10 深見の秘密②
深見がエコバッグから取り出したものは、予想のななめ上だった。
タッパを三個、取り出したのだ。
「アカガエルにシュレーゲルアオガエル。高校のビオトープにいるんだ。雨の日はカエルが捕まえやすいからさ」
赤いカエルや緑色のカエルがタッパの中で飛び跳ねていた。
「除光液の成分に含まれている酢酸エチルによって、蛾が死ぬんだよ」
もう一つのタッパには三匹の蛾の死骸が入っていた。蓋を開けると、脳を朦朧とさせる匂いが鼻をついた。お茶パックの中に除光液を浸したコットンを詰めているらしい。
「蝶なんかは、胸をつぶして殺すんだけど、蛾って胴体太いからなかなか死なないんだよな。まぁ、潰してもいいんだけど。でも、綺麗な標本を作るためにも、除光液はおすすめ」
六本足の蛾の胴体は太く繊毛があった。羽を広げたまま死んだ蛾は、彫刻の絵のような模様を見せていた。
「きれい」
「は?」耳を疑うと言った表情で訊き返される。
「蛾って、至近距離で見たことなかったけど、意外に芸術的な羽しているなって。怪獣の目みたい」
深見の目が大きく見開き、黒色の瞳の中に私の顔が映った。
「…それは、毒持っているから、むやみに触らない方がいいよ」
引き気味な口調で注意をうける。
「あ、ごめん」伸ばしかけた手を引っ込めた。深見はなぜか苦痛に耐えるように、思い切り眉をひそめていた。慌てて、頭を下げて謝罪する。「疑ってごめん」
「いや」小さな声で否定をされる。しばらくして、眉間にしわを寄せながら口角を上げると人間はそんな顔になるらしいと気付いた。「変人」と深見は小声で言った。
「え」
「普通の人間は、蛾なんか見せられると気持ち悪い、趣味が悪いって言うよ。別に僕も分かってもらおうと思って言ったわけじゃなかったのに」
深見の笑った顔は初めてで、意外すぎて少々面食らう。
変人とはひどい言われようだ。変人にだけは言われたくない。いや、変人に変人と言われることは、むしろ正常な人間の証ではないだろうか。
エコバッグの中身を確認したため、山道を戻ることにした。方向感覚を失っていたため、コンクリートで舗装された道まで引き返してくれることになった。
「あ」ガードレールに近づいた時、深見が声を上げた。
「どうしたの?」
深見は、その声を無視して、草むらに近づいてしゃがんだ。顔を上げて振り返った時、右手に運動靴を持っていた。
「雨に濡れていないし、まだ捨てて間もないんだろうな。放課後に捨てて行ったのかもしれない」深見が靴の状態を見て言った。「見つかってよかったな」
靴を私に手渡した。履いてみると若干の違和感があった。靴を持ち上げて、中を確認する。靴に書かれている名前を見て目を丸くした。
「この靴…」
「どうした?」
「この靴、私のじゃない」深見も驚いた顔をこちらに向けた。
「誰の靴?」
「この靴、黒木昭子って書いてある」これは昭子の靴だ。昭子の靴が捨ててあった。
「黒木昭子って人は、昼休憩に川上と一緒にノートを集めていたやつ?」
「そう」
どうしてここに昭子の靴が片方あるのだろうか。昭子も靴を盗まれたのだろうか。今日に限って昭子は、昼休みに教室に来た。その時の様子は少し不自然だったように思う。部活が終わっても教室で待つように指示を受けた。その理由は何だったのだろうか。濡れた髪の毛と、汚れた靴下を思い出した。
「分かった!」私は声を上げた。「謎が解けた!」
「謎?」深見が不審そうにこちらを見る。
「本当は私の靴じゃなくて、昭子の靴が隠されていたのよ。そして、昭子が自分の靴が隠されたことに気が付いたのは、四時間目の体育の授業だった。だから、靴が盗まれたとき、昭子はとっさに私の靴を使って、体育の授業に参加したの。同じ白色の靴だからばれないし。ただ、授業中急に雨が降って、グラウンドの土で運動靴が汚れてしまった」
テンションが低く甘えた様子の昭子は珍しかった。おそらく、靴を勝手に使用したことと、その靴を汚したことに対する罪悪感から、あのような態度になったのだろう。
「そして、そのことを謝ろうと今日は教室に来た。しかし、五時間目の体育が雨で中止になった。放課後まで私が校舎内にいることも分かった」
だから、昭子は六時まで校舎内にいるかを質問したのだ。きっと私が掃除時間にゴミ捨てに外に出ることまで予想をしていなかった。
そう考えると、昭子の不自然な行動にも納得がいった。
何回も昭子が今日の予定を確認した理由は、靴を見つけるためだったのかもしれない。それまでの猶予期間があるかの確認をしたかったのかもしれない。つまり、靴隠しの犯人の目星を付けていたのだ。
その人物は、合原に違いない。昭子の持ち物が欲しいと周りにこぼしており、ストーカー癖もある男だ。だから、部活をさぼり、隠し場所を問い詰めようと思った。だから、バドミントン部の部活にも参加しなかった。
「靴を隠した犯人は合原よ」私は断言した。「だって、昭子のことをずっと追い回しているから」
「合原?」深見が誰?というように、こちらを見る。
私はスマートフォンを取り出し、昭子から転送された、今朝の合原の自撮り写真を見せた。
「こいつが合原」
合原の写真を見た後、深見が沈黙する。
私は、スマートフォンで昭子に電話をかけた。
「もしもし、昭子?今どこにいるの?」
「あ、結月?ちょっと今、ビオトープにいて」
受話器の奥から本当に何も知らないんだって、という声が聞こえた。
「もしかして今、合原といる?」
「えっ、どうして?」言葉が継げない様子は、イエスと同義だった。
「いるでしょう?」憶測が正しいかが気になり、語調が強くなってしまう。
「いる、けど」
「ちょっと昭子に聞きたいことがあって」
「今取り込んでいるから」
「でも……」
「川上」
会話を遮るように名前を呼ばれた。どきっとして、顔を上げる。深見がじっと見詰めていた。目と目が合う。
そして、次になかなかに衝撃的なことを言った。「早く学校に戻ろう。犯人は合原じゃない」
次回から第4章になります!ついに復讐が始まります!
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