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なきむし小人と魔法の靴

作者: 林檎

あるところに、たくさんの小人たちが暮らす街がありました。

小人たちは、人間が暮らしている街の中で、人間に見つからないようにひっそりと暮らしていました。


その中に1人だけ、とっても泣き虫な小人がいました。


その小人は、すぐに泣いてしまうので、

仲間の小人達からバカにされていました。


「えーん!えーん!」


今日も、泣き虫小人は泣いています。


「おいお前、また泣いてるのか!静かにしろよ、人間に見つかったらどうするんだ」


仲間の小人がやってきて、うんざりした様子で声をかけます。


泣き虫小人はこたえます。


「そこの人間の子供たちが、弱いものいじめをしていたんだ…」


そう言って小さな指を向けた先には、悲しそうな顔をして、ぽつんと一人うなだれる、人間の子供がいました。


「それを見ていると、僕はとっても、辛い気持ちになる。それなのに、僕には助けてあげることも、慰めてあげることも出来ない。それが、とてもとても、悲しいんだ…」


そう言って、泣き虫小人はまた、ホロホロと涙を零し始めます。


その姿を見て、仲間の小人は、ますます呆れたように言いました。


「俺たちは、自分たちの暮らしで精一杯なんだぞ。近頃はどんどん人間が増えて、隠れて暮らすのもやっとだ。人間の心配をしている暇なんかない。」


そういって、仲間の小人は立ち去ってしまいました。



泣き虫小人も、仲間の言うことはよく分かるのです。

自分たちの暮らしが、危なくなってきていることは確かなのです。


今までは、人間の数も少なく、住んでいるのはお年寄りばかりで、のんびりとした時間が流れていたこの街は、小人たちにとってとても暮らしやすい場所でした。


しかし少し前に、大きな大きな、どこまで続いているのか分からない程の長い長い橋ができた時からです。

少しずつ人間の数は増え、夜になっても煌々と明かりに照らされた外を出歩くことは、とても危険になってしまいました。


食べる物もなかなか確保することが出来なくなり、これまで住んでいた場所も、人間がやってきて、小人たちが隠れて暮らしていける場所は、どんどん少なくなってきていたのです。


