わがまま濃濃夜
第4幕が始まった。
ミチルが朗読し始めた。
「幼いながら利発で活発で蓮津を慕ってくれていた那津姫を失い、さらに秘密の恋をあきらめきれないまま嫁ぐことに決まった蓮津姫は病んでしまった‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
‥‥‥鯉は人の姿に変化すると、見つけたその人間の娘を河原に寝かせた。目覚めた人間は透き通るような肌の美しい娘だった。」
ここで中村が登場した。
舞台上では既にマナカが横たわっている。
中村はリハ通りに舞台中央客席側を向き、横たわるマナカを前に膝立ちした。
そして中村ははそっと横たわるマナカに両手を伸ばした。
ーーーうっ!目を閉じて黙っているマナカがここに‥‥‥‥‥‥
これってまさしく王子様のキスを待つお姫様ってシチュエーションだよなー。
マナカのくちびるが俺を呼んでる‥‥‥‥‥‥わけないか‥‥‥‥
中村は横たわるマナカの背中を抱上げ、立てた左膝と左腕で上半身を支えた。
ーーーほんと、マナカの体ってきゃしゃで柔らかくて‥‥‥‥骨格からして男と違うよなぁ‥‥‥‥ミチルに抱きついた時のあの感触よりさらにか細い。気をつけないと壊れそうだ。
中村はマナカの肩を揺すった。
「大丈夫か!娘よ!‥‥‥‥‥おいっ、目を覚ませっ!」
ーーーあー、もうこのまま異空間に二人で転移してーよ!そしたらマナカにキス出来るのに!
マナカは目をぱっと開き中村と超至近距離で目が合った。
中村は、顔が急に熱くなった。
ーーー聞、聞こえた?今の俺の心の叫び。ま、まさかな‥‥‥‥‥
「おっ、お前はいったいどこから来たんだ?なんでそんなかわいいんだよ‥‥‥‥名はなんと申す?」
焦った中村は用意されたセリフと自分が思っていたことがごっちゃになってしまった。
「わらわは‥‥‥‥那津じゃ。他のことは‥‥‥よくわからぬ‥‥‥。」
ーーーヒトミったら、どうしたのかな?すごく緊張してるみたい。練習の時の方が上手くいってたのにね。頑張って、ヒトミ!
「そなたは‥‥‥誰じゃ?‥‥‥妾は何をしておったのか?何もわからぬ‥‥‥。」
マナカは目線を虚ろに流して言った。
「おお‥‥‥私の名はヒトミ。安心しなさい、俺が、俺がおまえが良くなるまでたすけてしんぜよう。」
中村はマナカの髪をぎこちなく撫でながら言った。
「そして、二人は出会ったその時から急速に恋に落ちていった。」
ミチルの朗読が入り、中村とマナカは立ち上がった。
中村は両手のひらでマナカの両手を包み込んだ。
ーーー俺、今度こそはっきり言おう!マナカに好きだって。
だって俺、マナカといるとすっげぇ楽しいんだ。だから帰宅部同然の錦鯉研究部にあきもせず毎日行ってんだ。
マナカがいるから‥‥‥‥‥
中村とマナカはそのまま舞台中央で見つめ合って5つ数え始めた。
「ねぇ、ママ!大変だよ!ジャンピングお姉さんがあの人に取られちゃう!」
濃濃夜が騒ぎ出した。
「だって、ミアちゃんがどうしてもだめって言うなら、ココあのお姉さんがいいもん!」
「ココ、これはお芝居よ。静かにしなさい!」
「ううん、違うっ!これは本当だよっ!ママ。」
濃濃夜は客席で突然立ち上がった。
そして、手を握りあっている中村とマナカを指差して言った。
「こらー!そこのふたりっ!離れなさーい!ジャンピングお姉さんはあなたには渡さないんだからーーーっ!」
中村とマナカは手を握り合ったまま客席の濃濃夜を見て固まった。
理科講義室にいた全員が濃濃夜に注目して一瞬しーんと静寂が訪れた。
そのあとくすくす笑いと大笑いが混合して起こった。
「ココっ!すっ、すみません!」
ユミは濃濃夜の口を手で塞ぎ座らせた。
「ココ!騒いだらダメっていってあるでしょう!あなたもう6年生なのに小さい子どもみたいなことをして。」
ささやくように濃濃夜に注意した。
「だってー‥‥‥‥ココの夢が壊れちゃう‥‥‥‥」
濃濃夜がぶつぶつ文句を言っている。
濃濃夜の夢は素敵なお義姉さんとショッピングに行ったり、スイーツを食べたり、添い寝してもらったり、お風呂に入ったり、一晩中おしゃべりしたりという、お姉さん5段活用することだった。
濃濃夜は大好きなミアと本当の姉妹のように生活することを目指していて、密かにずっとミチルとミアの仲を応援をしていたのだ。
ミチルは台本を持ったまま赤くなって硬直していた。
下手袖からのばらが中村とマナカを手招きしている。
マナカが気づいて中村に言った。
「お前と妾はいつも一緒じゃ。さあ、行きましょう!ヒトミ。」
マナカは中村と手をつなぎ下手に下がった。
「鯉の腹の中で霊力を得た那津姫は霊界で黄金の鯉の妻となった。二人は仲むつまじく霊界で暮らした‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
ミチルは放心状態に陥りそうになりそうな自分をかろうじてコントロールしながら朗読を続けた。
ようやくエンディングを迎えた。
ミチルが気づいた時には既に舞台中央にて、のばらがミアの手を取り、神に扮した中村のかざす愛のピーナッツを遠慮しているところだった。
「牧野様‥‥‥わたくし、生まれ変わっても‥‥‥きっとあなたをお慕いするのですわ。」
ミアがのばらに手を握られながら瞳をうるうるさせている。
ーーー私、今日ののばらさんの演技には胸がいっぱいになりました!
