のばらのディスティニー
4Fの渡り廊下に出てミアと雅秋は中庭を見下ろした。
中庭の池の前ではバンドの演奏中で人が集まり賑やかだ。
「ミア、あのガキが言ってた事はどういう訳だったんだよ?」
雅秋がいやーな顔をしながらミアを見てきた。
「雅秋ったら‥‥‥‥‥あれは特別な意味などないの‥‥‥たぶん、そうね‥‥‥‥‥」
ミアはどう言えばいいのか思案していると雅秋が周りを見回して誰も見ていないのを確認してからふいにミアを抱き寄せ耳の後ろにキスした。
「俺がちょっとでも目を離せばミアは誰かにさらわれちまうんだろうな‥‥‥‥‥‥‥」
雅秋はつぶやいた。
リアスは旧校舎の中から雅秋がミアを抱き寄せるのを見ていた。ミアに声をかけそびれた。
ーーーリアルって結局こうだよな。ははっ‥‥‥‥‥は‥‥
理科講義室ではミチル家族、のばら、マナカと中村がそれぞれ微妙な空気を抱えて中にいた。
マナカの胴に巻きついた濃濃夜がマナカの顔を見ながら言った。
「ねぇ、ジャンピングお姉さんがミッくんの彼女なの?ココ、そうだったらいいなー!ココお姉さんが気に入っちゃたもん。」
濃濃夜が甘えるように言った。
「ええっ!」
中村が叫んだ。
「ちょっと、ココ!違うから、止めて!」
ミチルが濃濃夜を後ろから引っ張ってマナカから引き離した。
中村はあわてた。
おかしな勘違い既成事実ができてしまったら大変だ!
濃濃夜の目線までしゃがんで自分を指差して中村は言った。
「あのね、ココちゃん、このお姉さんはお兄さんの彼女なんだ。ごめんね。」
「えー!そんなぁー!ミッくんってさー、ココがいつもこんなに陰から助けてあげてんのにどうしてこうなのっっ!もうっ!」
ココがミチルに文句を言い始めた。
「じゃあ、マナカ。俺たちも邪魔したら悪いからいこうぜ!」
中村がマナカに言った。
思わぬ形で告白してしまった。
「‥‥‥‥うん!‥‥‥ヒトミったら‥‥‥‥うふふ。」
浴衣姿の二人はミチルの両親に会釈してから仲むつまじく理科講義室から出ていった。
ーーーうっ!マナカとヒトミったら!
私をおいて出て行ってしまうなんて!ひどいっ!ひどすぎるわっ!
い、いえ。大丈夫よ!私は牧野のばらなんですもの。この難局だって乗り越えてみせるわよ!
さすがののばらも内心相当怯えていた。
一時の間違いで一生贖罪の道を歩かなくてはいけなくなるなんて‥‥‥‥そんなことにはならないわ!