これから一体、どうやって暮らしていけば良いのか…


小人達は毎日話し合いました。けれども良い案は一向に浮かばず、みんなピリピリしていたので、

メソメソと泣いてばかりで、あろうことか人間の心配をして涙を流す泣き虫小人の姿は、仲間たちの苛立ちに拍車をかけるのでした。


それからも、泣き虫小人は事ある毎に涙をこぼしていましたが、だんだんと彼に声をかける仲間は少なくなっていきました。


「えーん、えーん!」


今日も小人は泣いています。

日に日に険悪な雰囲気になる仲間の小人たちの様子が悲しくて、涙が止まらないのです。


けれども、仲間は誰も、見向きもしません。


それがますます悲しくて、小人は涙を零したまま、そっと仲間たちの傍を離れ、歩き始めました。


ぽつりぽつりと歩みを進めていると、ふと、どこからか声が聞こえてきました。


「えーん、えーん…」


それは誰かの泣き声のようでした。もちろん、自分の声ではありません。


一体誰が泣いているんだろう


辺りを見回してみると、近くの公園のベンチで、このあいだ虐められていた人間の子供が、ホロリホロリと涙を零していました。


「えーん…えーん…」


弱々しいその声に、小人はますます悲しくなり、

涙が溢れて止まらなくなってしまいました。


「えーん、えーん!」


小さな体いっぱいに溢れた悲しみが、瞳から溢れだしてしまいます。


「…誰かいるの?」


その時、さっきまで弱々しく泣いていた人間の子供が、つぶやく声が聞こえました。


『決して人間に見つかってはいけない』


仲間の大人たちの、厳しい言いつけが頭をよぎった小人は慌てて身を隠します。


「だれ…?あなたも、泣いてるの…?」


人間の子供が、キョロキョロとあたりを見回しながら問いかけます。


けれども小人は、返事をすることはできません。

小さな手で、小さな口をぎゅっと押さえて、必死に息を殺します。


「もし、誰かいるのなら…どうか泣かないで。大丈夫、きっと大丈夫だから…」


人間の子供は、姿の見えない相手に向かって話し続けました。


「どうして、大丈夫だと思うの?」


小人は思わず返事をしてしまいました。


「やっぱり、誰かいるのね…!あぁ、でも、無理に姿を見せなくていいわ。だから、どうか私の話を聞いて欲しいの」


その言葉に小人は、わかったよ、とこたえます。


「ありがとう…!」


さっきまでの悲しそうな泣き声とは一転、嬉しそうな声に、小人もつられてなんだか嬉しくなりました。


「あのね、私の靴は、魔法の靴なんだ」


子供は、ぽつりぽつりと話し始めます。


「この靴を履いていればね、どこへだって行けるし、なんでもできるんだ」


「へぇ!それは、すごい靴だね!」


小人は感心して、褒めました。

すると子供は、嬉しそうに笑います。


「そうでしょう、そうでしょう!」


「そんなすごい靴を、君はどうやって手に入れたんだい?」


小人は首を傾げて尋ねます。


「あのね、おばあちゃんに貰ったの。この靴は、私をどこへでも連れて行ってくれる、なんでもできる、そういうおまじないを掛けたからねって」


「すごい!きみのおばあちゃんは、魔法使いなの?」


「うん。きっとそう!」


「へえ!魔法使いなんて、ホントにいるんだ!ねぇ僕、君のおばあちゃんに、会ってみたいな!」


小人はワクワクして、子供にお願いをしました。

けれど、子供は急に、悲しそうな声になってしまいます。


「おばあちゃんには、もう、会えないんだ…。」


「それは、どうして?」


「おばあちゃんは、ひと月前に、おそらの向こうに行ってしまったの」


子供は、泣き出しそうな声で話し始めました。


「私のお父さんとお母さんは、私がもっと小さい頃におそらの向こうに行ってしまったの。それから、おばあちゃんと二人で暮らしていたの。でも、おばあちゃんも、お父さんとお母さんの所へ行ってしまったから…。元々住んでいた街を離れて、この街の孤児院で暮らすことになったの。」


じわじわと悲しみの滲む声で、子供は続けます。


「でも、ここに住んでいる子供たちに、おばあちゃんに貰った魔法の靴の話をしたら、『うそつきだ!』って、みんな言うの。そして、私をいじめるの。」


子供はとうとう、泣き出してしまいます。


「嘘じゃないのに。本当に、この靴を履いていると、不思議と勇気が湧いてきて、なんでも出来たんだ…!でも、おばあちゃんがいなくなって、みんなから嘘つきだって言われてから…魔法は、なくなってしまったみたい。前みたいに、勇気が湧いてこないんだ…」


しくしくと涙をこぼす子供に、小人はつられて泣いてしまいます。


「えーん、えーん、泣かないで、泣かないで…。ねぇ、もう一度、君の手で魔法をかけ直すことは出来ないの?」


涙を零しながら、小人は尋ねます。


「わからない、わからないの…。だからね、どうか、また魔法をかける方法を、一緒に探して欲しいの。そうしたらね、あなたも、きっともう泣かなくていいんだよ。あなたの靴にも、魔法をかけてあげるから。」


突然の子供の提案に、小人は驚きました。


でももし、その魔法をかける方法をみつけることが出来たら、仲間の小人たちも、みんな笑顔で暮らすことができるように、なるかな…?


