柊也の部屋で
「ねえ、どこに行こうか?真夏多ぁ。」
柊也が一つ傘の下、すぐ横に並んで歩くミアに聞いた。
「‥‥‥あの‥‥‥柊也、急にごめんね。私、やっぱり帰るわ。制服も髪も濡れているし、あの‥‥‥さっき膝をすりむいてしまってリアスが応急手当てしてくれたんだけど、さっきからズッキンズッキンして痛みがでてきたの。家に帰ってちゃんと洗って消毒したいの。」
ミアが柊也の機嫌を伺うように見た。
柊也はミアの表情をちらりと見て読み取った。
ーーー真夏多は急に誘いを断ることに気後れしている。
ミアの黒目がちな瞳がおろおろしている。僕ががっかりすることを心配して。真夏多は気弱だしー優しいからー。
こんな風に人の気持ちなんていちいち気にしていたらー、いいように振り回されてしまうよー?真夏多。
僕だって、もちろん。
「膝が?」
柊也が立ち止まった。ミアも止まった。
柊也はかがんでミアの膝を見た。
「うわっ!どうしたの?絆創膏が血で真っ赤になって血がたれてるじゃん。」
「歩いているうちにひどくなったみたい。」
柊也はミアに傘を持たせた。
しゃがんでミアの絆創膏からはみ出している傷口を見た。
小さな砂利と砂が傷口に食い込んでいた。
「すぐちゃんと手当てした方がいいよー。真夏多。僕の家、実は駅近のマンションなんだよねー。寄ってきなよ。これやばいってー。」
しゃがんだままミアの顔を見上げて言った。
「でも‥‥‥‥大丈夫。電車に乗ってしまえば。」
「こんな膝の人が電車に座ってたら向かいの席に座ってる人が驚いちゃうよー。それにもし血が座席とか他の人に付いたりしたらやばいじゃん。」
「あ‥‥‥そうね。他人に迷惑だわね。私ったら‥‥‥。」
ミアは無思慮を恥じた。
「そうだよー。」
立ち上がって柊也が言った。
「悪いけど寄らせてくれる?柊也。迷惑をかけてごめんね。」
「いいってー。真夏多ぁ。」
柊也はミアに持たせた傘を受け取りながら言った。
ーーーよっしゃ。真夏多を家に招いた。想定外が起きたおかげでさらに順調じゃん。ラッキー!
本当は、食事の後、なんとかして強引にでも連れていこうと思っていたのに。
「行こー。僕の家すぐそこだから。」
柊也はミアを気遣うように言った。
「ここが柊也の家なの?」
ミアは驚いた。
「うん、ここの7階の最上階は僕の家族だけで住んでるんだー。」
「でも、柊也の部屋がマンションの一室丸ごとって‥‥‥‥。」
マンションの7階の通路の最初のドアの前にミアは立っていた。
「左側のドアは姉の一室だよー。僕たちのは2DKしかないよ。奥のドアが家族4人で住んでるとこ。夜ご飯はあっちで食べてる。後はほとんどこっちにいるかなー?まあ、入って。早く手当てしないと。」
柊也はドアの鍵を開けた。
「お邪魔します‥‥‥。私、手当てしたらすぐ帰るわ。ごめんね。急にお邪魔して。」
ミアはおどおどしていた。まさかマンションの一室まるごとが柊也の部屋だとは思わなかった。
「そっち、バスルームだから傷をキレイに洗っておきなよ。僕、家に行って救急箱持ってくるから。置いてあるタオル使っていいよ。」
「ありがとう、柊也。」
ミアが言った。
柊也は母家になっている奥の一室まで薬箱を取りに行った。
ミアは一人になるとリュックをおろし、制服の上着と湿っぽい靴下を脱いだ。中からビニール袋に入った予備の靴下を出して脱いだ靴下を入れリュックにしまった。
荷物はそのまま上がり口の隅に置いておいた。
「お邪魔します。」
誰もいない事はわかっていたが、ミアはひとこと言って上がった。
柊也が指差した右側を覗くと大きな一面鏡と洒落た蛇口の作り付けの洗面台があり、その向かい側がバスルームだった。
適当にスイッチを押してみると電気と換気扇がついた。
ミアは自分の膝を見た。
ーーーほんとね。こんな血に染まった膝を見たら皆怖いわよね。
ミアは立ったまま前屈姿勢で絆創膏を少しずつはがしはじめた。
「痛っ!」
少し当たるだけで飛び上がる痛みが走った。
ーーーこれでは無理!ここは慎重さが必要だわ!
ミアは床に座った。
膝を立て、慎重に少しずつめくっていった。
「あーん!‥‥‥ううっ‥‥‥あうっ‥‥いっ‥‥‥あっ‥‥‥」
ーーーだめ、痛すぎる!ここは思いきって一気にはがす!その方が苦しみは少ないはず!いっせーのーで、えいっ!
