計画書提出
「じゃあ、私、金曜日までに大まかなシナリオを書いてくるわ。短いお話だし、細かい所はその都度修正していけばいいもの。鯉をもっと目立たせて、さいごに救いのエピソードをそえる‥‥‥‥っと。」
のばらはノートにメモすると借りた本とともにリュックにしまった。
時計を見るともう5時だった。
ミチルとマナカと中村はそれぞれ書類の見直し作業をしているようだ。
「そろそろできたのかしら?」
見計らってのばらが声をかけた。
「はい、見本があったので、同じように書きました。必要なものも金額もだいたいわかりました。のばらさんが去年の計画書を借りてくれたのですぐできました。ありがとうございます。」
「いいのよ。ミチルちゃん。私にも確認させてちょうだい。」
ミチルはマナカと中村から受け取りまとめたものをのばらに渡した。
のばらはざっと目を通し、頷いた。
「提出用と控えの2部あるのね。じゃ、早く提出にいきましょうか。ミチルちゃん。」
「はい。のばらさん。みんな、ここの片付けをお願いします。」
ミチルが残る3人に言った。
「おう!そっちは頼んだぞ。こっちの片付けは任せとけ。」
中村がにかっとミチルに笑った。
「うん、でも提出するだけだから‥‥‥‥不備がなければいいけど。行ってきます。」
ミチルとのばらは旧校舎の一階から新校舎の4階まで移動しなければならない。
「のばらさん、今日は2回も行ったり来たりで大変ですね。本当にごめんなさい。僕は部長になったのに全然役にたっていなくて‥‥‥‥‥。」
ミチルはのばらと中庭に面した渡り通路を歩きながら落ち込みぎみになっていた。
「ミチルちゃん‥‥‥‥そんなことないわよ!私は今日錦鯉研究部に来たばかりだけど2年だし、去年、文化祭は経験しているから力になれたのよ。錦鯉研究部には手伝ってくれる先輩がいないんですもの。それにみんな協力してくれるのはミチルちゃんだからなのよ?」
のばらは立ち止まってミチルを見た。
なんてかわいいのかしら!この子。きれいな肌。男子の汗臭さが全くないわ。まるで天使のよう。天使の翼とリングを隠しもっていたりして‥‥‥‥?
「のばらさん‥‥‥‥僕。」
ミチルはのばらの励ましに少し涙がにじんだ。
「さあ、ミチルちゃん。落ち込む必要なんてどこにないのよ。」
のばらはミチルの両ほほに手を当てて、目を合わせて優しく微笑んだ。
「はい、僕がんばります。」
ミチルは元気がでたようだ。
のばらがこの両ほほホールド技をつかえば大抵は赤くなってうろたえたり、緊張してフリーズするはずなのだがミチルには全くきかなかったようだ。
やはり美しさには自分の顔とミアで免疫ができてしまっているようだ。
この様子では‥‥‥きっとミアちゃんにも効かないわね‥‥‥‥。
二人は生徒会室の前までやってきた。
ミチルはノックした。
「どうぞ。」
声がした。
「失礼します。錦鯉研究部ですが文化祭の計画書を提出しにきました。」
ミチルが誰にともなく座っている4人に向かって言った。
ミチルのその後ろにはのばらが控えていた。
「ああ、錦鯉ね、待ってたよ。僕に持ってきて。今すぐに見てあげるから。」
一番奥に座って書類に囲まれている男子がミチルを見て言った。
ミチルは自分の後ろにいるのばらを振り返った。
のばらは黙って頷いた。
ミチルはエリート然とした男子に計画書を手渡した。
「ちょっと待ってて。」
受けとるとすぐに読み出した。
その間にのばらは先ほど借りたファイルをキャビネに戻した。
「‥‥‥‥錦鯉研究部の正式部員は4人+仮一人だから予算は9千円しかつけられないよ。足りない分は年間の部費で賄うか、入場料をとるとか工夫しないといけないな。衣装代も工夫すればもっと節約できるだろう。だが‥‥‥」
