のばらの彼氏
「まあ、もしシナリオについて聞かれたら生徒会にはそんな感じで説明しとけばいいわ。後どれくらいで書類は出来上がるの?ミチルちゃん。」
のばらがミチルの手もとを覗きこんだ。
「はい、後、主な必要なものをリストアップしておおよそ予算はどれくらいかかるか調べて計算しないと。」
「そうそれは面倒そうね‥‥‥。何が必要になるかしら?私もやったことなくてわからないわ‥‥‥そうだわ!去年の劇をやったグループの計画書を参考にしたらどうかしら?私生徒会室に言って借りてくるからちょっと待っていて。」
のばらが自分のひらめきを自画自賛しながらさっと出ていった。
「のばらさんは有言実行型なんだなぁー。すっげーフットワークだぜ!」
のばらの後ろ姿を見おくりつつ中村はますますのばらに憧れたようだ。
「うん、そうだね。あんなに気軽に去年の計画書を借りに生徒会室に行けないよ、僕。」
ミチルが中庭を眺めながら物思いにふけっているミアを横目で見ながら言った。
「うーん、愁い顔のミアさん!すてきっ。」
マナカがミアの写真を勝手に撮った。
「ミアさん見てー!私、ミアさんの写真撮っちゃったー!」
マナカはミアに自分のスマホを見せた。
「池中さんたら。だめよ、勝手に撮ったら‥‥‥。池中さんは無邪気だからまだいいけど。」
ミアが苦笑した。
「ごめーん!だってシャッターチャンスだったんだもん。すっごくキレイに撮れたよ。錦鯉研究部のラインに入れとくからミアさん受け取って!じゃあ、ミアさんも私を撮っていいよ。ほら!」
マナカがポーズした。
「せっかくだから4人でとろうぜ!久々に集まったじゃん、今日はさ。」
中村が提案した。
「いいね、いいね!ほら、土方くんとミアさんこっち来て。」
カシャッ。
「きゃーっ!錦鯉研究部初、集合写真撮ったね!うぇーい!」
マナカはスマホ画面を見て嬉しそうにぴょんぴょんした。
「文化祭までがんばろうねっ!みんな。さあ、続きやるぞー!」
3人は作業に戻り、ミアは借りてきたシナリオを研究し始めた。
新校舎4Fの隅にある生徒会室では会長と副会長二人、会計の4人の生徒で、既に提出されている各クラスや部活動、同好会からの文化祭での計画書を一つづつ精査していた。
問題なければすぐに許可を与えていかなければならない。11月の文化祭までの準備期間に余裕はないのだ。問題点があるものは早く指摘して修正してもらわなければならない。
生徒会室は大急ぎで作業を進めていた。
トントン。生徒会室の扉がノックされた。
「失礼します。」
のばらだった。
のばらを見た2年、生徒会会長の雪村煌は言った。
「みんな10分休憩だ。」
他の3人はのばらを見て、なるほどね、という顔で仕方なくペンを置いて席を立った。
「みんな、渡り通路に新鮮な空気でも吸いに行こう。」
副会長の2年、神谷神露は他の二人を誘って出ていった。
「あいつら‥‥‥‥。」
さっさと出ていく3人を見て煌は首筋を赤した。
「あの人たち、気がきくじゃない。なかなかいいわよ。」
のばらは扉の方を見て言った。
「ねぇ、煌。忙しいのにごめんなさいね?」
のばらは斜めに煌を見上げて申し訳なさそうに言った。
「いいさ、こんな所にまで君から僕に会いに来るなんて初めてだね。どうしたの?のばら。」
煌はうれしさを隠しつつ言ったつもりだが隠せてはいなかった。
彼はクールなキャラが特徴の品行方正な優等生男子だった。しかし、入学当時から憧れていたのばらと1年と数ヶ月かかりやっと両思いになれた喜びはどうしても漏れてしまうのだった。
