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錦鯉研究部  作者: 黒りんご
第1章
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のばらと煌

 煌はのばらの後ろ姿を見送ってからミチルに向き直った。


「君、土方君っていったかな?」


「はい。そうですけど‥‥‥‥。何か?」


 ミチルはなぜ生徒会長がここに残って自分に話しかけて来るのか検討がつかず、上目遣いで煌を見た。


「土方くんはのばらとずいぶんと親しそうだね?」


 訝しげな目つきでミチルを見た。


「‥‥‥そんなこともないですけど。僕、2日前に初めてのばらさんに会ったばかりだし。」



 のばらは2日前の火曜日に突然生物室にやって来て仮入部の用紙を持って帰り、水曜日の昨日、錦鯉研究部に仮入部しとたん、文化祭の話し合いを有無を言わせぬリーダーシップを発揮して仕切りまくり、三日目の今日に至っていた。



「何っ!じゃあ君は昨日、出会った次の日にもうのばらと一緒に帰る約束をしていたってことなのか?」


 愕然とした様子で煌が言った。








 煌は1年の時はのばらと同じクラスだった。



 のばらは一匹狼で、特にグループで騒ぐタイプではなかった。彼女はわがままともいえる我が道を進むタイプだった。だが、のばらは華やかなオーラと皆を惹き付けるカリスマ性をもっていて、その魅力で彼女の奔放な行動は周りに許されてしまうのだった。

 中にはのばらを毛嫌いするグループもいたが、のばらは意に介することはなかった。


 入学当時から見た目も(あで)やかで行動的で目立っていたのばらに密かに憧れているものは多く、煌もその一人だった。


 そんなのばらに話しかけることはハードルが高く、話すきっかけを待っているものも多かった。




 煌が彼女と初めて話したのは入学してからかなり時間が経ったころで、もう、ゴールデンウイークが明けたころだった。


 きっかけは郊外学習で鎌倉に行くグループ分けでのことだった。それぞれ男女混合で好きなように4、5人のグループを作るように先生に言われた。


 そのように言われてまず最初に出来たのは同性同士の2、3人の塊だった。さらにその後は気の合いそうな異性のグループと合流する必要がある。


 のばらは女子のどのグループにも属さず過ごしていたため、人数合わせの時、煌が思いきってのばらを誘ったところ、煌を含む男子3人の中に紅一点でのばらが加わることになった。 

 もちろん煌も他の二人も内心ではこの幸運を喜んでいた。当ののばらといえば特に誰と一緒でも気にする所はないようだった。


 ここでこの郊外学習を行うにあたり、学習目標と自由時におけるグループ4人の行動の計画をたてる話し合いでは煌がリーダーだった。3人の意見を聞きつつてきぱき計画をたてていく煌にのばらは言った。


『あなた、なかなかいいわよ。』


 これはのばらの口癖で、彼女にとってそれほど特別な意味はなかったのだが、言われた方にとっては違っていた。煌はもしかしてのばらは自分に少なからず気があるのかもしれないと思ってますますのばらのことが気になり出してしまった。

 テスト一週間前に入り部活動停止期間に入ったところだった。煌はのばらを一緒に帰ろうとさりげなく誘ってみた。


「牧野さん、テストはどの辺が出ると思う?僕と一緒に帰りながら予想をたてようよ。」


「雪村くんはえらいのね。帰り道まで勉強の事を考えているなんて。そういうの私無理。じゃあね。」


 煌はあっさり断られてしまった。



 それからすぐ聞こえてきた噂では、のばらは2年のサッカー部の人気の男子と付き合い始めたらしかった。だが、その後続いて流れた噂はほんの1ヶ月ほどで、夏休み前には別れたというものだった。

 その男子は放課後、のばらに自分のプレーを見ているように強要してきたのが原因で、あっという間に喧嘩別れしたという。




 その後、夏休み明けから、のばらは百人一首部に入部した。


 のばらは、当時3年の『落花生(おかき)高校の紫式部』と呼ばれていた長い(つや)やかな黒髪をもつ清楚系美人の先輩とずいぶんと気があったらしい。放課後、見目麗しい彼女たちが並んで歩く姿はずいぶんと目立っていた。


 中にはこの二人に関する妖しい噂も流れたが二人は気にもとめていないようで、部活の後は毎日一緒に帰っていた。


 煌も彼女たちが並んで帰る所を何回か目撃したことある。


 のばらは教室で見せているどこか退屈そうな雰囲気はまったく消えていて、のばらはますます魅力的なかわいらしい表情をしていた。

 煌はまた違うのばらの一面を知ったように感じ、さらにのばらへの一途な想いを募らせていった。




 煌は時折のばらを誘ってみたが、そのたびに断られていた。


『今日は部活はないし、一緒にかえらないか?百人一首部のことを教えてくれないか?』


『教えてっていわれても‥‥‥‥。ただの昔のカルタよ。私が教えてあげられることなんてないわよ。雪村くんみたいな成績優秀な人に。それに私それほど百人一首に興味あるわけでもないし。じゃ、さようなら。』