幸い、この人たち、『ミチルの彼女の存在する事実』以外のことは何も知らないみたいだし。
「あの、あなたがこの劇の脚本を書いた牧野のばらさん?私、ポスターとチラシで見たのですが。」
ミチルの父が突然のばらに話かけてきた。
「はい、そうですけど‥‥‥」
のばらは訝しげにミチルの父を見た。
ミチルと親子とは思えない。全然似ていない。精悍な顔立ちと体型はメタボとは無縁そうだ。仕立ての良さげなスーツを着た背の高い気品あるおじ様だ。
そういえばこの家族、高校の文化祭に来るだけなのに父親はネクタイをしめ、母親は上品なワンピースにしゃれたショールにブランドバッグ、娘はまるでピアノ発表会仕様だ。
のばらのぶしつけな視線にミチルの父馬白は言った。
「ふふふ、これはね、このあと二十数年ぶりにここの司書教師の島田見影先生にご挨拶に伺う予定なんです。それでこんな格好で親子そろって来たわけです。」
馬白は優しい微笑みを浮かべてのばらに言った。
心を読まれて回答され、のばらは超焦ったが平静を装った。
「そう‥‥‥なんですね。多分そんなことなのではと思っていました。で、私の書いた脚本に興味を持って頂けたのですか?そうだとしたらとても光栄です。」
「ええ、ミチルが家でこの脚本の朗読の練習をしているのを聞いた時にはとても驚きました。この話を知っている人が他にいたなんて!」
今度は馬白が訝しげにのばらを見た。
「これは‥‥‥‥私の家の所蔵本に記された古文書の中の記録の一部ですわ。」
のばらはきりりと馬白に挑むような視線を向けた。
「私の家ではこの郷土に関する古文書を収集しているんです。それらは複製ですら門外不出扱いで外部では研究されたこともありません。しかし、今回はおじいさまが特別に私のお願いを聞き入れてくださって脚本にすることを許して下さったんです。」
「ほお‥‥‥なるほど。そうでしたか‥‥‥‥あなたは牧野家本家のお嬢さんでしたか。」
馬白はうむ、と頷きミチルとのばらに言った。
「ああ、君たちは忙しいのに長居して悪かったね。ではそろそろ失礼するとしよう。」
そう言ってユミと濃濃夜を促した。
「さすが我が息子だな。目が高い。こんなに素敵なお嬢さんを見つけるとは。」
戸を出て振り返りミチルにそう言うと次はのばらに向けて言った。
「のばらさん、人生の中で君たちほど輝ける年代はないだろう。思い切り好きなことをするといい。私もね、高校生の時にユミに出会ったんだ。」
ユミがうふふと上品に笑った。
「では、失礼。」
馬白とユミが軽く会釈して廊下を遠ざかってゆく。
濃濃夜がどうなってるの、と騒ぎながら後を追いかけて行った。
「父さん、のばらさんが彼女って知ってたんだ?僕、彼女ができたから紹介したいって言っただけなのに。」
ミチルが独り言のように言った。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
‥‥‥‥‥‥‥ああ‥‥‥‥人生オワタ。
のばらは呆然とした。
「どうしたんですか?」
ミチルがのばらを心配そうに覗きこんだ。
ふと、のばらはミチルをまじまじと見た。
「‥‥‥あら、ミチル背が伸びたのかしら?」
「はい、僕、高校に入ってからもう5センチ伸びて165センチになりました。父さんも高校生の時に18センチ伸びたっていうし僕もそうなるかも。」
ミチルはのばらに気づいてもらえてうれしそうに言った。
そういえば天使のような少年の顔立ちも2ヶ月前より少し大人びてきたような気がしなくもない。
「僕、のばらさんにすぐに追いつきますから。」
ミチルが真剣に言った。
「そうね、あと3センチだわね。」
のばらが言った。
「身長だけのことじゃありません!」
ミチルはのばらの正面に来て言った。
「のばらさんは僕のこと‥‥‥‥そんなに好きじゃないかもしれないけど、僕は美人で賢くて、行動力があってバイタリティーに溢れている唯一無二ののばらさんが好きです。」
「ミチル‥‥‥‥‥‥」
のばらは突然のミチルからの告白に驚いた。
のばらにとっては告白されることは珍しいことではなかった。
のばらは周りから遠巻きにされてはいるが密かに憧れているものが多く実は雅秋に振られ煌とつき合うまでの間にも何人かの男女を玉砕していた。
その中で、ミチルの告白はあまりに真摯で一途でひたむきで、しかも熱心さもこもっているという今までにないものだった。
「僕、のばらさんに釣り合う男になります。少し時間を下さい!」
ほほを赤らめ一生懸命にのばらに訴えた。
のばらはふっと微笑んだ。
ーーーまっ、とりあえずとうぶんは贖罪中ということにしてあげるわ。パピーちゃんはどんな風に変わるのかしらね。
「わかったわ、ミチル。」
「ユミ、牧野家と土方家が手を組めばこの旧落花生城領地内の霊的守護はかなり強固になるだろうね。そうなれば我が家もまず安泰だ。」
「ええ、まさかミチルの彼女があの牧野家のお嬢さんだったなんてね。世の中狭いものね。」




