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涙、或いは一片の花弁  作者: 内藤晴人
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其の参 茨の玉座

手に入れたいなどと、これっぽっちも思っていなかった。

相応ふさわしいなどと、思ってすらいなかった。

 父王の急死で意図せず座ることになった玉座は、針のむしろのようだった。

 我はオロ・ノードの第二王子であるから、当然跡目は兄レッテ・ディンが継ぐべきだと思っていた。

 兄者は勉学に秀で、人柄も申し分ない。

 王にふさわしい人物だと我は思っていた。

 

 けれど、兄者はご自分が第二婦人の子で、弟の我が正妻の子であると言う出自を気にしているようだった。

 公の場では兄者は常に我の後ろに控え、決して目立つ振る舞いはなさらなかった。

 そして、我とは常に一歩距離を置いているようだった。

 

 我は、それでも兄者に王になって欲しかった。

 意地でも我を王位につけようとする祖父である宰相を諦めさせようと、殊更に粗野な振る舞いをした。

 そして、城下に出ては狼藉を働いた。

 結果として、宰相の思惑とは裏腹に、兄者を次の王に、と言う声が大きくなっていった。

 

 そんな時、父王が前触れもなくお隠れになった。

 晴れて兄者が国王になる、そう思っていた。

 しかし、兄者は突然王宮からいなくなった。

 影のように付き従っていたクァク・ヴァと共に。

 ただ一人取り残された我が、結果として王に即位した。

 が、我がこの国と民の命運を背負えるほどの器ではないと、我自身が一番知っている。

 結果として、まつりごとは宰相である祖父に丸投げ、軍事は母お気に入りの将軍の好き勝手。

 小さいながらも豊かで美しかったオロ・ノードの国土は乱れ、臣民の心は荒んだ。

 

 

      ※

 

 そんなある日、我は母と祖父が何やら話し合っているのを目にした。

 王たる我を差し置いて、一体何を。

 気配を消して近付き、耳をそばだてる。

 そして我は、信じられぬことを聞いた。

 

「……では、早速うわさを確かめるべく、モルウルサルに人を」

 

「既に手は打ってございます、父上。それにしても商人に身をやつすなど、さすが卑しい生れの者と言いましょうか」

 

 母の言葉で、二人が兄者の話をしているのだと理解した。

 兄者の母君は、平民の出だったからだ。

 

「しかし、もしその人物がかの御仁だった時はどうする? どのみちそんな遠方にいては、こちらに手を出せまい」

 

「父上は考えが甘うございます。万一あちらの国王に取り入り、攻め込んできたらいかがなさるおつもりです? 」

 

 妾のかわいいダムマイの身に危険が及ぶやもしれない。

 そう感情的に叫ぶ母に、我は辟易へきえきした。

 けれど、話はそれで終わらない。

 

「そんなことになれば、妾が苦労して御上に毒を飲ませ続けたことが無駄になります。父上もおわかりのはず」

 

「滅多なことを言うでない! 誰かに聞かれたらどうする? 」

 

「その時は、その者を消すまでのこと。簡単でございます」

 

 我は、耳を疑った。

 あのお優しく気高い父王を、母がほふったというのか。

 母の言葉は、更に続いた。

 

「とにかく、あの邪魔者を一刻も早く始末したいのです。さもなくば、枕を高くして眠れませぬ……」

 

 許せなかった。

 いかに母と祖父とはいえ、そのようなことが許されていいはずがない。

 自室に戻るや否や、我は唯一心を許している傅子めのとごで近侍のベク・タウルを呼び、事の仔細をつまびらかに話した。

 そして、色を失うタウルに命じた。

 母と祖父を叛逆罪で処刑せよ、と。

 

 以後、人々が我を見る目は変わった。

 冷血漢、親殺しと影で罵る者もいたが、後悔は無かった。

 後は一刻も早く兄者にお戻りいただくべく、八方手を尽くした。

 けれど、見つけ出すことはできなかった。

 

 

     ※

 

 手についた血が落ちない。

 忌まわしいあの光景が、目に焼き付いて離れない。

 ならば、どうすればいい?

 それなら、いっそのこと……。

 

「うわああぁぁ──っっ‼ 」

 

 自らの絶叫で目を覚した彼は、同時に激しい痛みに顔を歪める。

 すると、更なる激痛が彼を襲った。

 

 痛みを感じるということは、自分はまだ生きているのか。

 

 落胆し、彼は改めて自分が置かれている状況を確認する。

 そこは冷たい地べたではなく、温かく柔らかい寝台だった。

 そして、自らを顧みると、傷口にはしっかりと手当がほどこされていた。

 

 一体何が起こったのか。

 自分は、確か……。

 

 そこまで考えが及んだ時だった。

 

「気が付いたか、クァク・ヴァよ。お前のあの様な姿には、さすがの我も肝を冷したぞ」

 

 聞き覚えのある声がする。

 痛みに顔を歪めつつそちらに視線を向けると、そこには一人の男が立っている。

 隆々たる体躯に、雄々しい顔。

 紛れもなく、その人は……。

 

「ダムマイ陛下……どうして……」

 

「その言葉、そっくり返すぞ。一体何があったのだ、その有様は。それに、妙なことを言っていたではないか」

 

 言いながら、オロ・ノード国王レッテ・ダムマイはクァク・ヴァの横たわる寝台の脇にどっかりと腰を下ろす。

 そして、クァク・ヴァの顔を覗き込みながら更に続ける。

 

「兄者の側から片時も離れたことの無いお前が、何故一人で戻ってきた? よもや、兄者の身に良からぬことでもあったのか? 」

 

 ダムマイの言葉に、クァク・ヴァは黙り込む。

 残されたその左眼から、一筋の涙がこぼれ落ちた。

 

「どうした、なぜ泣く? 傷が痛むか? 今、薬師を……」

 

「いえ、陛下、全ては私に与えられた罰でございます。ぜひとも私に、死をお与えください」

 

「縁起でもないことを言うな。お前に会えて、我は嬉しいのだ。……改めて聞くが、兄者は今、どこにおられる? 」

 

 真っ直ぐに見つめてくるダムマイの視線を受け止めかねて、クァク・ヴァは残された左手で顔を覆う。

 そして、かすれた声で言った。

 

「ルフマンド様……ディン殿下は、もうこの世にはおられません……」

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