のばらの采配
「あ‥‥‥これで大丈夫です。」
ミチルは赤い顔でのばらの仮入部届を受け取った。
「‥‥‥皆さん、私は2年の牧野のばらよ。よろしくね。」
そう言って魅惑的な笑みを浮かべた。
「お、俺は1年の中村一深です!牧野先輩。」
中村がばっと立ち上がり起立、礼をした。まるで野球少年のような挨拶だった。
「その牧野先輩はやめてちょうだい。あなたとは同じ部活だし、中村くんものばらって呼んでいいわよ。後、私の席を用意してくれるかしら?」
「はいっ!のばらさん。」
中村はのばらのために他のテーブルから椅子を運んできた。
椅子の表面をささっと払うとのばらに勧めた。
「あなた、なかなかいい働きぶりね。とてもいいわよ。」
のばらが中村に微笑んだ。
中村は耳まで赤くして硬直した。
「のばらさん、僕たちは今、文化祭の企画を急いでたてなければならないんです。それで、錦鯉研究部のゆるキャラをつくろうとデザインを考えていたんですけど‥‥‥‥。」
ミチルがのばらに言った。
「それが‥‥‥これ‥‥‥‥‥?」
のばらはテーブルの上の3枚の絵を見て青ざめた。
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
のばらは立ったままテーブルに両手をついて10秒ほどうつむいていた。
そしてばっと顔をあげるとマナカ、ミア、中村、ミチルへと順に鋭い視線を送った。
のばらに睨まれた順にギクリとしていった4人はそのまま固まってしまった。
「ゆるキャラ作りは却下よ!」
のばらは凛然と言い放った。
「で、でももう時間が‥‥‥他にアイデアもなくて‥‥‥。」
ミチルがどぎまぎしながらのばらを見た。
「私に任せなさい!ミチルちゃん。」
のばらがミチルに鋭い視線を向けた。
「で、でも7日までに計画書を書いて生徒会に提出しないといけないのに、僕たち夏休み中に何も計画をたてていなくてギリギリになってしまったんです。今日は水曜日だから、来週の月曜日には絶対なんです。できれば、金曜に提出できればと‥‥‥‥。」
ミチルが差し迫った状況を説明した。
「私が仮にとはいえ入部したこの錦鯉研究部がこんなんでは‥‥‥私が恥をかいてしまうわ。」
のばらの表情は険しかった。
「あなたたち!文化祭の花形のパフォーマンスといえばバンドの演奏と美男美女による劇って相場が決まっているの!」
「のばらさん、でもそれだと錦鯉に関係ないですから生徒会の許可が‥‥‥‥それにこの生物室でできることでないと‥‥‥‥。」
ミチルが上目遣いでおそるおそる進言した。
「そう、じゃ、劇にしましょう。」
「でも‥‥‥錦鯉要素が必要です。」
ミチルが言った。
「錦鯉がでてくる短い劇にすればいいわ。皆さん、それでいいわね?」
「はいっ!のばらさんの提案は素晴らしいよなぁ、マナカ。」
中村が調子よくのばらを持ち上げた。
「うーん?鯉の劇ってよくわかんないけど錦鯉と錦鯉研究部のアピールになればそれでいいんじゃん?ねぇ、ミアさん。」
「ええ、私はほとんどここには来ていないし、ミチルがそれでいいと言うならそれでいいわ。」
ミアはミチルを見た。
「うーん、話の内容によると思うんだけど‥‥‥鯉のでてくる短い話って?」
ミチルはのばらを見た。
「私はこの土地に伝承されている民話をいくつか知っているの。その郷土伝承の中に鯉が出てくるお話もいくつかあるのよ。私のおじいさまが私が幼い頃お話してくださったものなのよ。それをもとに脚本を書くわ。」
「それはいいですね。『郷土伝承と鯉』というテーマがあれば先生方も生徒会も納得してくれますね!」
ミチルは突然ののばらの提案に希望の光が見えて、のばらをキラキラ尊敬の目で見た。
本当はゆるキャラは無謀だったとわかったが今さら時間もなく後戻りはできないと思い、いばらの道をすすんでいく覚悟をしていたのだ。