「わかったよ、一緒に探そう」


決意した小人は、そっと物陰から姿を現しました。


「わぁ…!あなた、小人さんだったのね…!」


驚いて目をまん丸にした人間の子供は、可愛らしい、女の子でした。


「よろしくね、小人さん。きっと、魔法をかける方法を、見つけましょう!」


嬉しそうに笑って手を差し出す女の子に、小人は頷いて、女の子の指先を小さな両手でギュッと握りました。


こうして、泣き虫小人と女の子の、魔法探しの冒険が始まりました。



「それじゃあ今夜、出発よ。お月様が、あの時計台の真上まで来る頃に、またここで会いましょう。」


女の子はそう告げて、出発の準備をするために、一度孤児院へ帰っていきました。


小人は、お月様が登るまで、女の子が座っていたベンチの下に座り、ぼう…と考え事をしていました。


これから一体、どうなるのかな。


考えても考えても、答えは見つかりませんでした。


やがて日が暮れ、カラスが鳴き始めた頃。


タッタッタッ…


小さな足音がひびきました。


小人がそっと物陰から様子を伺うと、大きなリュックを背負った女の子が立っていました。


「小人さん?どこにいるの?」


キョロキョロと辺りを見回す女の子の足元に駆け寄り、声をかけます。


「僕はここだよ」


足元の小人に気づいた女の子は、パッと笑います。


「うれしい。約束、守ってくれたのね!さあ、出発しましょう!」


張り切って歩き出す女の子の手のひらに乗り、小人は、ポケットの中に入れてもらいました。


「これからね、私がおばあちゃんと住んでいた街へ、行ってみようと思うの」


「それはいい考えだね!もしかしたら、君が元いたお家になにか、手がかりがあるかもしれない!ところで、君の元いた街は、どのあたりにあるの?」


小人が尋ねると、女の子は、立ち止まって答えます。


「ここからずっと、ずっと東の方にあるの。おやまを3つ、越えたところ。」


その言葉に、小人は思わず、飛び上がってしまいます。


「ええ!そんなに遠いところにあるのかい?おやまなんて、僕の小さな足で、いったい何歩歩けば越えられるのか、想像もつかないよ!」


小人はだんだん、不安になってきてしまいました。

しかし、女の子は自慢げな表情で、胸をどん!と叩いて言いました。


「大丈夫!任せて、私にいい案があるわ!」


そう言うと女の子はまた、颯爽と夜の街を歩き始めました。

小人が女の子のポケットの中で揺られながら見上げると、自信ありげな表情が見えます。

その顔を見ていると、不思議と、全てが上手くいく、そんな気持ちになりました。



それからしばらく歩くと、女の子は不意に立ち止まりました。


「着いたわ!」


小人がポケットからひょいと顔を出して見ると、そこは長い長い橋のたもとでした。


橋に繋がる道路の傍に腰を下ろした女の子は、背負っていた大きなリュックをドスン!と地面におろし、何やらまさぐり始めます。


「ここで一体、何をするの?」


小人が尋ねると、女の子は、リュックの中から筒状の何かを取り出して、自慢げに笑いながら言いました。


「ヒッチハイクよ、ここならたくさん車が通るはずだから、きっと私たちを乗せてくれる人が通るはずだわ!」


そう言いながら、女の子は手に持った筒状の道具を、カチッと言わせます。すると、


「わあ!まぶしい!」


真っ暗だった辺りが、パッと明かりに照らされます。


「孤児院から、懐中電灯を持ってきたの!これを持っていれば、暗くても気づいてもらえるわ!」


それからしばらく、地べたに座って、車が通り掛かるのを待ちました。

けれども、真夜中に運転している車は極わずかで、たまに車が通っても、なかなか止まって貰えませんでした。


出発した時はポカポカと暖かかった女の子の体が、すっかり冷えきってしまっていることに、小人は気が付きました。


「大丈夫?寒くない?」


心配そうに小人が尋ねると、女の子は平気そうに笑います。


「大丈夫よ、それに、きっと次は上手くいくから!そうしたらゆっくり休めるわ」


何ともなさそうに笑う女の子でしたが、その体が小さく震えていることに、ポケットの中にいる小人は気が付いていました。

女の子が心配で、だんだん小人は泣きそうになってしまいます。


そんな様子を見て、女の子はぱっと思い出したように、またリュックをまさぐり始めました。


「そうだわ、忘れてた!毛布を持ってきていたの!」


ぐいっとリュックから毛布を引っ張り出して、頭から毛布を被りました。


「これなら、あったかいね」


うふふと嬉しそうに笑う女の子に、小人はまたホッとして、つられて笑顔になりました。


そうしてまた暫く、道路に向かって懐中電灯を振りながら、2人を乗せてくれる車を、これまたリュックから引っ張り出した、干し肉をかじりながら待ち続けました。


1台、また1台と車が過ぎ去り、

通り過ぎた車が両手でも数え切れなくなる頃です。

ようやく2人の前に、1台の車が止まってくれました。


「どうしたんだい?」


車の中から、優しそうな男の人が声をかけてきます。

助手席には、もう1人男の人が乗っているようでした。

2人とも、ニコニコと人の良さそうな笑みを浮かべています。


小人は食べかけの干し肉を握りしめたまま、サッと女の子のポケットの中に隠れ、女の子はそっとポケットを抑えてくれました。


「東の方へ、お山を3つ超えたところにある街まで、どうか私を乗せて貰えないでしょうか?」


女の子は、男の人に言いました。

すると、


「わかったよ、後ろに乗りな」


そう言って、男の人は後部座席を指さしました。


思っていたよりもずっとあっさり乗せてもらえたことに、女の子は拍子抜けしましたが、男の人の気が変わっては大変だと思い、お礼を言いながら慌てて車に乗り込みました。


女の子が後部座席に腰を下ろすと、助手席に座っていた男の人が、声をかけてきました。


「こんな夜遅くに1人で、さぞ寒かったろう。もう大丈夫だからね」


そういって微笑む顔はどこまでも優しく、いかにも親切そうに見えました。


それからしばらく車に揺られているうちに、安心した女の子と小人は、段々とまぶたが重くなってきてしまい、とうとう眠ってしまいました。



ガタゴトガタゴト…ガタン!


