1話 セーラー革ジャン
タイトル決まんねーや^^
いいあらすじも決まんねーや^^
初夏の陽気をカーテンで遮ってしまっている部屋。
「……暇だ」
そこに浅野未禄はベッドで仰向けになって、今日だけで何十回になろうか、またその言葉をつぶやいた。
興味のあるマンガは読んだ、ゲームは飽きたし勉強などやる気が起きない。
あれだけ意気込んだ大学生活も、一人暮らしが始まった途端に怠惰で陰鬱な日々に変わってしまった。
全て新品で買った憲法や法律の本が部屋の隅に重なっている。
法に興味があってこの大学の法学部に進学したはずなのに、どうもやる気が起きないでいた。
そんな自分自身がが、また情けない。
「……もう9時か。飯どうしよっかな。作るのめんどくさいし」
スマホの時計を見てそう唸る。
昼ごはんを食べてからゲームか動画視聴しかしていなかったため、あまりお腹は空いていない。
しかし最低限、食事と睡眠の規則性だけは守ろうとしているのだ。
ぐうたらと過ごすくせ、越えては行けない一線を弁えているのもまた彼の特徴だろう。
「コンビニでなんか買ってくるか」
そう言ってベッドから体を起こした時だった。
「くそぉぉぉぉおッ!!」
突然暴言と共に玄関扉が勢いよく開き、何やら全身ボロボロの少女が無遠慮に入ってきた。
毛先にパーマのかかった長い金髪、黒いセーラー服の上に羽織られた革ジャン、ルーズソックスという出で立ちだ。
まさに不良を体現した姿だが、それでいて背が小さい。
気性の荒い小動物のような少女だった。
「ちょ、おい。誰────」
「っせぇ!どけ!」
どうもご立腹らしい。
制止させようとする未禄を跳ね除け、少女はベッドに飛び込んだ。
服だけでなく、肌にもかすり傷がいくつも見て取れる。
「ばッかお前、そんな格好で他人のベッドに寝ないでくれよ」
「テメェいちいちやかましいんだよ!てか誰なんだよテメェは!なんでアタシの家にいんだよ!」
「いや、ここは俺の部屋だっての。お前のベッドには《《そんなもの》》があんのか?」
「…………っ!」
そこで少女が目にしたのは、ベッドに寝かされているアニメの抱き枕。
その服がはだけた女の子と目が合ったらしい。
抱き枕を掴んで未禄に投げて寄こした。
「……ここは何号室だよ」
「205号室だけど……あ、隣の206号室に住む家賃滞納者ってはお前だな。大家さんから聞いてるぞ。挨拶に行ってもいつも居ないから、何なんだと思ってたけど」
「……うるせぇな。こっちは食う金もねぇんだよ」
そう言ってベッドに突っ伏して動かない少女の腹から、不意に音が鳴った。
さすがに恥ずかしいらしく、それっきり黙ってしまう。
そんな沈黙の空間が一分ほど続いたが、結局、その静寂を破ったのは未禄のため息だった。
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「もうちょっと落ち着いて食えよ……」
そんな未禄の言葉に目もくれず、少女はガツガツと牛丼を頬張っていた。
有名チェーン店であるし美味いのは当然なのだが、それにしたって孫悟空のような食べっぷりだった。
ご飯粒や肉汁が口回り、服についてしまっている。
外に連れ出すということでシャワーを浴びさせて未禄の服を貸してやっていたが、結局汚れてしまったわけだ。
「ん……うまかった」
一気に食べつくした少女がぷはァと息を漏らし、表情を変えず未禄の目を見た。
「もう一杯」
「えぇ……」
嫌そうな顔をしながらも、未禄は注文用の端末を少女に渡す。
「さっきまで暴言吐きまくってたくせに、ずいぶんと大人しくなったな」
「まぁ……ケンカに負けて機嫌が悪かっただけ」
「その傷はケンカが原因か。なんだってまたそんなこと」
シャワーでケガは治るはずもなく、顔も含め至るところに絆創膏が貼られている。
これは取っ組み合いというレベルではないだろう。
