柊也の部屋で その2
「ねー、真夏多。お腹空いたねー。」
柊也が隣に座るミアに言った。
「もうすぐ1時半だわ。ごめんね。私のせいでこんな時間に。私帰るね。今日はありがとう。柊也に何かお礼をしないといけなくなっちゃったね。」
ミアはソファーから立ち上がった。
「‥‥‥‥一緒にランチ食べる約束したじゃーん。真夏多ぁ。」
柊也がむくれた。
「‥‥‥でも、こんな時間だし柊也はもう家なんだからすぐ何か食べたらいいじゃない。外に行くのは雨だし面倒でしょう?」
「じゃあ、ここで一緒に食べようよー。ねっ、真夏多ぁ。」
柊也は、立ち上がったミアの右腕を強く引っ張って再び隣に座らせた。
「きゃっ!」
ミアはしりもちをつくようにソファーにぼこんっと落ちた。
「真夏多はここにいて。僕家から食べ物持ってくるからさー。待ってて。」
柊也はそう言い残すとバタバタと出て行った。
「‥‥‥どうしよう‥‥‥でもこれ以上お世話をかけるわけにもいかないわ、柊也。」
ミアはしばし迷った末、上がり口に置いた替えの靴下を履き、制服のブレザーを羽織り、靴を履いてリュックを背負った。
スマホから微かな音が聞こえた。
リアスからのメッセージが来ていた。ミアの膝のケガを気にしていた。
『ミア、膝、家でもう一回洗い直して消毒しろよ。まだ完全に汚れが取れてないからな。』
『ほんと、ごめん。おわびに今度映画とかどう?』
ーーーリアスったら。大丈夫って言ったのに。まだ気にしていたのね。
すぐに返信を送らないと余計に気にしてしまうわね。
えっと、なんて言えばいいかしら?
ミアが返信の言葉を考えていた時、ドアが開いて柊也が戻って来た。
「‥‥‥真夏多ぁー、何?その格好。何で帰ろうとしてんの?だめじゃん?僕に無断でさー。まだ雨も降ってるよ?傘もないのに。」
一瞬、柊也冷たい表情が浮かんだが、すぐにいつもの優しげな甘いフェイスの微笑みに戻った。
「ほら、真夏多もお腹空いてるでしょー?戻って。ねー。」
「でも‥‥‥悪いわ。これ以上は‥‥‥。突然来てお昼ごはんまでいただいていくなんて。」
「約束だったでしょー?んー?」
柊也の口元は笑っていたが目は違っている。
「‥‥‥うん、そうね。」
ミアは仕方なく今履いたばかりの靴と上着を脱いだ。
ーーー柊也、気を悪くしちゃったのかしら?
私、これ以上迷惑をかけないようにと思っただけなのに。
お腹がすいて機嫌が悪くなったのかしら?柊也は子どもっぽい所があるものね。うん、そうね。
「真夏多ぁ。手を洗ったら手伝ってー。」
柊也がキッチンから呼んだ。
「わかったわ。」
「真夏多ぁ、カフェオレ好きだよね?グレープフルーツジュースがいい?学校でよく飲んでるじゃーん。あったかなー?」
柊也が冷蔵庫を見ながら言った。
「冷蔵庫から好きなの選んで、真夏多ぁ。僕はスパークリングウォーター。その
緑色の瓶のやつ、テーブルに持ってってー。」
ミアが見ると冷蔵庫の中はペットボトルやビンの飲み物が入っているだけだった。普段はここで食事することはほとんどないのだろう。
「私、このミルクティーをいただくね。柊也はこれね。」
ミアは飲み物をソファーの前のテーブルに持っていった。
「冷凍のホットサンドがあったから持ってきた。それでいいー?イングリッシュマフィンのベーコンチーズだけど。後、適当に持って来てみたんだけどー、見てー。」
柊也がキッチンで持ってきた袋をがさごそさせながらミアを呼んだ。
「うん。」
ミアもキッチンカウンターの中に入り柊也と袋の中身を見た。
「ちょっと、柊也ったら、これは冷凍庫に戻して来なきゃだめよ。どうしてこんなものを持って来るのよ!」
ミアがくすくす笑いながら言った
「えー?どれ?」