それから一体どのくらい眠っていたでしょうか。

不意に大きく揺れた車内に、小人は目を覚ましました。


ここはいったい、どこだろう…


女の子のポケットから顔を出して窓の外を見ると、鬱蒼と生い茂る木々が、不気味に立ち並んでいるのが見えました。


お山を越えているところかな。


女の子はまだすやすやと眠っているようだったので、

きっと疲れているはずだから、ゆっくり寝かせてあげようと思い、小人はそっとポケットの中に戻りました。


それからまたしばらくして、不意に車が止まりました。


もう街についたのだろうか?


そう思い小人が窓の外を見上げると、外にはまだ木が生い茂っているようでした。

とても街には見えない外の様子に、小人が不思議がっていると、男たちが車を降りる音が聞こえました。

そして後部座席のドアを開けてきたので、小人は慌ててポケットの中に隠れました。


「静かに。起きないように、そっと運ぶんだぞ。」


男たちが、なにやらヒソヒソと話している声が聞こえます。


そして、ふたりは女の子をそっと抱えあげ、車の外に出て歩き始めました。


よほど疲れていたのか、女の子はまだすやすやと寝息を立てています。


一体どこに連れていくつもりだろう。


ポケットの中で息を潜めながら、小人は様子を伺っていました。


女の子を抱えた男たちは、少し歩いて古びた家にたどり着きました。


ワンワン!ワンワン!


家の前で鎖に繋がれた、大きな犬が、けたたましく吠える声が聞こえます。


「ちっ、うるさいぞ!」


男は犬に向かって怒鳴りつけると、古びたドアをゆっくりと開きました。


ギィィィ…


不気味な音を響かせながら玄関のドアが開き、男たちは家の中へ入っていきました。

部屋に灯りを灯しながら奥へ進み、古びた扉を開け、階段を降りていきます。


そして、冷えた地下室に到着すると、なんとそこには鉄格子が並んでいました。


小人は、とても悪い予感がしましたが、男たちに姿を見られるわけにはいかないため、じっと息を潜めているしかありません。


「明日の昼には、奴隷商人がやってくる。こんな拾い物をするなんて、俺たちはラッキーだ!今夜は祝杯をあげよう」


鉄格子の中に女の子を下ろして、鍵をかけながら話す男たちの声に、小人はお腹の底からゾッとしました。


男たちは、女の子を売るつもりなのです。

親切そうな振りをして、騙していたことに気づいた小人は、怖くて悲しくて、泣き喚きたい気持ちになりました。

けれど、必死に嗚咽をこらえ、ぽろぽろと静かに涙を零しました。


コツ、コツ、コツ…


男達が階段をあがっていき、バタン、と扉を閉める音が聞こえてから、小人は女の子に声をかけました。


「起きて!起きて!早く起きないと、大変なことになる!」


小人に力いっぱい揺すられて、ようやく女の子は、おっくうそうに目を開きました。


「う〜ん、ここはどこ…?」


まだぼんやりしている様子の女の子に、小人は、さっき男たちが話していたことを説明しました。


小人の話を聞いていた女の子は、だんだんと青ざめていき、しまいにはとうとう泣いてしまいました。


「あぁ、あぁ!ひどい、ひどいわ!一体どうしたらいいの?」


それから女の子は、手で顔を覆い、ワッと泣き出してしまいました。


小人は、泣くのをやめて、女の子に言いました。


「どうか泣かないで。大丈夫、きっと全て上手くいくから」


「どうして大丈夫だと思うの?」


ポロポロと涙を零しながら、女の子は小人に問いました。


「小さな僕の体なら、この鉄格子を抜けることが出来る。だから、僕が鍵をとってくるよ、そうしたらきっと外へ出られる。だから、どうか泣かないで。君の笑顔が見たいんだ。」