「うふ、もちろん煌の顔が急に見たくなってしまったのよ。それと‥‥‥今すぐ去年の演劇をしたグループの計画書を貸してくれない?今日中に返すわ。5時半くらいまでに錦鯉研究部の計画書を提出しにくるからその時に。」
のばらは煌の左腕に巻きつきながらお願いした。
「ああ、それならここのキャビネにあるから適当にどうぞ。で、何でのばらが錦鯉研究部の計画書を持ってくるんだ?」
「私、今日錦鯉研究部に仮入部したのよ。」
返事をしながらも、のばらはさっさとキャビネを開け、てきぱきと昨年度の計画書をまとめたファイルを探し始めた。
「えっ!何でまた‥‥‥?部活動には興味がないって言っていたのに。」
のばらは一冊のファイルを抜き出して中身を確認した。
「‥‥‥そ、それは煌のせいよ。煌が生徒会で忙しいから私‥‥‥‥。」
ミア目当てだったが適当に言い繕った。
「そうだったの!僕に会える時間が少なくて寂しくさせていたんだね。ごめんね、のばら‥‥‥‥‥。」
煌がのばらを抱きしめようと腕を伸ばしたのをのばらはさっと避けた。
「これ、ありがとう、煌。またあとでね。錦鯉研究部の計画書がすんなり通ることを願っているわ。そしたら今日は一緒に帰れるわ。」
「わかった。のばら。」
のばらは煌に一度振り返り軽く微笑んでから出ていった。
のばらはほんの3分ほどで行ってしまった。
「のばらのこのちょっと冷たいとこがまたいいいんだよなぁ‥‥‥‥。」
煌はのばらの華やかな長い髪を揺らしながら歩く麗しい後ろ姿を見ながらつぶやいた。
のばらが通ったのを渡り通路から見ていた3人が戻ってきた。
「会長、もういいんですか?早かったですね。」
1年書記の時田りりあが言った。
「ああ、忙しい時に僕に会いにくるなんてな。すぐに言い聞かせたさ。」
ふふんとクールに構えて見せた。
「うっわー!先輩はあののばら姫を手なずけてるなんてさすがですね!」
りりあが尊敬の眼差しで煌を見た。
「さあ、みんな、すまなかった。続きをやろう。」
煌はうながした。
これで自分のクールキャラは保たれたはずだと煌は思った。
「みんな、おまたせ。」
のばらが生物室に戻って来た。
「のばらさんっ!お帰りなさい。」
中村が嬉しそうに机から顔を上げた。
「これよ、はい、ミチルちゃん。5時過ぎまでにこれを参考に書き終えてね。」
「のばらさんありがとうございます。じゃあ僕が言うものを池中さんが書き出して、ヒトミは計算してもらえるかな?」
ミチルが中村とマナカを見た。
「おーけー。」
3人は時間内に終わらせようと真面目に取り組んだ。
「さあ、ミアちゃんと私はストーリーの改善点を考えましょう。」
のばらはミアの隣に座ってノートを開いた。
「私、鯉の出番が少なすぎだと思います。それに‥‥‥‥」
「なあに?」
「この悲恋ストーリーをハッピーエンドにしてほしいようなしてほしくないような相反する気持ちがあって‥‥‥‥。」
ミアとしては索が蓮津とハッピーエンドになるところなど見たくはなかったが、物語の中だけでも索が幸せになってほしいとも思っていた。
「そうね‥‥‥‥。物語の根本的な出来事や結果を変えてしまうのはどうかと思うわ。これは時代を越えて伝えられている民話だし。けれど、最後に希望の光となるエピソードをオリジナルでくっつけてみたらどうかしら?」
のばらは提案した。
「それはいい考えだと思います。のばらさんの行動力とひらめきを尊敬します。」
のばらの目的に向かって突き進む姿はミアにとって羨むべきものだった。
それが実は自分に向けられたものだと思うことはまったくなかった。