよろと教室を出ていった。


 事件が解決したことに、私は息を吐いた。



   ♢



「おい!まだ帰っていないのか!」廊下から大きな声が聞こえる。「下校時刻をとっくに過ぎているぞ!何やっているんだ!」廊下に出た高柳を注意する声が聞こえた。


 高柳は追い打ちをかけるように怒鳴られていた。泣いている顔を教師に見られないように顔をそむけて、校門へ向かっていった。


 教師のスリッパが近づく音がする。


 私は深見の目を見た。深見も私を見た。目が合う。深見は教卓の下へ逃げ込んだ。私もつづいて、教卓の下へ逃げ込む。


 せまい教卓の下で、ひざを折り、体操座りになる。スカートから下着が見えないように手で隠した。


 教師が教室の前で、スリッパを止めた。


 教師は、教室の中をのぞいているようだ。教卓は足の部分に隙間があり、下からばれるのではないかと怖かった。


 私は息をひそめた。目と鼻の先に深見がいる。深見は視線をそらして、床の方を見ていた。触れあってはいないけれど、5ミリ身体を前に傾ければ、触れてしまうほど近い。私の緊張している息遣いまで聞こえているのではないかと気になった。顔が熱くなっているのがばれなければいいのに。意識すればするほど、だめだった。


 教師のスリッパの音が遠のく。


「もう、大丈夫だ」深見は言った。「やり返しに付き合わせて悪かった」


 顔を上げたが、深見はこちらを見ていなかった。深見の声はあたたかく優しくて、私は安心して涙が流れた。高柳と話している時から、ずっと緊張で震えていたみたいだった。腰が抜けて、力が抜けていく。


「ううん」私は涙をぬぐって、首をふった。「やり返してくれて、ありがとう」


「別に」深見は言った。「自分のためでもあったし」


「……どうして高柳は靴隠しなんかしたのかな」小声で話し掛けてみる。


「理由は分からない」深見が言う。「けど」


「けど?」


「五件の靴隠しは今月から始まった。それは、高柳が窓際の席に移動した時期とちょうど重なる。つまり、体育のある教室を狙っていた。教室から見えるだろ?体育の授業前に靴が無くて慌てている人の顔がさ」


 私が可愛いと思っていた高柳の姿は、靴を隠されて困っている人間を見ているときの笑顔だったのだ。


 あまりの趣味の悪さに声が出なかった。


「このこと、みんなに言う?」私は尋ねた。


「川上が言いたいならどうぞ」


「深見は?」


「僕は何も言わない」


 少しだけ予想していた答えが出た。言葉には気負いがなかった。一緒に話していて、不思議と気持ちが落ち着いた。


 床に放置された空き缶を見た。飲み口に金色の絵の具が付いている。高柳を呼び出す前に、空き缶をパレット替わりにして、金色を作ったからだ。空き缶は長い影が伸びていた。


「じゃあ、私もいいや」と笑った。深見のすごさが知れ渡ってほしくなかった。私の中だけで、もう少し味わっていたい。これは独占欲に近いのかもしれない。秘密めいていて、腹の底がそわそわする。


「深見はいつもあの山で蛇を捕まえているの?」


「蛇とか、虫とか、いろいろ」


「毎日行って飽きないの?」


「飽きないよ」眼鏡の奥の眼の瞳孔が開いた。「同じ山でも、季節が違えば虫の種類も違うし、どんな虫がいつ、どのくらい見られるかも気になる。分からないことばかりだからね」


「蛇の名前をぱっと言っていたよね。あれ、割とすごいと思うけど」歩く図鑑のようだ。「それに、深見はもっと人から認められたいとか思わないの?オレはこんなもんじゃないんだ、とかさ」


「他人がどう思っているかなんて、どうでもいいよ」深見の言葉に気負いは全くなかった。


「悔しくないの?」


「他人の感情に気を使ってばかりだと苦しくない?」


「でも」私は思わず質問をしてしまった。「腹が立たないの?」


「毛の生えた生き物に期待してないから」


 深見にとって生き物の知識は、見せびらかすものではなく、自分の中で消費されていくものだった。


 選択教室の窓は一面の夕陽を吸い込んでいた。薄い青が混じり始めた空は、何かが始まる予感を秘めた朝焼けにも見えた。夕陽が教室に流れ込み、深見の横顔も照らしている。顔の半分に光があたり、もう半分に漆黒の陰影ができている。深見のことがもっと知りたいと思った。


読んでくださってありがとうございます!

この物語は完結しました!


下にある☆☆☆☆☆を★★★★★にしていただけたら、

ブックマークをいただけたら、モチベーションが爆上がりです!

これからも作品を出していきたいと思っています。

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