小人はとっても怖かったけれど、どうしても、女の子の笑顔がまた見たかったのでした。


前に街で、女の子がいじめられているのを見た時。小人は、助けてあげることも、慰めてあげることも出来ませんでした。


でも今は、自分なら、女の子を助けてあげられるかもしれません。


小人は勇気をだして、鍵を探しに行くことにしました。


「待って!」


鉄格子をぬけた小人に、女の子は声をかけました。


「お願い、かならず帰ってきて…」


縋るような瞳で小人を見つめて、女の子は祈るように言葉にしました。


女の子の目を見て、小人はひとつ、頷くと、暗い廊下を走り出したのでした。


タッタッタッ…


男たちがたった数歩で進む距離も、小人にとっては何倍も足を動かさなければたどり着けない距離です。


やっとの思いで階段の下にたどり着いた小人は、遠くに見える扉を見上げて、目を細めました。


よし、やろう。


ふ、と一つ息をついて、小人は階段を登り始めました。


精一杯手を伸ばして、階段の縁をつかみ、一段一段登っていきます。


次第に小人の小さな手は赤く擦り切れ、ヒリヒリと痛み始めましたが、小人は、よじ登る手を緩めることはしませんでした。


そうしてクタクタになりながら階段を登りきり、ようやく扉の前にたどり着きました。

木製の古い扉はよく見ると、所々ひび割れています。

左下、1番大きくひび割れた箇所を見ると、身を縮めれば小人なら何とか通れそうでした。


ひび割れた扉をくぐり、辺りを見回すと、男たちの笑い声が聞こえてきました。


声のする方へゆっくり近づくと、男たちがテーブルを囲んでお酒を飲んでいるのが見えます。


鍵は一体どこにあるだろう…


部屋の中をぐるりと見回してみても、どこにも見当たりません。


高い位置から部屋を見渡してみようと思い、小人は男たちから見えない位置にある、本棚をよじ登り始めました。


本棚の上にたどり着き、部屋を見下ろすと、


あった!


男たちが酒を飲み交わすテーブルの上に、鍵が置いてあることに気が付きました。


しかし、困ったことに、あんな所に置いてある鍵を取ったら、どうやってもバレてしまいそうです。


一体どうしたものだろうか…


小人は、うーんと考え込んでしまいます。


今まで困った時、小人が泣きそうな時。いつも女の子は、大きなリュックから色々なものを取り出して、大丈夫、と言って笑ってくれました。


それは魔法みたいに小人を勇気づけてくれました。


でも今は、女の子はそばに居ません。

小人が、女の子に、大丈夫と言って笑ってあげる番なのです。


女の子のことを考え決意を固めていると、ふと、自分のポケットの中に、女の子から貰った干し肉の食べかけが入っていることに気がつきました。


そうだ、これがあれば何とか出来るかもしれない!


今はそばにいなくても、女の子は小人に勇気を与え、道を示してくれているような気がしました。


小人はパッと立ち上がると、棚の上を走り抜け、窓へと行き、外壁に張り付いた蔦を伝って、家の外へ出ました。


地面へ降り立つと、すぐそこに、鎖で繋がれた大きな犬が眠っています。


起こさないように、そっと近づいて、犬を繋ぐ鎖を見ると、錆びてボロボロになっており、どうにかすればちぎれそうに見えました。


小人は、そばに落ちていた石を拾いました。


今から小人がやろうとしていることは、もし失敗すれば命を落としてしまうような、とても危険なことでした。


でも、小人は失敗することはできません。

必ず女の子の元へ戻ると、約束したからです。


小人は決意を固め、石を頭の上まで振り上げて、

力いっぱい、鎖を叩き切りました!


キィン!


甲高い音を立てて、鎖がちぎれます。

すると、


ワンワンワンワン!!


鎖の千切れる音を聞いて飛び起きた大きな犬が、小人に向かって激しく吠えながら、走ってきました!


小人は怖くて全身がぶるぶると震えていましたが、決して目をそらさずに、犬が近づいて来るのをじっと見ていました。


そして、犬が目の前まで迫ったとき、小人は手に持った干し肉を、バッ!っと掲げました。


すると、大きな犬は突然立ち止まり、鼻をひくひくとさせて干し肉をじっと見つめます。


小人はその隙を逃さず、家のドアの方向に向けて、思いっきり干し肉を投げました。


すると、


ワンワンワン!!ワンワンワン!!!


