準備完了
のばらが理科講義室に戻ると程なく皆が生物室から劇の荷物を持って戻って来た。
のばらは急くように話し始めた。
「みんな、いい?急だけど舞台仕様を変更するから。暗幕は諦めるわ。ないならごねたって仕方がないもの!」
「どうするつもりですか?のばらさん。」
ミチルが妙に熱っているのばらを心配そうに見た。
「暗幕とライトがない以上工夫しないといけないわ。せめて上手下手の舞台のそでを隠すものだけは用意しなければ。私、外部には絶対に頼らないでやってみせる!予算はまだ残ってたわよね?衣装もコスメもほとんど各自家から用意したものが多かったもの。」
のばらの意地は強かった。
「駅前の100均に買い物に行くわ。ブルーシートのような大きなものがあれば隠れる舞台そで部分をつくれる。それをデコればいい。地衣先生に外出許可をもらいましょう。」
「あ、私先生のところに行ってきまーす!」
マナカが言った。
マナカは地衣先生にビオトープの観察研究の日誌を週1で見てもらっていた。なのでわりと気心が知れていた。
「じゃあ、お願いね。マナカ。ミアちゃんとヒトミは必要な舞台そでの縦横の長さを測っておいてちょうだい。その間私とミチルは必要なものを確認しましょう。」
「はい。のばらさんが買い物の間に私たち、入口と廊下側のデコレーションもやっておきますから。」
ミアが言った。
「お願いね、ミアちゃん。」
のばらは皆がとても協力的だったので、がぜんやる気を燃やした。
15分ほどでマナカが戻って来た。
「のばらさん、地衣先生に許可もらいました。それに午後は来て手伝ってくれるって。倉庫の中でついたてになるもの探してくれるって。」
「ありがとう、マナカ。私、さっそく買い物に行くわ。ミチルも来て。」
「はいっ!」
ミチルはのばらのかわいい子犬のようだった。
のばらとミチルが買い物に行っている間にリアスが理科講義室に来た。
「おっす!お待たせーっ、て待ってなかった?」
「待ってたわよ、リアス。すごく忙しいの。来てくれてありがとう。」
ミアがうれしそうに言った。
リアスはミアに頼りにされてご機嫌だ。やる気が溢れて来た。
「ミア、俺何すればいい?」
ミアとリアスが廊下側と入口のデコレーションをして、中村とマナカは、舞台の立ち位置のしるしを相談しながら床にマスキングテープで貼っていった。
廊下でミアと二人、事前に用意しておいたポスターや看板を張り、キャラの切り抜きを張っていった。
高いところは、リアスがやっている。
「この劇の登場人物の切り抜きのちびキャラ、リアスが描いたんでしょ?すごくかわいい!やっぱり、リアスってすごいのね。追試もすごく良い点とれたんでしょう?」
ミアがリアスを尊ぶように見た。
「さんきゅー、ミア。」
リアスが笑った。
リアスは今、本心を閉じ込めてミアと接していたが、友達と言ったとてやはりミアは自分にとって特別の人だった。
ミアも、同じだった。リアスをただの友達とは言いきれず、かといって彼氏ではない。ミアは雅秋を選んだ。それなのにリアスを好ましく思っている気持ちはミアから漏れていた。
二人の関係は表面的に決着はつけた。しかしお互い心は急に変えることはできはしない。
「中心の立ち位置はこの辺でいいかなぁ?マナカ。」
黄緑色のマスキングテープを持ちながら中村がマナカに聞いた。
マナカは客席側に立ち確認して言った。
「良いんじゃない?」
そう言ってからしゃがんだ中村の所まで戻った。
中村の真横にマナカの細長い脚が来た。もうちょっとで見えてしまいそうだ。
「おい、マナカ。スカート短くし過ぎじゃねーか?」
中村が言った。
中村とて、女子のスカートは短いほうが嬉しいのだが、好きな子に限ってはそうではなかった。他の人に見せたくないのだ。
「な、なにそんなローアングルから見てんのよ!ヒトミだからって許さないからね。」
マナカが顔を赤らめながら中村から離れた。
「な、何だよ?しゃがんだ俺に近づいて来たのはマナカじゃん。」
理不尽なお叱りに中村が文句を言った。
ーーー今、マナカ、『ヒトミだからって許さないからね』って言った。これって俺、結構マナカの中で特別待遇されてる?‥‥‥のか?