「あ〰️〰️〰️〰️〰️〰️〰️!あっ、あっ、あっ‥‥‥‥‥‥はぁ、はぁ‥‥‥」
ーーー痛みの余韻が‥‥‥‥‥‥‥じんじんじんって‥‥‥でもよし、とれたわ。
「‥‥‥ねぇ、真夏多ぁ。」
「きゃっ!」
いつの間にか部屋着に着替え、救急箱を右手に抱えた柊也が洗面台の入り口に立っていた。
ミアは床に座ったまま振り向いた。
「真夏多ったら、なんてエロボイスだしてんだよー。外に聞こえたら僕と真夏多がここで何かしてると思われるだろー?くっくっくっ。」
柊也が壁にに左手をついて、こらえきれないように肩を震わせて笑った。
「‥‥‥‥え?」
しばしの沈黙の後、ミアの顔が急激に真っ赤に染まった。
「もうっ、柊也ったら!」
ミアは前を向いて柊也の視線から顔を隠した。
「早く洗っておいで。真夏多ぁ。」
ニヤニヤ嗤いながら柊也が言った。
ミアは柊也に一瞬顔をしかめて見せるとバスルームに入った。
バスタブの縁に座り、シャワーを当てた。
「いっ、しみる‥‥‥うっ‥‥‥‥ああん、もういやっ!」
ミアは膝に食い込んだ小さなじゃりを指でそっと取りながら目がうるんだ。
ほんのちょっと触れただけで飛び上がるほど痛かった。入り込んだ泥もなかなかとれなくて、我慢しようと思ったが痛くてどうしてもうめき声がもれた。
「いっ‥‥‥いたっ‥‥‥はあっ‥‥‥ううっ‥‥‥んっ‥‥‥‥」
「真夏多ぁ、だから、それ、ヤバイってー。くくくくっ!」
その間、柊也はバスルームの入り口で楽しそうにクスクスしていた。
放置したままだった左膝もキレイに流した。
「もーう!柊也ったら。ひどいわ!私、すっごく痛かったのよ!涙がでちゃうくらい。」
ミアはシャワーを止めて柊也に言った。
「だってー。ミアが悪いんじゃん。セクシーボイス出すからー。」
柊也はニヤニヤしながらミアにタオルを差し出して言った。
「もう、やめてよ!やーね。ねえ、柊也。ティッシュある?」
タオルを受け取りながらミアが言った。
「はい、どうぞ。」
ミアはティッシュをもらうと、タオルに血がつかないように傷口をティッシュで押さえてから渡されたふわふわのタオルで脚を拭いた。
「こっちへおいでー、真夏多ぁ。」
柊也はつきあたりの部屋のソファーにミアを座らせた。
そのベランダに面した部屋にはソファーの前に小さなテーブル、壁に向けられた大きめのテーブルの上にはラップトップ、プリンター。きちんと置かれた教科書にノート。サイドにエレキギター、アンプ、ヘッドホン。教本。ベッド。チェスト。
向こう側には対面のキッチンもあり、ミアの家の冷蔵庫と同じくらいのサイズの冷蔵庫もある。
生活のほとんどはこの部屋で過ごしているようだった。
柊也はテーブルの上に救急箱を置き、開くと茶褐色の瓶を選び出した。
「これだねー、エタノール。あー、こっちのスプレーの方がいいかなー?真夏多はどっちがいい?」
「それは‥‥‥しみない方がいいけど、じゃあそっちのパウダー入の消毒スプレーで。」
ソファーに座ったミアが言った。
その前の床に座って、ミアの傷口を見た柊也が顔をしかめた。
「うっわー、痛そー‥‥‥だね。」
「痛いのよ!」
ミアはさっき柊也にさんざん笑われたので不機嫌に言って見せた。
「じゃあ、いくよ?」
スプレーをしゃかしゃか振りながら柊也が言った。
「‥‥‥うん。」
柊也はスプレーをミアの傷口に少しだけかけた。
「キャ〰️〰️〰️〰️!」
両手で顔を覆ったミアが、座ったまま脚をバタバタさせて地団駄を踏んだ。
「なんだよー、大袈裟だなぁ。ちょっとかけただけじゃん。」
柊也がニヤニヤしながら言った。スカートの中がちょっと見えた。
「もういい、自分でやる。やっぱり、エタノールにしてみる。」
ミアは救急箱からコットンを出し、エタノールを染み込ませると思いきって傷口に当てた。
「〰️〰️〰️〰️〰️〰️〰️〰️〰️!」
ミアは今度は無言で小さく細かい地団駄を踏んだ。
「はぁー、や、やったわ!柊也。後は軟膏とガーゼでカバーすればいいわ。」
柊也は綿棒で軟膏を塗ってガーゼを当て、テープで止めてあげた。
ミアは柊也に渡された筒状のネット包帯に素足を通し右膝に当てた。
「やっと出来たねー。これで痛いの痛いの飛んでったでしょー!ねー、真夏多!」
ミアの隣にぽすんと座りながら柊也が言った。
「うん、ありがとう柊也。薬を塗ってガーゼを当てただけで痛みが減って全然違うわ。」
ミアが隣に座った柊也にかわいい笑顔を見せた。
柊也はミアと二人で部屋で過ごしているだけでほんわか楽しくなった。
誰かとテーマパークやゲーセンで遊んで過ごすよりも、ただ部屋にミアといるだけの今の方が、快楽な時間だと感じた。
ーーーやっと真夏多と二人きりになれた。教室ではいつも誰かいるしー。
僕の念願‥‥‥僕だけの真夏多にすること。とりあえずは1日でもいいから。
僕のカンは当たっていた。
真夏多は僕にすっごく似合う。容姿も性格も。
真夏多はずーっとここにいればいいのになー。学校も近いしー。真夏多もここに住めばいいのにー。