口からよだれをダラダラと垂らして、先程より一層けたたましく吠えながら、犬は干し肉を追いかけて扉に向かって突進していきました。


そのあまりの騒ぎに、何事かと思い、家の中から男たちが出てくるのが見えます。


「おい!何騒いでやがる!」

「うわ!こいつ、鎖を引き千切りやがった!」


腹を空かせた大きな犬を、男たちが揉みくちゃになりながら必死で抑えている隙に、小人は開きっぱなしのドアからサッと家の中へ入りました。


そして、テーブルクロスをよじ登り、上に置いてある鍵を取って、地下室へ急いで走っていきました。


タッタッタッ…


やった!やった!上手くいった!

これで、女の子を助けてあげることが出来る!


小人は嬉しくて、行きはあんなに長く感じた階段も廊下も、あっという間に通り過ぎた気がしました。


そして女の子の待つ鉄格子に着くと、嬉しさを滲ませた声で、上手くいったことを報告しました。


「やった!やったよ!鍵を取ってきたよ!これで外へ出られるよ!」


小人が約束通り帰ってきてくれたことに、女の子は今度は嬉しさからポロポロと涙を零します。


「ありがとう、ありがとう!約束、守ってくれたのね…!」


しゃくりあげる女の子が落ち着くまで、小人はそばに寄り添い続けたのでした。


少しして、女の子は頬を伝う涙を拭って、立ち上がりました。

いつまでも泣いている訳にはいきません。


小人から受け取った鍵を使って牢を開けると、女の子はまた小人をポケットに入れて歩き始めました。


足音を忍ばせてゆっくりと階段を登ると、扉にピッタリと耳を当てて、中の様子を伺います。


扉の向こうは物音ひとつしませんでした。


「僕が先に、様子を見てくるよ」


小人は床に下ろしてもらい、また扉のひび割れた隙間から、中へ入りました。


部屋の中を見回すと、男たちはどこにもいません。

大きな犬も、どこにも見たりませんでした。


一体どこへ行ったのだろう。

けれどもこれは、またとないチャンスです。


小人は女の子の元に戻り、今なら逃げ出せそうなことを伝えました。


小人の言葉を聞いた女の子は、ゆっくりと扉を開いて部屋へ入り、周りを警戒しながらそのまま家の外へ出ました。


見上げると、空は白み始めており、もうすぐ夜が明けるようでした。


女の子は、なんだかとても久しぶりに外の空気を吸ったような気持ちがして、朝焼けの空気を胸いっぱいに吸い込みました。


ようやく自由になれた、そう思い、ほっと息をついた時。


遠くから、男たちの声が近づいてくることに気がつきました。


そんな、あと少しで逃げ出せそうだったのに!


女の子は慌てて近くの木の影に身を隠し、じっと息を潜めました。


「くそ!あの犬、逃げ出しやがって!」

「せっかくいい気分で飲んでいたのに、台無しだ!」


どうやら男たちはあの後、逃げ出した犬を探して森を歩き回っていたようです。

結局見つからなかったのか、家に帰ってくるところのようでした。


女の子と小人は、必死で気配を殺し、男たちが通り過ぎるのを待ちました。


そして、男たちが家の中へ入っていったのを確認し、やっと息を着きました。


「はあ、危なかった。早くここを離れないと、危ないね」


いつ女の子が逃げ出していることがバレるか分かりません。

早いうちにここを離れようと、女の子が腰を上げた時、


「おい!地下牢の鍵がないぞ!」


家の中から、男の怒鳴り声が聞こえました。


しまった!牢の鍵を、テーブルに戻しておかないといけなかった!