「この7種類ミックスベジタブルって、食材よ。それにこのカニの足とか。鍋の材料かしら?これも、エンガワ冷凍って書いてあるわよ。寿司ネタっぽいけど。これは冷凍牛タンよ。炭火焼きでもする気なの?溶けないうちに戻してきて。私はそのイングリッシュマフィンだけでいいから。」
「えー。面倒だなー。」
「私、このマフィンを温めておくから。ね?」
「じゃー、おいてくる。」
柊也がしぶしぶ冷凍食材を戻しに行った後、ミアはマフィンをレンジに入れてからリアスに返信しようとスマホを出した。
「えっと、なんて送ればいいのかしら?」
『もう、手当ては済んだから大丈夫よ。』
ーーー映画って‥‥‥べつにお詫びなんていいのに。リアスは気にし過ぎね。
『お詫びなんていいのよ。リアス。もう全然平気だから。』
柊也が戻ってきた。
「戻したよー。」
ミアはスマホをもったまま柊也を迎えに出た。
「ご苦労様。ごめんね、柊也。私のために持ってきてくれたのに。マフィンは出来ているわ。」
「‥‥‥さんきゅー、真夏多ぁ。」
柊也はチラリとミアのスマホを見た。
二人はソファーの前の小さなテーブルの角を挟んで床に座り食べ始めた。
「熱っ。中身めちゃ熱い!」
柊也がマフィンサンドを一口食べて言った。
「どれどれ?‥‥‥‥熱っ!」
ミアは一口食べてすぐミルクティーを手にした。
「だから、熱いっていったじゃーん。レンジしすぎー。」
柊也は機嫌良さげにミアの様子をほおづえをついて見ていた。
「おいしい?」
柊也がミアに聞いた。
「うん、おいしいわよ。」
「僕もー、ミアと食べるとおいしーよ。」
柊也はミアが帰ろうとした時は機嫌を悪くしていたようだが気がすんだようだった。
ミアはやれやれとほっとした。
「こんな風にふたりで食べるなんて‥‥‥‥‥幼稚園のころなんだけど、2組の土方くんって子の家でね、ミチルと供えのお菓子をこっそり持ち出してふたりで隠れて食べた事を思いだしたわ。うふふ。」
「‥‥‥ふーん、そんな思い出があったんだー、土方くんと。‥‥‥‥‥今日もマフィンを家から持ち出してふたりきりでって所が似てるのかなー?ねー、真夏多。」
柊也はミアの顔を見ながら言った。
ーーー真夏多がここにいても座家くんとこそこそメッセージのやりとりをしている。さっき、追い払ったのに。
マジ座家くんって邪魔だなー。
真夏多も真夏多だよー?ふたりきりでいるのにどうして僕だけ見ないんだよー?土方君の話なんかしてー。
女の子は僕が誘えばみんな僕のものになるはずなんだけどー。
たった1日くらい僕だけの真夏多になってくれよー。
「柊也、ご馳走様でした。今日は本当にありがとう。おうちの方にもお礼を言っておいてね。柊也には今度お礼をしないとね。何がいいかしら?」
ミアはテーブルの上を片付けながら柊也に言った。
「ねぇ、真夏多ぁ、雨もまだ降ってるよ。もうちょっと待っていたらー?」
「ううん、もう帰るわ。」
立ち上がろうとしたミアの右腕をつかんだ。
「ねー、今日は帰らないでー。」
「ちょっ‥‥‥柊也?」
ミアにとって柊也は世話のやける弟のような存在だった。ミアは優しく言い聞かせるように言った。
ミアはきつく右腕をつかまれたままだった。
「柊也、どうしたの?どうして私にいて欲しいの?私だってずっとここにいるわけにはいかないのよ。」
「だから、真夏多を僕だけの真夏多にしたいってことじゃん。」
柊也は軽い口調をやめて言った。
「え?柊也?」
ミアがビクッとして柊也を見た。
「いいじゃん。真夏多はずーっと僕のそばにいて僕にかまっていてよ。ねー?」
「‥‥‥ずーっとって、言われても‥‥。私は帰らないといけないの。」
「ねー、だったら僕と約束してよ。これかも僕から離れないって。僕の世話を焼いてくれるって。そうしたら帰ってもいいから。」
「約束?」
ミアは怪訝に柊也を見た。
「うん、だからー、僕に今度は真夏多の本物のセクシーボイスを聞かせてよ。」




