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錦鯉研究部  作者: 黒りんご
第1章
26/102

のばらの一手

 その姿を認めたとたん煌の冷ややかな顔は小さくほころんだ。


「のばら‥‥‥。」


 のばらが煌の前に立ち冷淡な顔と声で言った。


「‥‥‥これはどういうことなのかしら?」


「これは、もちろんのばらを僕の所に呼ぶためにしたことさ。こうすればきっと神谷がのばらを呼んでくると思っていたんだ。かなりの確率で。こなかったらこなかったで僕は今はそれでいいし。」


 煌は言った。


「‥‥‥‥ミアちゃん、こちらへいらっしゃい。」


 のばらが煌の後ろにいたミアに言った。


「ミア、君の謝罪はまだ済んでいないからね。」


 ミアが煌の横をすり抜ける瞬間、ささやくように言った。


 ミアはビクッとしたがのばらの元に移動した。


「ミアちゃん、あなたもう部活に行ってちょうだい。ちゃんと練習していてね。金曜日に備えて。いいわね?」


「で、でも‥‥‥‥、のばらさんは‥‥‥‥。」


「私は煌と話してから戻るわ。いいから行きなさい。」


 のばらはミアに優しく微笑んだ。


「‥‥‥わかりました、のばらさん。」


 ミアは途中一回振り返りのばらを見た。のばらは早く行きなさいと目で言った。


 ミアは階段を降りて行った。


 ミアが行くのを見届けたのばらは煌に向き直った。


「煌、あなた自分のしたことがわかっていないようね。」


「のばらがいけないんだよ。僕より土方くんのどこがいいっていうんだ?」


「煌、あなたは思い違いをしているようね‥‥‥‥。」


「どんな?」


「私はミチルを追って錦鯉研究部に入ったわけではないってことよ。それに確かにミチルは私のお気に入りだけど、別に手に入れたいと思ったことはないのよ。」


 のばらは廊下のつきあたりの窓まで進んで外を眺めつつ言った。


「‥‥‥煌は突然変わったわね?私が煌を振ってから。私、煌がこんなにおもしろい男だったとは全く気がつかなかったわ。もっと早く知ってたらよかったのに残念ね。」


 その隣で壁に寄りかかりながら煌が言った。


「のばらが僕の手の内にいる間はこんな奸計は必要無かったからね。のばらを取り戻すためなら多少の狡猾もしかたがない。僕だって好きでやっているわけではないよ?」


「‥‥‥‥ふうん、でもね、ミアちゃんやミチルはこちら側の人じゃないのよ。ああいう子たちをこんな風に巻き込むのは頂けないのよね‥‥‥私。」


 のばらは隣の煌の横顔を見た。


「しかもそれが私のお気に入りの子たちとなるとね‥‥‥‥。」


 煌がのばらの方を見た。


「次、のばらはどう出てくるのかな?」




 のばらは次の一手をどうすればいいの考えあぐねていた。こちらからも仕掛ける?それとも餌を用意して気をそらす?脅す?いや、面倒だからいっそのこと‥‥‥‥?




「まあ、確実にわかっているのは私はもう、ミアちゃんに手を出した煌とはつきあわない、ということね。」


 のばらがにこりとしながら言った。


「あれ?ジェラシーなの?それは僕のことを好きだってことだよ。」


 煌が満足げにのばらを見た。


 のばらにとっては、のばらの愛玩するかわいいペットを横から奪おうとした煌を許せないだけというシチュエーションだったのだが、特に反論するのも面倒でそのままにしておいた。

 煌はのばらのターゲットが実はミアだとは夢にも思っていないのだろう。



「‥‥‥‥‥‥‥」


 黙りこんで思案しているのばらを見て煌は言った。


「のばらは僕への気持ちを再確認しているようだね?」


 煌はのばらの顔を覗いた。




「‥‥‥決めたわ、私。」


 のばらが煌の視線を受け止めて言った。


「僕はいつだってのばらを受けとめる。来いよ。」


 煌がのばらに向かって言った。




 のばらは申し訳なさそうに煌を見た。


「‥‥‥ごめんなさいね。でも煌はわたし的に言わせてもらうと、手を出してはいけない子に手を出しちゃったのよね。これは看過できないなー。あなた私のことはもう忘れなさい。煌ならすぐにそれなりの素敵な子が現れるはずよ。」