小人がテーブルの上から取ってきた鍵を、女の子は握りしめたままだったのです。

女の子と小人は、ザッと血の気が引いていくのを感じました。


「おい!地下牢に誰もいないぞ!」

「くそ!子供にも逃げられたってのか!?」


どうしよう、どうしよう

女の子と小人が、慌てているうちに、男たちは家の外へ飛び出してきてしまいました。


「まだ近くにいるかもしれない、探すぞ!」


ああ、ああ、なんということでしょう。

このままでは、あっという間に見つかってしまいます。


もうどうしたらいいのか分からなくて、女の子はまた泣き出しそうになってしまいました。


「大丈夫。もしまた掴まっても、僕はずっと君のそばにいるよ。」


小人は、女の子の震える手を、ギュッと握ってそう呟きました。


ホントは、全然大丈夫じゃありませんでした。

でも、小人は女の子に、大丈夫と言ってあげたかったのです。


女の子も、本当は大丈夫じゃないことは分かっていました。

それでも、小人の言葉に、少しだけ体の震えがおさまり、グッと涙を堪えることが出来ました。


どんどん近づいてくる足音に、小人と女の子が、ギュッと手を握りあって、覚悟を固めていた時です。


ブロロロ…


車の音が近づいて来て、家の前に、1台の真っ赤な車が止まりました。


「ちっ、郵便屋が来ちまった…」


すぐそばまで迫っていた男たちが、舌打ちしながら、赤い車の方へ歩いていくのが見えました。


ひとまず、助かったのだろうか…


危機的状況に変わりはありませんでしたが、一旦助かったことに女の子が浅く息をついていると、小人がなにか思いついたように、女の子の服を引っ張り、声をかけました。


「ねえ、あの車に、どうにか忍びこめないかな。もし、走ってここから逃げることが出来たとしても、きっとすぐに見つかってしまう。でも、あの車に乗り込むことが出来れば、きっと遠くへ逃げられる。」


小人の提案に、女の子はそれしかないと思い、頷きました。


そのままじっと逃げ出す機会を伺っていると、男たちが家の中へハンコを取りに行くのが見えました。


いまだ!


女の子はサッと走り出し、車の荷台に忍び込みました。


ドッドッドッ…


見られていないだろうか。バレていないだろうか。


不安と緊張で、女の子の心臓は破裂しそうなほど激しく脈打っていました。


そのまま暫く、目を瞑ってじっと耐えていると、車にエンジンが掛かる音が聞こえ、走り出すのを感じました。


荷台の隙間から、そっと外を伺うと、恐ろしい悪夢の夜を過ごした家は、どんどんと遠くへ離れていくのが見えます。


外はすっかり日が昇り、明るくなっていました。


「私たち、助かったの…?」


どこか信じられない思いで、女の子が呆然と呟くと、


「僕たち、助かったんだ…!」


小人が涙ぐみながら、感極まったように言いました。


2人はそれから、身を寄せあって安堵の涙を零し続けたのでした。


*


ガタガタガタガタ…


女の子と小人は暫く、郵便屋さんの車の荷台で揺られていましたが、突然車の揺れ方が変わったように感じました。


女の子が隙間から外を除くと、地面が土から、レンガ造りに変わっていました。


しかも、その道はなんだか見覚えのある道だったのです。


「すごい!私たち、すごく運がいいわ!ここはきっと、私が前に住んでいた街よ!」


なんと、幸運なことに、この郵便屋さんの次の目的地は、女の子が元々住んでいた街だったのです。


運良く当初の目的地にたどり着いたことに、女の子と小人は手を合わせて喜びました。


そして、郵便屋さんがある一軒の家の前で止まった時、女の子はサッと車の荷台を飛び降りました。


「ここよ!ここが、私のもともと住んでいたおうち!」


ほんのひと月前まで、ずっと暮らしてきたおうち。

あの頃はおばあちゃんがいて、毎日暖かいスープを作ってくれました。

女の子は、おばあちゃんが作ってくれるポトフが大好きでした。


女の子が懐かしさに目を細めていると、ふと違和感に気が付きました。


「あれ、表札がついてる…」


女の子がこのお家を離れる時、空き家となるこのお家からは表札が外されたはずなのに、今みると、真新しい表札がかかっていたのです。


そこには知らない人の名前が書いてありました。


「もう別の人が住んでるんだ」


女の子は、悲しいような、切ないような何とも言えない気持ちになりました。

このおうちは、女の子がおばあちゃんと暮らしてきた思い出のたくさん詰まった場所でした。

女の子にとって、ここはたった一つのふるさとでした。


でも、今は別の人のお家なのです。

女の子が帰ることの出来るふるさとは、もうどこにもありませんでした。

ギュッと苦しくなって、女の子は思わず胸を抑えました。


「大丈夫?」


小人が心配そうに女の子に声を掛けると、女の子は小さく頷きました。


「でも、困ったわ。せっかくここまで来られたのに、これじゃあ中へ入って、おばあちゃんの魔法をかけ直す手がかりを探すことが出来ないね」


胸をギュッと抑えたまま、女の子は、途方に暮れたように呟きました。


すると、小人は言いました。


「僕ね、君のおばあちゃんの魔法がなんなのか、わかった気がするんだ」


「え?」


突然の言葉に、女の子はびっくりして小人を見つめました。


「君と出会って、街を出てから、たくさんの困難があったよね。でもね、君が大丈夫だよって微笑んでくれると、胸がぽかぽか暖かくなって、どんどん勇気が湧いてきたんだ。君が泣いていたら、また笑って欲しくて、その為ならなんでも出来る気がした。」