「蓮津‥‥‥‥私もだ。」
ーーーあん、楽しい時間はもう終わってしまうわ‥‥‥。あともう一回で私の出番は終わる‥‥‥‥始まるとあっという間だわ。ここまで来るのはあんなにいろいろあったのに‥‥‥‥‥
『これは、この地に伝わるいにしえの物語。さあ、この伝説に思いを馳せて見てください。あなたのすぐそばに生まれ変わった蓮津姫と牧野様がいるかもしれません。いえ、‥‥‥‥もしかしたらあなた自身が。思い当たることありませんか?』
ミチルは落ち着きを何とか取り戻し締めくくった。
7人全員が舞台上に一列に並んで礼をした。
大きな拍手が開場を覆った。
観客の見送りにのばら、マナカ、中村、ミアが立った。
観客がすべて退出すると廊下で待っていたミチルの家族とゲスコンしていたミチルが戻って来た。
「あ、あのみんな、いいかな?劇の最中にココが迷惑をかけてすみませんでした。」
いきなりミチルがみんなに謝った。
「ミチル!いいのよ、そんなこと!これは文化祭の劇なんだもの。そんなハプニングだって劇の内よ!楽しくてよかったわよね、みんなもそうよねっ?ねっ?」
ミアがミチルと濃濃夜を気遣って皆をきょときょと見回しながら言った。
「皆さん、本当にごめんなさい。ほら、ココも!」
ミチルの両親も謝った。
「はーい。おにーさん、おねーさん。ごめんなさい。」
濃濃夜は幼く見えるがとんだ策士だ。
自分が幼く見えることもかわいいことも十分心得ていて利用する。
しおらしく、自分の年よりずっと子どもっぽく謝った。
そうすれば大抵の事は許される。いつだって。
「いいのよ、そんなこと。うふふ。土方くんの妹、かわいいー!」
マナカが濃濃夜に向かって言った。
「わーい!ジャンピングお姉さん!どうもありがとう。」
濃濃夜がマナカに抱きついた。
「やっだぁ!うふふー、なあに?ジャンピングお姉さんって。井戸の時のこと?あはは!私、中3まで体操部だったのよ。」
隙を見つけた雅秋が言った。
「じゃあ、ミチルは家族と話があるんだろ?俺とミアは外してるから。」
雅秋はミチルの家族に礼儀正しく一礼してからミアを懸念の目で見た。
「あ‥‥‥うん。じゃあ、おじ様、おば様。今日は来て頂いてありがとうございました。ココちゃん、またね。」
ミアは濃濃夜に微笑んでから雅秋と目線を合わせた。
雅秋が先ほど濃濃夜の言った事が気にさわっていることは明らかで、ミアは雅秋の気持ちを思って素直に従った。
濃濃夜は内心、ミアを奪った雅秋とふがいないミチルを恨みつつも、ミアへは可愛らしく手を振って見せた。
雅秋は濃濃夜と手を振りあうミアの背中を抱くように手を回すと急かすようにミアを引き寄せ出て行った。
「あ、俺もちょっとお手洗いに。ミッくんも気にすんなよ。ココちゃんもさっきのおもしろかったぜー!んじゃ、どーも。」
リアスは濃濃夜に親指を立ててにかっと笑って見せると、ミチルの家族にちょこっと頭を下げてから教室を出た。
理科講義室にはミチル家族とのばら、マナカ、中村が残された。
ーーーうっ!座家くんも甲斐雅秋もミアちゃんも上手いことさりげなく去って行ったわね。
私もここから脱出したいんだけど‥‥‥‥‥ああ、これって脱出ゲームより難解だわ!