 それから困ったように右の手のひらをほほに当てて首をかしげながら続けた。


「‥‥‥煌、私もね、こんな手を使いたくはなかったのよ。全くね。でも‥‥‥‥。」


「のばら?何を言っている?」


 煌が訝しげにのばらを見た。



「私、煌から夏休みの課題をまるごと借りたわよね?」


「ああ、のばらは僕の解いた課題を丸写しにしたんだろう?」


「あの時借りた問題集やノートの中に‥‥‥面白い物がまざって入っていたの。何かわかる?」


 のばらは含み笑いをしながら煌の目を見た。


「‥‥‥‥‥‥?」


「煌はずいぶん絵が上手いのね?私の顔もよく似ていたわ。なにやら恥ずかしいポーズをさせられていたんだけど‥‥‥。それに私のこと、知らない間によく見ていたものね。まるで観察日記だわ‥‥‥」


「‥‥‥‥‥まさか‥‥‥‥あれはのばらが‥‥‥‥。」


 不意打ちをくらい煌が右手で額を押さえた。


「私も気を使ってあげたのよ?課題を返した時にあれが入っていたら私が見てしまったって気がついて煌が恥ずかしくなってしまうでしょう?だから私が預かっておいたのよ。」


「‥‥‥‥捨てろ‥‥‥いや、返せ。すぐに。」


 煌が呟くように言った。


「いいわよ、返すわ‥‥‥‥ただし私たちの卒業式の日に。」


「‥‥‥‥‥‥」


「私と私にかかわる人たちに手を出すのはやめることね。さもないと‥‥‥‥。うふふっ。」


 のばらが聖母のごとくふんわりとした笑みを浮かべた。


 煌には悪魔の薄笑いのように見えていたのだが。






 のばらは足取り軽く階段を降りていた。


「不本意な解決方法だったけど、まあ、仕方がないわね。これ以上ミチルとミアちゃんに迷惑をかけるわけにもいかなかったし。」



 私、ミアちゃんには近づき過ぎてはいけないようね。ミアちゃんは観賞用にしておくことにしましょう。残念だけど。

 文化祭が終わったら錦鯉研究部は退部するわ。


 のばらはひとり決心しながら生物室の戸を開けた。



 教室の隅ではまたミアがぐずぐず泣いていた。


 椅子にすわるミアの周りは4人の男子が取り囲んでいた。


 ハンカチで涙を拭うミアの右側ですぐ横につけた椅子に座り、雅秋がミアの肩を抱いてなぐさめの言葉をかけている。

 そしてミアの左側にはリアスがいてミアの背中に左手を添えてそっとさすっている。

 ミアの膝にすがってしゃがみながらミチルが心配そうにミアを覗き込んでいる。

 そのミチルの横に立っているのは部外者の神谷神露だった。



「あらあら、ミアちゃんはよりどりみどりね。」


 のばらはマナカと中村に言った。


「俺たちの入る隙はないよ。のばらさん。」


「そうよ!関係ない人まで来てさー、ミアさんのエキスを奪ってさー!それにしても、ミアさんモテモテだよ。私には彼氏の一人もないってのにさー。あーうー!」


 マナカが机に突っ伏した。


 そんなマナカを複雑な心境で横目で見ながら中村が言った。


「なんか、真夏多さん、生徒会長に人格を否定されたらしいよ。」


「あら、それは世間的には評価されてるってことなのにね。うふふふ。」


 のばらは優雅に笑った。





「おい、なんでこんなに何人もここにいるんだよ!なんで俺の彼女をお前らまで一緒になって慰めてんだよ?お前らもう散れ!」

 

 雅秋が言った。


「だって、僕、ミアが泣いていたらほっとけないよ、甲斐先輩。僕は幼稚園の時からミアのナイトだからね。」


ミチルが言った。


「‥‥‥‥騎士(ナイト)?」


雅秋に不審な感覚がよぎった。


「僕が泣いているミアさんを見つけてここに連れてきたんだ。最後まで見届けるのは当たり前じゃないか。生徒会副会長として責任があるからね。」


神露が言った。


「なんだって、またミアの周りにおかしなのが増えやがって!」


雅秋がすました顔の神露を睨んだ。


「ミアが最初に相談すんのはいつだって俺にだぜ?頼りにされてんだから俺だって答えないとな。」


リアスが言った。


「座家は昨日といい今日といいミアにくっつき過ぎだ!彼氏でもねぇのに!」


雅秋がミアに添えられたリアスの右手に気づき、つかんでぱしっと投げた。



「はぁ~。俺、気ぃ抜く暇がねぇじゃん‥‥‥‥。」


雅秋は大きなため息をついた。





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