中村はにわかに鼓動を感じ始めた。
それから、昼前にのばらとミチルは黒いシート、支え棒、マスキングテープ、紐にロープ、デコシールなど買い込んで戻って来た。
「ただいまー!ああ、重たかったぁ。」
のばらが荷物をおろした。
「あら、座家くん。やっと来てくれたのね。」
のばらがリアスを見てほほえんだ。
「よお!のばらさん、今度、テストのコツ授けてくれよ。」
リアスがいつの間にかのばらと親しそうな雰囲気に変わっていたのに皆密かに驚いた。
「ふふ。いいわよ。そのうちにね。」
のばらが言った。
「お帰りなさい。疲れたでしょう。もう、どうせお昼だし休んで下さい。のばらさん、ミチルも。」
ミアがねぎらった。
午後になり、顧問の地衣がやって来た。
地衣は30代前半の男の先生だ。普通の先生というか、特に目立っている先生でもなく、生徒間でも話題になることもない地味目の先生だった。
生徒とはそれはどフレンドリーなタイプではない。
普段は部に関してはほぼ関わってはこない。生徒の自主に任せている。だが今回は事情を知って手伝ってくれるようだ。倉庫から使えそうながらくたを見つけてきて改造してついたてとなる枠を作ってくれた。
「先生、たまには役にたつんですねー!ありがとう、ちー先生!」
マナカが地衣の左手を両手でつかんで振りながら言った。
「たまにはって‥‥‥‥‥先生はいつだって部のことは離れて見守ってんだぞ、池中。」
地衣はどう見てもマナカには甘そうだ。きっとお気に入りの生徒なのだろう。
「そうだったんですか?でもいいよ。私たち真面目にやってるから先生は安心してて。」
マナカは調子よく言った。
「先生はもういいです。後は大丈夫だから。明日9時からの劇、先生の席とっとくから、ちゃんと来て下さいよ。ちーせんせー!顧問なんだからね!」
マナカが言った。
「はいよ!」
地衣はみんなに向かって言った。
「じゃあ、先生はもどるからな。明日楽しみにしてるから。部長、後頼むぞ。」
「はい、わかりました。」
ミチルは礼をした。
「はい、ありがとうございました。」
皆で礼を述べると地衣は微笑んで戻って行った。
「マナカのお陰で助かったわ。」
のばらが言った。
「あの先生、マナカがお気に入りのようね?きっとマナカが頼んだからやってくれたんだわ。」
「うふふー。ちー先生は意外といい線いってるんだよ。実はメガネ取るとイケメンなんだよ。」
マナカが言った。
「何だよ?マナカはオヤジが好みなんだ?」
中村が嫌そうに言った。
「別にそういうわけじゃ‥‥‥‥‥」
マナカが中村の顔を見て戸惑った顔になった。
「さあ、おしゃべりは終わりよ。クラスに戻って各自SHRが終わったらまたここに集合よ。5時までには終わらせましょう。」
のばらが言った。
放課後も集まり、上手、下手のそでも完成させた。
最後に椅子を並べ、舞台のセットや、雅秋の描いた絵を張り、小道具を並べ、準備完了した。
「みんな、アクシデントもあったけど、がんばったわね!明日、いよいよ本番よ!」
のばらが今までの苦労を思いだしながら部員を見回した。
「おう!出来てんじゃん。」
雅秋が最後の最後に現れた。
「まったく、都合の良いときに登場したわね。」
のばらがジト目で見た。
「でも、今だけは仲間として認めてるわ。最高の結末を頼むわよ。」
のばらが言った。
「ふん、俺はいつだって決めるとこは決めてやるさ!」
雅秋が自信に満ちた顔で嗤った。




