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涙、或いは一片の花弁  作者: 内藤晴人
3/7

其の弐 踊り子の矜持

自由と引き換えに得られる物なんて、あるはずない

そう思ってた

 あたしは踊り子。

 親の顔は知らない。

 

 生きるためなら、ゴミ漁りでも盗みでもやった。

 そんな最低な生き方をしていたあたしを助けたのは、旅回りの一座。

 

 座長は厳しかったけど、あたしの才能を見つけてくれた。

 それが、踊り。

 ちょっと教わっただけで、あたしはどんどんうまくなった。

 そして、このジンソエの街を回る一座の看板になった。

 

 踊るのは楽しいけれど、一座という集団があたしには窮屈だった。

 今までの勝手気ままな生活と違いすぎて、抜け出したかった。

 あたしは遂に我慢できなくなった。

 そして、決めた。

 

 この一座を抜けたい。

 自由に生きたい。

 

 そう座長に言おうと。

 

 

      ※

 

 とある港町、ここが今回のあたしたちの公演場所。

 滞在期間は、二週間。

 その間、あたしたちは天幕を張ってそこで生活する。

 奥まった所にある一番大きな天幕が、座長の家。

 

 この町での公演が終わったら、お暇をください。

 

 そう伝えるために、あたしはその中をのぞき込んだ。

 

「……座長? 」

 

 恐る恐る、声をかける。

 けど、中からは座長と誰かが話している声がした。

 先客がいたなら仕方がない。

 出直そうと思って回れ右をして戻ろうとした時だった。

 

「レイナ、構わない。入りなさい」

 

 どうやら座長はあたしに気がついていたらしい。

 気まずさを感じながら、あたしは天幕の中に入った。

 座長と話していたのは、知らない人だった。

 けれど、何だか偉そうな感じの嫌な奴だった。

 

 そいつは値踏みするように、あたしのことを頭の先から爪先まで眺めていた。

 あたしが不機嫌を隠そうともしないのに、座長は苦笑いを浮かべて言った。

 

「この子がうち一番の踊り子、レイナです。先程お話した」

 

 座長の言葉に、偉そうな客はようやくあたしを見るのをやめた。

 

「なるほど、これほどまでの美形なら、かの御仁も心を奪われることでしょう」

 

 あたしは、寒気がした。

 第一あたしは踊り子だ。

 それ以外のこと……春を売るようなことはしたくないし、するつもりもない。

 それがささやかな、あたしの踊り子としての矜持だから。

 そんな嫌悪の感情が顔に出ていたのかもしれない。

 座長は、誤解だ、と言って笑った。

 

「じゃあ何なんです? あたしに何をしろと? 」

 

「今度、つ国からのお客人を招いて宴が催されるんだが、その席で……」

 

「踊るなら構いません。それがあたしの仕事だから」

 

 そう言うあたしに、偉そうな客はいやらしい笑みを浮かべた。

 見たくもない。

 反吐へどが出る。

 顔をそむけようとした時、そいつは妙なことを言った。

 

「実はそのお客人に売り込みたい商品がある。アルバ地方の酒なんだが……」

 

 その噂なら、聞いたことがある。

 確か、造れる数が少ない貴重なお酒で、とても美味しいんだとか。

 

「実際に相手に気に入ってもらわなければ、意味がない。そこで、貴女に踊りが終わったあと客人にその酒を売り込んでほしい、と言うわけだ」

 

「でも……あたしは踊ることしかできないよ。第一無学で……」

 

 戸惑うあたしは、助けを求めるように座長を見る。

 売り込めと言われても、あたしには気の利いた会話なんてできない。

 育ちが悪いあたしが何を言っても逆効果だろう、そう思ったから。

 

「まあ、もし貴女が断ると言うなら、この一座が無くなるだけのことだが」

 

 偉そうな客の、何気ない一言にあたしは耳を疑った。

 既にそいつの顔からは、あのいやらしい笑みは消えている。

 

「本当なの? 座長……」

 

 あたしの問いかけに、座長は弱々しくうなずいた。

 聞けばこいつは、この国……ジンソエの有力者で、うちの一座に援助をしているという。

 あたしが断ればそれを打ち切る、と言うのだ。

 あたしは迷った。

 一座が無くなれば、晴れてあたしは自由になれる。

 けど、家族同然の一座のみんなが路頭に迷うことになる。

 自由と引き換えにみんなの恨みを買うのは嫌。

 けれど、あたしは……。

 

「レイナ、頼む。もしやってくれるなら、何でも褒美をやろう」

 

 座長の言葉に、あたしは決心した。

 

「わかったよ。その代わり……」

 

 

      ※

 

 ジンソエの港町ギオクは、リデほどではないが少なからずオロ・ノードのヴァウル侵攻の影響を受けているようだった。

 以前訪れた時よりも若干人通りが少なくなっている。

 街中を見て、クァク・ヴァはそう思った。

 

 主ルフマンドから託された『願い』をかなえるため、彼は人知れず、かつ主より一足先にこの街にやって来た。

 けれど、彼はまだ悩んでいた。

 いかに主の願いとはいえ、そして実行するのは容易たやすいとはいえ、なぜあんなことを望むのか。

 彼にはどうしても理解できなかった。

 

 ふと、彼は足を止める。

 考え事をしていて、いつの間にか路地裏の空地に迷い込んでいた。

 慌ててもと来た道を戻ろうとした時、一人の少女が目に入った。

 

 彼女は踊り子なのだろうか。

 一心不乱に踊るその美しさに、クァク・ヴァはしばし見惚れた。

 そしてふと、少女と目が合う。

 

「……すみません。あまりにも見事だったので、つい……」

 

 生真面目に謝るクァク・ヴァに、少女はくすくすと笑った。

 

「いいよ、別に。お兄さんかっこいいから、特別にタダにしてあげる」

 

 本当はお金を払わないと見られないんだよ、と言う少女の顔には、まだあどけなさが残っている。

 

「中央広場で公演している一座の方ですか? 」

 

 礼儀正しくたずねるクァク・ヴァに、少女は更に笑った。

 

「そうだよ。一座の看板。……でももうすぐおさらばするんだ」

 

「一座を、辞められるのですか? 」

 

「そ。今度外国から来るお客の前で踊って、珍しいお酒をすすめたら、何でも好きなものをやるって座長が言うから」

 

 で、あたしは自由が欲しいって言ったんだ。

 そう無邪気に笑う少女とは対象的に、クァク・ヴァは黙り込む。

 

「どうしたの、お兄さん。怖い顔して? 」

 

「いえ、練習を邪魔して失礼しました。成功を心からお祈り申し上げます」

 

 そう言うと、クァク・ヴァは逃げるようにその場を後にした。

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