『木の棒を持った少年』
風も陽射しも、もうすっかり秋めいてきた。
ニナは変わらず、週に三度食堂に通ってゲアトに料理を教わっている。教わる内容も、だんだんと調理らしくなってきた。
ニナは最近、食堂で包丁を扱うようになっている。まだ手付きはたどたどしいが、色々な切り方も教わった。食堂で出す料理の食材を一部、ニナが切るようになったのだ。
ヒースクリフはニナが包丁を扱うようになってから、食堂で夕食をとることが多くなった。今日ニナが切った食材はどれかと話をしながら料理を食べ、そのうちにジェシカやライノも顔を見せる。毎日は温かく穏やかに、優しく過ぎていく。
今日ニナは厨房の勝手口の近くに座って、じゃがいもの皮をむいている。皮を薄くむくのは難しくて、芽が残らないようにくり抜くのは注意のいる作業だった。
ゲアトはニナに、食材を正しく調理する大切さも、それをおろそかにする恐ろしさもきちんと教え込んだ。実話を元に重々しい口ぶりで語られる話は、ニナに食材を正しく扱うことの大切さを痛感させた。
じゃがいもは、芽や緑になったところに毒があるのだ。じゃがいもに向き合うニナの目つきは真剣だった。
しょりしょりと音を立てながらじゃがいもの皮をむいていると、勝手口が開き、肩に力の入った大きな声が響いた。
「野菜の配達を依頼されました!確認のサインをお願いします!」
「おう、こっちよこせ。野菜はそこに積んでおけ」
「はい!」
ニナはなんとなしに大きな声が聞こえた方に視線を向けた。どこか聞き覚えがあるような気がしたのだ。荷台から野菜の詰まった麻袋を運んでいる少年もニナの視線を感じ、ふとニナの方を向いた。
「あれ、迷子の姉ちゃんじゃん。依頼人じゃなくてここで働いてたのか。職場に行くのに迷子になるなんて、おっちょこちょいだなあ」
ニナと目があった少年は、そう言ってニカッと笑った。
「あ、あ!!」
ニナは目と口をまんまるく開けて驚いた。そこにいたのは、迷子になったニナを助けてくれた『木の棒を持った少年』だった。
「ネビィちゃん……!!ネビィちゃん、大変です、この人です!助けてくれたんです!」
ニナは慌てふためいて大きな声を上げた。
「うむ、直ちに主を呼ぼう。すぐに飛んでくるであろう。……ヒトの子よ、そこでしばし待つがいい」
ヒースクリフとネビュラは契約で繋がっている。どこにいても、呼べば互いの声が届くのだ。
「なんだよ姉ちゃん、どうしたんだよ……?」
少年は、ニナが慌てて声をあげたことにも、どこからか聞こえた低い声にも面食らってしまった。心当たりがまったくないのだ。
「おいニナ、その坊主になにか用があるのか」
ゲアトはそんな二人を交互に見て、受領書を手にニナに声をかけた。
「はい……!恩人なんです、お礼が言いたいんです。ヒースさんも来るんです!」
「ああ……」
ゲアトはニナが迷子になった件を知っていた。なにせ食堂が大騒ぎになったのだ。
ゲアトはフーと長い息を吐いて、楽しそうに呑んでいる冒険者に声をかけた。
「おい!お前ら暇なんだろう。この受領書を八百屋に届けてくれや」
ひらひらと受領書を見せられて、声をかけられた冒険者二人組は不満そうな顔をした。
「えーなんでだよ親父さん!」
「それ木札の配達依頼だろー?自分でやらせたほうがいいって」
少年も、自分の仕事で先輩冒険者たちに迷惑をかけると慌ててしまった。
「お……俺持っていきます!自分でやります!」
ゲアトは少年の言い分をまったく取り合わず、カウンターに身を乗り出し冒険者たちに向けて言葉を続けた。
「ヒースのやつがこの坊主に用があるんだよ。あのときの様子じゃすぐに飛んでくるぞ」
「は!?ヒースクリフさんが!?」
「ネビュラ様のご意思でもある」
「なんだよそれェ!!」
冒険者二人組は驚いて立ち上がった。その名を出されて無視をできる人間なんて、ここにはいないのだ。
「ニナ!!少年が見つかったってほんと!?」
ゴォンという大きな音と共に、ヒースクリフが食堂に飛び込んできた。まるで放たれた矢のような勢いで飛び込んできたヒースクリフは、よほど慌てて来たようで頭に枝や葉をつけていた。
「あの……俺ら持っていくんで」
「ゆっくりオハナシしてください」
冒険者二人組は、ゲアトが無言でひらつかせる受領書を手にとって後退るように食堂を出ていった。
「なんだよ……姉ちゃんなんなんだよ……」
少年は、慌てて飛び込んできた憧れの冒険者にも、それに自分が関わっていることにもとんと理解が追いつかない。
涙目になって、情けなくひびくつぶやきをぽつりと落とした。








