救い
「私が王であったら、君は私に何を訴えたいんだね?」
ジルは情報を得ようと少女にそう問いかけた。
「ひどっひっ酷いことが、起こって、りょうしゅさまを、止めてくれますか……?」
少女には伝えなければいけないことがたくさんあったが、うまく言葉にならなかった。立て続けに少女の許容を超えた事態が起こり、頭はひどく痛んだ。伝えなくてはと焦れば焦るほど思考が空転し、気が急いて何から言えばいいのかわからなくなった。ジルが纏う上に立つ者の気配にも、少女は圧されていた。
「逃げてきただけの使用人か……?」
ジルはそう呟き、少女の目を正面から見据え諭すように言葉を発した。
「私は辺境伯だ。王ではない。そして、例え王であっても、領地の中で起こることは余程のことでない限り手出しできない」
ジルから発されたのは少女の気を挫く言葉だった。ジルは少女の事情を聞こうと思って言葉を発していたが、少女には伝わらなかった。
少女は自身の存在が取り合われないことに慣れきっていたし、何が『余程のこと』と判断されるのかもわからなかった。目の前の立派な服を着た男でも、『おうさま』でも止めてくれないと言うのなら、少女は誰に伝えればいいのかが、もうわからない。
「でも、また人がし、死んで、私、誰に……誰……っ」
そのとき、少女の肩を支える手にぐっと力が込められた。
「俺が話を聞くよ」
少女に向かってかけられた声は、傍らでずっと少女の肩を支えていた青年の声だった。
「ヒースクリフ!!」
「ジルさんの話し方はひどい。こんな必死な子に、かわいそうだろ。それに、この子を放っておけるなら、俺は星を付けられていない」
ヒースクリフと呼ばれた青年は、ジルの声を切って捨てた。
「大丈夫、落ち着いて話してごらん?俺が君の話をぜんぶ聞くし、ぜったいに力になる」
少女を覗き込むヒースクリフの瞳は優しかった。体はしっかりと支えられていた。『助けて』という言葉さえ知らない少女が必死に伸ばした誰かを求める手が、初めて握り返された。
その手は、何よりも温かく、力強かった。
ぽろりと目からこぼれ落ちる涙とともに、少女はわななく唇を動かした。
「門を、門を開くって、もうすぐ『特別な材料』が届くって、メイド長も、アニーも、誰も、材料になんてされていいはずない……!りょうしゅさまをとめて、もう誰も『冥界の門』の材料にしないで……!!」
少女の悲痛な叫びはようやく音になり、エントランスホールに反響した。
「『冥界の門』だと……!?馬鹿な、それは禁呪だ!真実であればここら一帯が死の沼に沈むぞ!!」
驚きに満ちたジルの怒号がホールに響き渡った。辺境伯令嬢の誘拐を企てたと見なされる貴族が何かを起こそうとしていることはわかり切っていたし放っておくつもりもなかったが、少女がもたらした情報はさすがに予想の範囲を大きく超えていた。
「予想外の大事だなあ……こんなのまさかだろ」
ヒースクリフもまた、弱々しく怯えきった少女が巻き込まれたあまりの事態に胸を衝かれた。
「予想外にも程がある……!『特別な材料』とはまさか私の娘か……ッ!」
ジルはあまりの怒りにギリギリと拳を握りしめた。
「正式な名と材料……管制されている情報がでた以上信ぴょう性は高いが、私はまだ大きく動けん。……ヒースクリフ、頼めるか」
その名が出た以上対策を講じないわけにはいかないが、ジルが自ら動くということは『辺境伯が他領に挙兵する』ということだ。2人は少女のもたらした情報をおそらく真実だと判断していたが、ジルが動くことの強引さを考えるととれる手段は限られていた。しかし、とれる手段のその最善手が、ここにいる。
「止めてくる。ネビュラとあと誰か連れて行くよ。この子、ちょっと預かってて」
「当然身柄を預かる。……気をつけろ、思い切った手に出たくらいだ。事態は考えられる以上に逼迫しているかもしれない」
「任せろよ」
ヒースクリフはジルとの会話を切り上げると、少女の背中をなだめるように擦りながら、少女の瞳を真正面から見つめて力強く言い切った。
「教えてくれてありがとう。俺が止めてくる。任せて、俺は金剛石五つ星の冒険者なんだ。ぜったいに何とかする。だから信じて、ここで待ってて」
少女はぼろぼろと涙をこぼしながら頷いた。事態はようやっと、少女の手を離れて動き始めた。