小人は胸に手を当てて、真っ直ぐに女の子を見つめ返しました。


「君の優しさが、君の愛が、魔法みたいに僕に勇気をくれたんだ。きっと、《これ》が君のおばあちゃんの魔法の正体なんだよ」


ギュッと胸を抑えていた手を緩めて、女の子は、そっと胸に手を当てました。


「そっか…おばあちゃんがくれた魔法《愛》は、無くなったりなんかしてない。寂しくて、悲しくて、見えなくなっていただけで、ずっとここにあったんだ」


大切な家族も、帰る場所も。

何もかもを失ったと思っていた女の子。


けれども、おばあちゃんから貰った愛は、女の子のなかにずっとずっとあるのです。

たとえ帰るお家がなくても、思い出は無くなったりなんかしない。


気が付くと、女の子の目からは、ポロポロと涙が溢れていました。



「あら?あなた、前にお隣に住んでいたおじょうちゃん?」


女の子が泣いていると、隣のおうちから、上品なおばさんが出てきて、声を掛けてきました。


「おばさま!」


その人は、女の子のおばあちゃんと仲が良くて、よくお茶菓子を持って、遊びに来ていた人でした。


「あらあら、まあまあ、またこの街で貴方に会えるなんて!それに、そんなに泣いて、一体どうしたの?」


女の子は、孤児院を抜け出して来たことを説明しました。すると、


「そうよね…急に知らない街へ行って暮らすなんて、辛いわよね…。

ねぇ、良かったら、おばさんのお家で一緒にまたこの街で暮らさない?」


おばさんの提案に、女の子は目を丸くしました。

けれど、女の子はすぐに首を横に振りました。


「ありがとう。でも、大丈夫。私、きっともう大丈夫なの。」


女の子がそう言って笑うと、おばさんも安心してにっこりと笑いました。


それから、お隣のおばさんの車で、女の子はまた孤児院のある街へと送ってもらったのでした。



*

街へ帰ってきてから、小人と女の子はお別れの挨拶をしました。


「小人さん。短い間だったけれど、本当にありがとう。私はこれから孤児院へ戻るけれど、きっとこれからも、この街で、なんでも出来る。どこへでも行ける。だって、私の胸にはおばあちゃんから貰った魔法だけじゃなくて、あなたから貰った魔法もかかっているんですもの」


そう言って女の子は笑いました。


「こちらこそ、ありがとう。きっとこれから、僕達はもう会うことは出来なくなるだろう。でも、君にもらった勇気は、この先もずっとずっと僕の心に在りづけるよ。僕達はずっとずっと親友だ」


そう言って、小人と女の子は握手を交わし、それぞれの帰るべき場所へ帰っていきました。


小人は仲間の元へ戻ると、これからのことについて話しました。


『この街を出て、新しい住処を探そう。

生きてさえいれば、大丈夫。大切な家族と一緒に暮らせることが、何よりの幸せなのだから。』


そう言った小人は、以前の泣き虫小人の面影はなく、仲間たちはその勇気ある提案に従うことにしたのでした。


そしてその日の夜。


女の子は、孤児院のバルコニーで、他の子供たちと一緒に夜風にあたっていました。

すると、


「わあ、綺麗…」


川沿いに、いくつもの小さな光が、ゆっくりと動いているのが見えました。


それは小さな灯りを手にした何人もの小人たちが、川を下っていく様子だと、女の子にはわかりました。


まるで無数の蛍が飛び交っているかのようなその幻想的な風景は、涙が出る程美しいものでした。


小人たちは、無事に新しい土地へと旅立って行ったのです。


新しい土地で新たに暮らしを始めることはとても大変でしたが、泣き虫だった小人がリーダーとなり、みんなを励まし、知恵を絞り、一丸となって暮らしを整え、それから末永く幸せに暮らしていったのでした。


そして女の子がおばあちゃんから貰った靴は、成長するにつれてサイズが合わなくなり、真新しい靴に変わっていきましたが、もう魔法が無くなってしまうことはありませんでした。


真新しいピカピカの靴を履いて、女の子はどこへでも、どこまででも駆けていくのでした。



おしまい



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