作意の生物室
のばらは内心にんまりしていた。
やったわ。私、ミアちゃんの相手役をゲットしたわ!昨日からあちこち動き回ったかいがあったってことね。
のばらはミアと自分の配役が希望通りに決まったことに気を良くしていた。のばらが脚本を書くのだ。のばらの好きなようにミアの演じる蓮津姫とその恋人役の自分を絡ませられるし、セリフだって思いのままだ。
これからますます楽しくなるわ。ミアちゃんにはどんな台詞を私に言ってもらおうかしら?うふふ。今の私は神様みたいね。何でも思いのままだわ。
たとえば‥‥‥ミアちゃんが、私に『あなただけをお慕いしております‥‥‥。』とか言いながら真剣な目で私のことを見つめてから抱きついて来るの。私は『ふっ、かわいいやつめ!』ってミアちゃんを私も抱きしめちゃったりして‥‥‥‥‥そして見つめ会った二人は‥‥‥‥‥!きゃー!私ったらなんてこと!
のばらが1人脳内妄想している間にも話し合いは続いていた。
「鯉については、鯉の張りぼてを作ってヒトミが操ればいいんじゃない?」
ミチルが提案した。
「えー、俺鯉になりたいよぉ。顔だけなら金色に塗ってもいいぜ。」
「もーう!これはコントじゃないのよ!そんな笑ってしまうようなことはだめじゃん。鯉は霊界からの使いなんだから威厳が必要だよね。しかも、私たちの定義上では一応主役は鯉なんだからね!」
マナカが急にまじめなことを言った。
「そうね、鯉は大事だわ‥‥‥‥。」
ミアも真面目な顔で言った。
「なんだよー、みんなで俺に圧かけてきてさー。鯉ならセリフもなくて楽だと思ったのにさぁ。のばらさん、俺はどうすればいいんですか?」
中村はさっきから遠くを見るような目をしながら黙っているのばらに聞いた。
「えっ、なあに?ごめんなさい、ちょっと脚本のことを考えてしまっていて聞いていなかったわ。」
のばらが焦りつつも事実を述べた。
「鯉の衣装のことです。威厳がないといけないってこいつらが言うけど、そんなにクオリティが高いものはこの予算では無理だって!」
「‥‥‥‥だったら、いっそのこと鯉の衣装は要らないわ。鯉は絵にしましょう。大きな迫力のある絵を黒板に張っておくのよ。黒板の前のスクリーンをおろして最初は隠しておいて、那津姫が飲み込まれるシーンでスクリーンをあげて見えるようにするの。朗読劇だしそんなんでいいわよね?中村君は声だけ演じればいいわ。後、救いの神様もあるけど、それは白い布でも巻いとけばいいんじゃない?」
「のばらさん、なんだか鯉&神のことはどうでもいいって感じじゃないですかぁー!」
中村がぐずぐずとのばらに訴えた。
「ま、まあ。そんなことないわよ。え、えっと、誰か絵の上手い人に鯉の絵をお願いしないといけないわね。」
中村にズバリと心中を言い当てられてしまってのばらはどきりとした。
はっきり言ってのばらはミアと自分の絡みシーンさえあればそれでいいのだ。
そのためにこんなに働いているのだから。たとえ当日のゲストが一人二人だったとしてもかまわない。
「でも、絵が上手い人なんて、錦鯉研究部にいんのか?」
中村がミチルを見た。
「‥‥‥‥そ、それは‥‥‥その質問はここではNGワードというか、NGセンテンスだよ。昨日のこと、忘れてないよね?」
そう言ってミチルがスッと目をそむけた。
「‥‥‥‥お、おう。そうだったな‥‥‥‥‥、わりぃ。」
中村がミアとマナカをチラッと見た。あの二人がデザインした鯉のゆるキャラの絵は忘れ難い。
ミアの白地に朱色と黒のぶち模様をしたつぶれたなまずもどきとマナカの内臓がスケルトンした鯉。
