第3幕 その2
中村の朗読が始まると、ミアははしゃいで池の鯉に撒き餌をする演技をしながらのばらと共に上手にはけた。
ミチルは下手側から段ボールで作られた円筒の縦半分状の井戸のセットを下手寄りに舞台にささっと置いて下がった。
この裏側に井戸に落ちた那津役の人が隠れられるようになっている。
そして、セットにかくれつつそれも持って一緒にはけて行く段取りだ。
ーーーいっけね、集中力切れてきた。他のこと考えちまう。朗読は台本持ったままでいけるけどさ、この役一番きつくね?
中村は集中力を取り戻そうと目を瞑って5秒数えた。
次は蓮津の『黄金の鯉の鱗』という、つぶやきが気になった那津姫が手習いの師のお恵にそのことについて尋ねる部分だ。
中村は気を取り直した。ここからの朗読の会話部分は舞台袖から助太刀が入る。
中村は一文だけ朗読した。
「那津はお気に入りの蓮津との楽しいひとときを過ごした次の日、手習いの師、お恵の方に尋ねた。」
ここから始まる那津とお恵の掛け合いのセリフは、ミアがそのまま那津を、お恵のセリフはのばらが、袖に隠れたままで中村の朗読に被せることになっていた。
ミアは上手に用意してある台本を見ながら中村にタイミングを合わせてセリフを入れた。
「なあ、お恵よ、『黄金の鯉の鱗』とは何か知っておるかの?」
「はい、聞いたことがございます。まれに井戸の中に突然現れる黄金の鯉にまつわる昔話のことでございますね。」
のばらがミアの横でお恵のセリフを言った。
「どんな話じゃ?」
早く聞きたくてせかすような口調でミアが言った。
中村の短い朗読が入る。
「お恵はこの土地に伝わる黄金の鯉の鱗についての言い伝えを那津に聞かせた。それは、ある男が黄金の鯉を捕らえ食して体験した不思議で気味の悪い物語だった。」
引き続きミアとのばらによって会話部分が進められて行く。
「このような昔から伝わる話は戒めを示唆しているものなのです。昔の人の教えです。この物語は霊界の使いといわれる黄金の鯉に手出ししてはいけないと言っているのでしょう。」
「この城の井戸にもまれに現れるという金色の鯉もそれであろう?」
「はい、そうですが、眺める以外のことはしてはなりません。もし、手出しをすれば禍がおこるやもしれません。それに、まさか魚の鱗で願いなどかないますまい。触らぬ神に祟りなしというではありませんか。利発な姫様ならわかりましょう。」
「‥‥そうじゃな。」
「さあ、手習いをつづけましょう。」
会話の朗読部分をそつなく終え、舞台袖でミアとのばらは顔を見合せ、ほっとして目線を合わせた。
中村は一呼吸おき一言、重々しく言った。
「それからわずか六日後のことであった。」
ここから始まる城の噂話の会話部分は、マナカとリアスの出番だ。
「1の井戸に黄金の鯉が現れたってさ!5年ぶりなんだって。」
リアスが大きな声で下手袖から言った。
「えー、じゃ1の井戸は使えないね。あたしたち2の井戸まで水汲みにいかなきゃいけないじゃないの。それこそ禍だわよ!めんどくさっ!」
マナカがダミ声で言った。
どうやらマナカはいろいろな声が出せるらしい。
まるで、ダミ声の体格のよいおばさんを連想させる声にくすくす客席から笑い声が聞こえた。
「ふっ、そうだなっ、それ、大抵はなー1、2日でいなくなるって聞いたぜ。少しの間の辛抱さっ。」
リアスが台本を見ながらなんとかこなした。
二人の会話部分が終わるとリアスは直ちにバッとマナカを見た。
「ちょっとぉ、池中さん!急に何て声だすんだよぉ!練習んときは普通だったじゃん。俺、おっかしっくてヤバかったんだけどー!」
にやけながらリアスが小声でマナカに文句をたれた。
「えへへ。なんかこのメイクして笑われてからさ、笑い取るのが快感でさ。なんか目覚めちゃったー、私!」
中村がほどよい間を取り一文読んだ。
「井戸端会議のお喋りはあっという間に城内に拡がった。」
短い文だが、タイミングよく言うには集中力がいる。
中村はとりあえずここでやっと一息つける。
静かに息をはぁっと吐いた。
「のう、妾は黄金の鯉とやらを見に行くぞ。」
ミアが上手から袖の方を振り返りながら舞台に現れた。
「前回現れたのは那津姫様がまだ赤子の頃でしたから初めてご覧になるのですね。手筈をととのえますのでしばしお待ちを。」
のばらが従者のセリフを先ほど同様に隠れたまま言った。
「楽しみじゃのう。妾はそれまで一人で休む。皆下がっていてよい。」
ミアは上手袖の中に向けて話している。
「さて、これでよい‥‥。」
ミアはひとりニタリと嗤った。
「うわお、ミアさんあんな顔するんだ!」
マナカがリアスを見た。
「‥‥‥‥ゲス顔でさえ尊いよなー‥‥‥、悪の魅力のミアもいいよなぁ‥‥‥‥」
リアスがつぶやいた。
「‥‥‥‥‥ねえ、座家くんて結局ミアさんだったら何でもいいんじゃん?さっきからさ。」
マナカがミアに見とれるリアスにズバリと言った。
ミアは浴衣の裾を帯に挟みまくり上げた。
スタイルの良いすらりとした脚が現れた。右膝の傷あとがかさぶたになっている。
客席ではがさごそスマホを取り出し撮影する者が急に増え出した。
雅秋は会場の雰囲気が変わったことに気がついて苦々しく隙間から覗いた。
ーーーちっ!お前ら、俺のミアを勝手に撮るんじゃねえつーの!ミアも裾上げすぎだって!見えちまったらどうすんだよ!
