優しさの連鎖
「俺はヒースクリフ」
「ニ、ニナです!」
「………………アルと言います……」
食堂のテーブルに向かい合わせで座り、名乗りあった。か細い声でアルと名乗った少年は、緊張で体をガチガチに固くしていた。
この国でヒースクリフの名を知らないものなどいない。それどころか、その名は他国にまで知れ渡っている。ヒースクリフはそれほどに高名なのだ。
冒険者を志した少年が、ヒースクリフに憧れないわけがなかった。今アルの目の前には憧れの雲上人がにこにことしながら座っていた。
「本当に会えてよかった。お礼が言いたかったんだ。ニナを助けてくれて、本当にありがとう」
「ありがとうございました!」
(うそだ……)
アルの頭の中は、うそだという言葉でいっぱいだった。自分が何をしたというのだ。大したことなんてしていない。ただ迷っているニナを見つけて、ちょっとそれっぽいことがしたくて道案内しただけだ。人助けを、ヒースクリフのように。
それが直接憧れの人につながるだなんて、全く嘘としか思えなかった。それなのに、憧れの人は目の前で自分に向かって頭を下げている。
「……いや俺、ぜんぜんそんな……大したことしてない……です……」
「そんなことないよ!本当に助かったんだ。アルは俺の恩人だよ」
(うそだ…………!!)
もう現実のこととは思えなかった。
「お礼がしたいんだけど……何がいいかな?俺にできることだったら何でもいいんだけど」
「なんでも…………」
「うん、何がいいかな」
なんでも、と言われアルの鼓動は早まった。もし憧れの人と知り合えたら、もし話ができたら、もし仲良くなれたら――そんな夢想なら何度もした。ただの妄想だ。でも、今のこれは現実なのだ。
「あのッ」
アルは顔を真っ赤にして、上擦った声をあげた。
「俺に剣を教えてくれませんか!!」
一息にそう叫んで、ヒースクリフの顔を見たアルは心の底から自分の発言を後悔した。ヒースクリフは、まるで酸っぱいものを口にしたような顔をしていた。
(失敗した……!)
いくら『なんでも』と言われても、図々しすぎたのだ。ちょっと迷子を案内しただけなのに、厚かましすぎた。大したことしてないなんて、自分で1番わかっていたのに。
「……ごめん」
ヒースクリフが苦いものを噛んだような顔でアルに謝った。
(どうしよう……どうしよう俺間違った……!)
サインとか、握手とか、そういうお願いができるチャンスだったのに、ヒースクリフに厚かましいと思われたんじゃないかと思ってアルは泣きそうになった。
「本当にごめん……!俺、ばあさん……ギルド長から『誰かに戦い方を教えようなんて思うな』って釘さされてるんだ……!!」
「はえ」
本当に申し訳なさそうにするヒースクリフに、アルの涙は引っ込んだ。
「あの……嫌だから、とか……」
「じゃないよ。でもアルが危ないからそれは嫌かなあ……ううん、これが俺の得物なんだけどね」
ゴトリと音をたてて、ヒースクリフは鞘ごと剣を剣帯から外しテーブルの上に置いてみせた。
「俺ね、魔法も一応使えるけど、身体強化が得意でさ……これは俺の強化魔力がよく透るように特注で作った剣なんだ」
アルは目の前に置かれた剣に釘付けになった。憧れの人の愛剣だ。まさにお宝だった。
「俺はこれに触れただいたいのものを斬り飛ばす」
「えっ」
アルは顔をあげてヒースクリフを見つめた。ヒースクリフはしごく当然のような顔をしていた。
「さすがに龍種の胴体なんかは太くて飛ばないけど、俺は多方面からくる魔物をぜんぶ斬り飛ばす前提で動くから、まねをしたら危ないんだ」
「ええ……?」
「だいたいの攻撃も強化した腕で弾き飛ばすし、殴り飛ばしたり、蹴り飛ばしたりもするし……だから俺、ソロなんだ。誰かと一緒にいると危ないから」
巻き込んじゃうからね……とヒースクリフはうなだれた。アルがヒースクリフのまねをして、無事でいられるわけがなかった。
「ええと……?」
「俺の戦い方は教えられないんだ……ごめん。でも、そうだな、人を紹介するよ。アルを任せてぜったいに大丈夫な信頼できるやつを。ライノっていうんだけど」
「ふぁあ……」
アルは当然ライノを知っていた。知らないわけがなかった。ライノだって有名人なのだ。冒険者を志す少年が憧れる、有名人その2だった。
「ライノならぜったいに大丈夫だから!」
ヒースクリフは気軽な調子でうんうんとうなずく。
こんな伝手なんて、普通の木札が得られるはずもなかった。アルの未来はとんでもない勢いで切り開かれていく。にこにことしたヒースクリフによって。
「でも、あんまり俺がお礼したって感じじゃないよなあ。そうだ、これあげるよ」
ヒースクリフはそう言うと、腰裏のベルトから革の鞘に包まれた短剣を外してアルに差し出した。
「頑丈で使いやすいだけで、特別なものじゃないんだけど、採取や解体にも使えるよ。アルはまだ長剣を振り回すには早いから、丁度いいんじゃないかな」
呆然と口を開いたアルに短剣を持たせ、ヒースクリフは言葉を続けた。
「それから、覚えておいてほしい。俺は本当にアルに感謝してるんだ。だから、アルが困ったとき、俺はぜったいにアルの味方になる。どんなときでも、思い出してね」
アルは持たされた短剣に視線を落として、呆けたままそれを眺めた。アルの家は貧しかった。木札として一生懸命やっていたが、こんな立派な短剣なんて、いつ持てるかもわからなかった。それを、憧れの人から授けられたのだ。アルは顔を真っ赤にしてぎゅっと短剣を抱きしめた。
「ありがとうございます……!!一生大事にします!!」
「またギルドを通してちゃんと連絡するからね」
「はい……!!」
未来を夢見て冒険者見習いになった少年は、ささやかな善行をきっかけに大きな一歩を踏み出した。