「別に。スポーツ選手になりたい人がいたり勉強したい人がいるみたいに、アタシはケンカで最強になりたいの。それだけ」
「それだけ、って……。スポーツとかじゃなく、不良とかとのガチのケンカってことだろ?《《女の子がそんなのって危ないんじゃ》》────ッ!」
言い終わらないうちに、未禄の目の前に拳が飛んできた。
目にも止まらぬパンチ。
少女が放ったそれは、未禄のまつ毛に触れたところで止まった。
「────性別で向き不向きがあるのは否定しない。けど、それはアタシの夢を諦める理由にはならねぇ」
「……いや、すまん。別に諦めろって言いたいわけじゃなくってだな」
「心配されるだけで十分腹立つんだよ。……女なのも、背が低いのも分かってる。分かってるけど、改めて他人に言われたくねぇ」
そう言って少女は氷ごと水を一気に飲み干し、注文用端末をいじり始める。
食うにも飲むにも豪快だ。
────俺の胸あたりまでの背丈の女の子がケンカで最強目指すなんて、無謀な夢だぜ。ハッキリ言って。……けど、この子は無謀なのを分かって、それでもまだ夢を見てるんだ。夢も目的もない、日々無気力な大学生よりよっぽど輝いてる────
未禄は心の中で自分と比べ、端末に釘付けの少女を見つめた。
もっとも、彼女もポーカーフェイスで、無気力そうな印象はあるのだが。
と、そんな時だった。
「ッしゃあ〜飲むぞお前ら!」
「うーッす!」
「ホントここ人いないっすねw!」
何やら派手な格好をした男が三人、騒ぎながら店に入ってきた。
手にはコンビニのビニール袋。
どうも缶ビールが入っているらしい。
「うわ、スゲェのが来たな。もしアレなら別の店に行っても────」
「ここでいい」
そんな未禄の言葉に少女は即答。
しかしそれからしばらくしても、男らの騒ぎは大きくなる一方だった。
「先輩今日はよく飲みますね!」
「そりゃおめえ、サンドバッグを気持ちいいくらいにボコボコにした後だからな!酒飲みゃもっとスッキリすんだよこれが!」
「サンドバッグって、さっきのチビ女っすか?ありゃ変な奴でしたね!カツアゲを止めに来たのかと思えば、ただケンカしたいだけって言うんすから!しかもそれでクソ弱いしw」
「でも先輩、女は殴らない主義じゃなかったっすかね」
「バーカお前、あの胸と身長で《女》はねーよw」
「アッハハハハ!!」
バカ騒ぎにバカ騒ぎ。
飲んだ缶は握り潰して床に落とす。
テーブルに足を上げ、ソファー型の椅子に土足で寝そべり、禁煙マークにお構いなく煙をふかす。
絵に書いた様な害悪客だった。
「なあ、お前。アイツらが言ってんのって……」
「……」
少女は黙って牛丼を食べ続けていた。
ちょうど四杯目を完食したところ。
お財布的にもうキツいが、未禄は何と言えばいいかわからず、どうにも止められなかった。
そうして五杯目の到着を待っている時。
「ちょおい、いいじゃんかよ〜」
「いや姉ちゃん。先輩の誘いはマジで乗った方がいいからw」
女性店員が絡まれたようで、手を掴まれ、何やら誘われている様子。
嫌がっているのは明らかだが、奥手なのか抵抗が弱々しい。
「あの……えっと、バイトもあります……し……」
「え、何?バイト?いーよいーよ、コイツらが代わりにやってあげるから」
「ええっ先輩マジすか!?」
「俺も一緒に遊ばしてくださいよ!」
「っせえ!お前らごときが贅沢言ってんじゃねえよ!なぁほら、バイトの問題は解決だろ?行こうぜ?」
「いや、そんな……。でも…………」
この状況に、さすがの未禄もただの傍観者ではいられない。
しかし席を立つ勇気がない。
相手は酔った男三人。
歯の一本や二本は持っていかれるだろう。
体を男らの方に向けて身を乗り出したまま、動けないでいた。
────くそ……。本当に、何で俺は────
結局、先に体が動いたのは未禄ではなかった。
「……その手、離せ。お前らのせいで牛丼届かねぇんだよ」
「あ?」
「ッ……」