次回からは公演中は撮影禁止だ!
雅秋にはミアの後ろ姿を見ながら、その向こうの下手袖から舞台を見ているリアスが見えた。リアスはミアの正面をガッツリ見ている。
ーーーあいつ、ミアに振られたくせに!
さっきからどうなってんだ。なれなれしくミアに触ったり、ガン見したり。
これ終わった後ガツンと言ってやんねーとな!
雅秋は不穏なBGMを小さな音でスタートさせた。
ミアは周りを見回しながらこっそりと井戸に近づいた。
「さてと‥‥‥」
ミアは横から井戸を覗いた。
「うわー!綺麗じゃ!まるで井戸の中にまぶしい灯りがあるようではないか!」
ミアは驚きと喜びの声を上げてから会場を見回した。
ミアの表情から観客は井戸の中の様子を想像することが出来た。
再び、ミアは井戸を覗くと大きな声で呼び掛けた。
「おーい!黄金の鯉殿。妾は那津じゃ!この城の姫じゃ!」
次に会場に向かってミアは話かけるように言った。
「返事がないのじゃ。」
困った顔でお手上げして見せた。
「那津姫がんばれー!」
クロエとアレクが揃って応援の合いの手を入れた。
「誰じゃ?今、妾を応援する声が聞こえたのじゃ!これは蓮津を助けよという天の声かもしれぬ!」
ミアはそう言うと、井戸を覗きこんだ。
「黄金の鯉殿、妾にそなたの鱗を一枚だけくださらんか?元気のない蓮津を喜ばせたいのじゃ。礼はそなたの好きなものを用意するでのう。今、妾がそちらに行くでの。待っておれ。」
ミアが片足を井戸にかけるふりをした時、のばらの叫び声が入った。
「那津姫様!何をなさっているのです!お止めくださいませっ!」
雅秋がBGMの音をだんだん大きくした。
ミアは上手袖の方を振り返って叫んだ。
「止まれ!そこで待て。妾はあの鯉に用があるのじゃ。すぐ戻る。」
ミアが井戸に飛び込んだ。
雅秋がすかさず大きな水音の効果音を入れた。
バッサーンッ
ミアが井戸のセットの裏で叫んだ。
「なっ、無礼ものめっ!‥‥‥‥きゃーっ!!」
ミチルが通路裏から口を大きく開けた迫力の鯉の絵を開放した
会場からどよめきが起きた。
「姫様!」
「姫様!!!」
「やめろーーー!!!化け物め!!!」
「那津姫様ーーー!!いやーーー!!!」
「姫様!誰か助けて!」
舞台裏から全員で口々に叫んだ。
会場が雅秋の絵と叫び声に気を取られている内に、ミアはかがんだまま井戸のセットと共に下手にはけた。
雅秋はBGMをフェードアウトさせていった。
中村の出番だ。
「皆が井戸に飛び付き井戸の中を覗いた。それは鯉の口からはみ出した那津姫の足が鯉に飲み込まれる瞬間だった。
那津姫は黄金の鯉に一飲みにされた。
姫を飲み込んだ黄金の鯉は井戸の奥深く沈みそのまま消えた。
井戸の中は何事もなかったの如く静まりかえり、ただ暗く水をたたえているのみであった。」
会場も迫力のシーンに圧倒されたように鎮まり返った。
間をおいてから拍手が巻き起こった。
第3幕は無事終了した。大成功だったようだ。
次は悲惨な結末で終わるこの鯉伝説に希望を残すため、のばらによって創作された最終話だ。