『牧野さん、文系と理系とどっちを取るの?』


『私はどっちもどっちだから、まだ決めていないわ。雪村くんは何でも出来るからいいわよね。』


『よかったら帰りに相談にのるよ。一緒に帰ろうよ。』


『自分のことは自分で決めるからけっこうよ。』




 月日は流れ、紫式部先輩は卒業した。


 のばらの放課後の時間を独占していた邪魔者はいなくなった。

 もう、3月になっていた。

 煌はのばらに自分の今までの気持ちをいまこそはっきりと告白しようと決めた。


 そんな矢先、衝撃の噂が耳に入ってきた。


 1学年上のこの学校でチャラくて有名な派手な男子、甲斐雅秋(がしゅう)と付き合い始めたという。


 煌は家で慟哭した。


 煌はのばらから冷たくされればされるほどのばらに恋い焦がれていて、決心をかため告白するタイミングをはかっていたところで、先に雅秋にさらわれてしまった。


 煌は成績優秀、品行方正の優等生そのもので、冷静沈着で非の打ち所がない彼は周りから一目おかれる存在だった。なのでこれまでにも他の女の子からコクられたことは何度かあった。だが、どの子ものばらの魅力に勝ることはなかった。




 2年になって文系を選択したのばらと理系の煌はクラスは同じになるはずもなく特に接点もなくなってしまった。

 だが、煌はのばらの様子をいつもさりげなく探っていた。


 のばらはとっくに百人一首部はやめていた。のばらの彼の雅秋は美術部だったがのばらが入部する気配はなかった。

 当の雅秋はといえば、4月になってからは美少女と評判の新1年の女の子に夢中になって必死で誘っているいるらしい。のばらとつきあってまだ1ヶ月経ったかどうかだというのに。

 のばらはといえば、そんな雅秋とも別れていないと言っているそうだ。


 煌は本当のところはどうなのか見極めようとしばらく見ていた。雅秋は1年の女の子に既に心がわりしているのは確かなようだった。その子に近づこうと必死らしい。

 のばらの真意はわからなかったが、雅秋の心がのばらから離れた今こそ告白のチャンスだと煌は再び決心した。



 もう、7月も半ばになっていた。





『牧野さん。僕とつきあってくれないか?僕は1年のころからずっと牧野さんのことが好きだったんだ。君は知っていたんだろう?』


『ええ、知っていたわよ。でもそういうのは雪村くんだけってわけではなかったし。』


『牧野さんは誰か好きな人がいるの?』


『知っているんでしょう?3年の甲斐先輩のこと。』


『‥‥‥ああ。』


『私、人気のある甲斐先輩を彼氏にしている自分が好きなだけ。で、私と甲斐先輩は余りにも似通っているの。性格が。二人ともこんな性格してたらどうなるかわかるでしょう?私も甲斐先輩もN極の人だったの。同じ極同士引き合うことはあり得ないの。反発するだけ。でも私は自分のしたいようにしかできないのよ。‥‥‥‥雪村くんは本当に私をわかっていてつきあいたいと思うの?』



『僕だってそれなりに人気はあるさ。‥‥‥‥とりあえず僕のずっと前からの願いを叶えてくれないかな?僕と一緒に帰ってくれないか?』



 煌がのばらと一緒に帰る事が出来たのは、出会ってからおよそ1年3ヶ月後だった。





「あの‥‥‥僕、別にのばらさんと一緒に帰る約束とかしてませんでしたけど?」


 ミチルが困ったように煌を見た。


「では、それってのばらが君を‥‥‥‥?」


 煌が1年3ヶ月かかってやっと進んできた所までミチルは何の苦労もなくたった2日で来ていた。


 煌はこのきれいな少年に嫉妬していた。


「なぜ、のばらは会ったばかりの君を『ミチルちゃん』なんて呼ぶんだ?本当は何かあったんじゃないのか?」


 煌がミチルに詰め寄った。


「何かって‥‥‥どういうことですか?僕はよくわかりませんけど‥‥‥。」


 ミチルはおどおど煌を見た。



 ミアが立ち上がった。



 ミチルの前に出て煌の視線から遮って言った。


「あなた、ミチルに何か用があるんですか?のばらさんに用があっただけですよね?」


 ミアは無表情で煌を見て言った。











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