「生物室で劇は危険だから、他の場所を確保したほうがいい。そうだな‥‥‥‥空いている所は‥‥‥視聴覚室はもういっぱいだし、1Fの渡り通路はバンドやダンスパフォーマンスで予約済、ないな‥‥‥‥。困ったな‥‥‥‥。」
その男子はそういうとのばらをちらっと見た。
ミチルはその男子の言葉に絶望がよぎった。
「では、旧校舎4Fの理科講義室か第3自習室、もしくは3Fの第2自習室が借りられるように先生に相談してみます。場所的に人を集めるのは不利な場所だけど仕方ないわ。ね、ミチルちゃんそうしましょ。」
のばらはミチルに微笑んだ。
「のばらさん‥‥‥‥!はいっ。僕地衣先生にこの後すぐ伺ってきます。」
のばらの助言でミチルはまた助けられた。
ミチルはほほを染めてのばらを見た。
「ミっ‥‥‥!‥‥‥‥君、先生の許可がとれたらこの用紙に記入して印をもらってまた提出して。特別教室の使用許可がおりたらこの計画書はOKだ。」
その男子はそう言いながらなぜかミチルを上から下まで見た。
「‥‥‥?はい、わかりました。」
ミチルは用紙を受け取った。
「ありがとうございました。失礼します。」
ミチルは一礼して退出した。
扉を閉めるとき先ほどの男子と目が合った。
なんだろう?あの人、途中から僕のことじろじろ見てるみたいだったけど‥‥‥気のせいかな‥‥‥?
ミチルがぼんやり考えごとをしているとのばらが言った。
「どうしたの?ミチルちゃん。」
「あ‥‥‥‥いえ、なんでも。僕、地衣先生の所に行ってみます。のばらさんはもう帰ってもいいですよ。」
「だめよ!今日中に計画書にお墨付きをもらうことが私のミッションなんですもの。さあ、地衣先生は職員室にいるしら?行きましょう。」
そして、二人は職員室に向かった。そして錦鯉研究部顧問の地衣先生から簡単に許可をもらえた。
地衣先生は普段顧問なのに普段、らしきこともほとんどしておらず、このような時くらいは役にたとうとしてくれたようだ。
ミチルとのばらはまた生徒会室に戻った。
「あの、錦鯉研究部の土方ですが、顧問の先生から理科講義室の使用許可をいただいてきました。」
ミチルは先ほどの男子生徒に先生にサインと印をもらった用紙を提出した。
「そうか。早かったな。それなら許可をだそう。」
そう言って先ほど提出した計画書2部の表紙にそれぞれ『可』の印を押すと控えの方をミチルに返した。
ミチルとのばらは思わず視線をあわせ微笑みあった。
「えー、う、ううん‥‥‥‥えっと、牧野さん、例の件はこれで大丈夫だね?」
その男子生徒はミチルをちらっと見てからのばらを見た。
「何かしら?ミチルちゃん、行きましょう。」
のばらは軽く一言いうとミチルを促し退出した。
生徒会室から出ると、ミチルはのばらに尋ねた。
「今の生徒会の人、のばらさんの知っている人なんですか?例の件って‥‥‥?」
「さあ?で、ミチルちゃん、あの人は生徒会長の雪村煌くんよ。知らなかったのね?」
「あっ!名前は知っていたけど、顔は知りませんでした。近くで生徒会長を見る機会なんてなかったから‥‥‥‥。さすが、きりりとした人でしたね。」
ミチルが言った。
「そう?」
のばらは興味なさげに言った。
あの男はもはや私の思いのままでほんとつまらないわ。でも、さすがに付き合って1ヶ月で振ったらあの甲斐雅秋に何を言われるか目に見えているし。ま、生徒会長という役柄もあるし、少しは役にたってくれているからもうちょっと我慢するしかないわね‥‥‥‥。
「‥‥‥‥‥のばらさん?」
ミチルがぼんやりしたのばらを見つめていた。
「あら、ごめんなさいね。早く戻って錦鯉研究部の子たちに教えてあげましょう。一歩前進ですもの。」
「はいっ!」
ミチルは、今日は錦鯉研究部として初めて充実した活動が出来たと感じていた。
のばらさんのおかげで‥‥‥‥。
ミチルはそっとのばらの横顔を見た。