「わっ、私は物の表面ではなくて内面を捉えるタイプなのよ!構造の深層を知りたいじゃない?普段見えていないけどそこにいつもあって重要な役割を果たしている臓器のみなさんにたまにはスポットライトをあててあげようと思っただけよ!」
マナカが中村の視線を自分のロジックで一蹴した。
「あら、じゃあ、私が鯉の絵を用意しましょうか?」
ミアがかわいらしい顔でにこりとして言った。
ミチルの顔色がすっと失われた。
「どうしたの?ミチル。」
ミアが首を傾げた。
ふと見ると中村が苦り切った顔をして上を見上げていた。
「中村くん?」
ミアが不思議そうな顔で中村を見た。その横でマナカが憂色をたたえた目でミアを見ていた。
「池中さん?」
妙な雰囲気が漂いだしてミアは訳がわからずにきょときょとした。
「ミ、ミアちゃん?ミアちゃんが用意してくれるって‥‥‥‥?」
のばらが、難色を隠しつつさりげなく聞いた。
「あ、美術部の友達に協力をお願いしてみようと思ったんですけど‥‥‥?」
ミアがキョトンとして言った。
「‥‥‥‥‥だそうよ、みんな。心配したわね?大丈夫よ。それなら、ミアちゃんは美術部の子に聞いて見てくれる?でもあっちはあっちで忙しいでしょうね。美術部は文化祭のための看板づくりやポスター作り、飾りも作らなければならないもの。あまり期待はできないわ。」
のばらは去年の事を思い出して言った。
「そういえばそうですね‥‥‥‥。聞くだけ聞いてみます。」
ミアは美術部の友達のトーコとユリカに聞いてみようと思っていたが、忙しいとわかった上で頼むのはためらわれた。
「ではこの話はひとまずそういうことで。だめだったらまたみんなで考えましょう。」
と、のばらが閉めた。
ミチル、マナカ、中村はお互い目配せして胸をなでおろした。
「では、今日は私、家に帰って集中して脚本を書いてくるわ。早いけどお先に失礼するわね。」
のばらは皆に向かって言った。
「はい、のばらさん、大変な役目を引き受けてくれてありがとうございます。僕たちのできることはこちらやっておきます。のばらさんを手伝うことがあったら何でも言ってください。」
ミチルがのばらを気遣った。
「いいのよ。私は楽しんでやっているの。明日楽しみにしていてね!」
「はい。脚本が出来れば他の準備もはかどりますね。」
のばらとミチルが話していると生物室の戸がガラリと開いた。
「失礼する!」
雪村煌だった。
「こちらに牧野のばらさんは‥‥‥。」
そう言いながら教室内を見回した。
「‥‥‥‥ああ、いるじゃないか。のばら、ちょっといいかな?」
のばらは突然現れた煌を見て驚いた。
「今、生徒会はすごく忙しいでしょう?どうしたの?生徒会長がこんな所に来ている暇があるのかしら‥‥‥‥。」
のばらがつーんとして言った。
「のばらに話したいことがあるんだが‥‥‥。」
煌は、昨日のばらと一緒に帰る約束をしていたにもかかわらず、なぜかミチルがのばらにくっついていて、のばらが3人で帰ろうと言い出したことに立腹していた。しかも、煌がミチルを睨んで追い払ったら、のばらは機嫌を損ねて超スピードで煌をまいて先に帰ってしまった。
結局煌はのばらと帰るために特別の計らいをしてあげたにもかかわらず、見返りはぬか喜びだけだった。
「私もう、帰るところなの!今日中にやることがあって忙しいのよ。煌も早く生徒会室に戻った方がいいんじゃないかしら?では、ごきげんよう。」
のばらは冷たくいい放つと煌をおいてさっさと生物室を後にした。
煌はのばらのいつもの艶やかな後ろ姿をそのまま黙って見送った。