未禄は息を呑む。
不機嫌そうな顔をした少女が、男ら三人のもとまで歩いて行ったのだ。
「いやお前、さっきのチビ女かよww!やたら威勢のいいこと言ってケンカ売ってきといて、あんなダセェ男と牛丼食ってんのかよww」
「あの人はこんなアタシを助けてくれてんだ。お前らなんかがバカにしてんなよ」
不意に少女が発した言葉に、未禄は唖然とした。
今まで気だるそうで、まさか感謝してくれているとは思ってもみなかった。
「いい加減、お前らがいると牛丼も不味くなる。外でろ」
「っはははは!マジで口だけは勇ましいな!」
「バカが!何でてめぇの言うこと聞かなきゃならねーんだ?あぁ?」
男の一人が少女を見下ろして威圧する。
しかしその瞬間、少女の手が動いた。
「てめ────ッぶ」
襟元を素早く引き下ろし、落ちてきた顎に膝蹴りを食らわせた。
さらに頭を掴み床に投げ落とす。
抵抗する間もなく、男はあっさりと気を失った。
「こ、この野郎!」
「危ない!」
未禄が叫ぶも、杞憂だった。
少女は男のパンチを受け流し、足を蹴り払って顔から床に叩きつける。
それを見た最後の男が逃げようとしたところを、後ろから耳をつかみ引っ張り、現れた顔面に右ストレートを叩き込む。
それがドサッと音を立てて膝から崩れ落ち、店内に静寂が訪れた。
「…………あ、ありがとう……ございます」
女性店員がか細い声でそう言うと、少女はキッと顔を向けてぶっきらぼうに返答した。
「ん。はやく牛丼持ってきて」
「は、はい!」
女性店員は大慌てで厨房に駆け込み、作りかけの牛丼に取り掛かり始めた。
席に戻った少女が、呆然としている未禄に言う。
「警察、呼んどいて」
「……へ?」
「いや、アタシ携帯ないし。《《アレ》》ほっとくわけにもいかないし」
「あ、おう」
結局、未禄や店員が状況を説明すると警察の人たちは納得し、男三人を連れて行った。
少女は最終的に八杯の牛丼を平らげ、店員から何度も感謝の言葉を送られながら未禄と共に店を出た。
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「……悪いな」
「え?」
「いや、結構食っちまって」
店から未禄宅への帰り道、閑静な住宅街で少女が口を開いた。
「あぁ。……まぁ八杯は多いな。正直ここまでの出費になるとは予想してなかった」
「まぁいつかお礼してやるよ。この服も返しに行ってやる。……じゃ、あばよ」
「なんだ、家こっちなのか」
「いや。アタシに家はねぇよ。あっちにカギの壊れてるボロアパートがあっから、そこで寝泊まりしてる」
「いや、そんな所で寝るってお前。女の子が────」
と、そこで言葉が止まった。
果たして、「女の子がそんな所で寝るな」と言えた身だろうか。
ついさっき男である未禄が動けなかった中、少女は果敢に立ち上がり、女性店員を救って見せた。
────『性別で向き不向きがあるのは否定しない。けど、それはアタシの夢を諦める理由にはならないから』───
少女の言葉が思い出される。
今未禄を見ている少女は、夢を見ている。
自分の生まれ持つディスアドバンテージも意に介さず、無謀だと分かっていても諦めないでいる。
無気力に怠惰に、何もせず憂鬱に毎日を過ごす未禄には、眩しい存在だった。
憧れの存在になった。
「……なぁ。名前、教えてもらっていいか」
「名前?」
少女は困惑した風だったが、素直に答えた。
「愛衣。橘高愛衣だけど」
「俺は浅野未禄。情熱もやる気も夢もなく、毎日何もせずダラダラと生きてるどうしようもない大学生だ。……けど、そんな俺にも今、ようやく夢ができた」
未禄は真剣な眼差しで、愛衣に向かい合って豪語した。
「お前が最強になるのを見てみたい。服でもメシでも、寝床だろうと何でも提供してやる。……だから、ずっと俺と一緒にいてくれ」
「は……ッ!?は、は、はぁ〜〜ッ!?!?」