「さすがのばらさんだぜ!」
中村がのばらの采配に感銘を受けたようだった。すっかりのばらに魅せられてしまったようだ。
「そうよ、私は牧野のばらなのよ!思い通りにいかないことなんてないの、っていうかそうしてみせるわ!」
のばらは不敵な微笑みを見せた。
「それに生徒会なんて恐れる必要などないわ。100%通るわよ。お約束するわ。」
自信満々でのばらは言った。
「だから計画書を金曜日に出すなんて言っていないで今から書いて今日出しまえばいいのよ。」
ミチルに視線を投げかけた。
「はい、僕今書きます!」
「それがいいわ。みんなで手分けしてやってしまいましょ。」
のばらはきりりとした表情で皆をみまわした。
「はーい!了解でーす。のばらさんの怒濤の仕切りかっこいーい!錦鯉研究部の救いの女神キター!」
マナカが両手の指を組んでのばらを拝んだ。
「中村くんと、えっと、あなたは?」
マナカを見て言った。マナカはまだ名乗っていなかった。
「私は池中真中です!のばらさん、私のこともマナカとかマナカちゃんて呼んでくださいっ!」
祈りのポーズのままのばらにお願いした。
「うふふ、じゃ、マナカと中村くんはミチルちゃんを手伝っていてね。」
「ずるいぞ!マナカっ。のばらさん!俺のこともヒトミとかヒトミちゃんて呼んでくださいっ!」
マナカと同じポーズをして中村もせがんだ。
「まあ、みんなかわいいわね。なかなかいいわよ。ヒトミ、ではミチルちゃんを助けるのよ?」
「はいっ!お任せくださいっ。」
「ミアちゃんは私を手伝ってくれるかしら?台本のことで相談したいの。」
のばらはミアに言った。
「はい、わかりました、のばらさん。」
「じゃ、二人で図書室にいきましょう。‥‥‥‥ミチルちゃん、計画書が出来たら教えてちょうだい。私もミチルちゃんと生徒会室に行くから。」
図書室までの廊下をのばらとミアは歩いていた。
「あの‥‥今日はありがとうございました。のばらさんがいなかったらきっとまだ何も決まってなかったと思います。ミチルだけに負担をかけてしまうところでした。」
ミアがのばらの横を歩きながら言った。
「いいのよ、ミアちゃん。私、こうしてミアちゃんと二人で一つの課題に取りく組むことができるんだもの。がんばりましょうね。」
のばらはそう言うとミアにニコッとした。
「のばらさん‥‥‥。はい、わたしのばらさんと良いものができるようにがんばります。」
真面目なミアは真剣な面持ちでのばらを見た。
ミアはルイマや雅秋のような、ガンガン我が道を突き進む人に引かれる傾向があった。そして、のばらもまさにそれだった。
「それとね‥‥‥‥、ちょっといいかしら‥‥‥‥こっちへ来て。」
のばらはミアを生物室から図書室に行く途中にある、渡り通路の出入口から渡り通路に出た。
「ミアちゃんとあの壁ドン野郎のおかしな動画が拡散されているわね?他にももう一つ。」
「あっ‥‥‥‥。」
ミアはうつ向いた。
「だから私はミアちゃんを心配して早く別れるように言ったのに‥‥‥‥。」
のばらはミアのほほに右手を当てた。
「辛かったわね?かわいそうに‥‥‥‥。」
のばらはうっすら涙をためた哀しげな瞳でミアを見つめた。
「私にも似たような体験があるもの。すごくミアちゃんの気持ちがわかるの。」
そう言うと目を伏せた。
「‥‥‥‥のばらさんはとてもやさしい人なんですね。あ、あの、でもあれは私のせい‥‥‥‥‥」
ミアが言いかけたその時、大きな声が響いた。
「ここにいたのかっ!」
雅秋がダッシュしてミアの横に来た。
「油断も隙もねーな!何やってんだ、ミア!何でこいつといるんだ?いつまでたっても既読になんねーし、探してたんだぜ。」
雅秋はミアの彼氏であり、のばらは雅秋の元カノという関係だった。