のばらの贖罪
「私とミチルちゃんで相談があるから片付いた人から先に帰っていいわ。クローズはしておくから。」
のばらが言った。
「じゃあ、ミア帰ろうぜ。」
雅秋が床に敷いた新聞紙を片付けながら言った。
「あー、俺も一緒に帰る、ミア。俺たち降りる駅も一緒だもんな。」
リアスが筆を洗いながら言った。
「あん?座家、お前‥‥‥‥昨日も俺たちについて来たよな?俺たちの邪魔すんな。少しは遠慮とかないのかよ?」
雅秋が露骨に嫌な顔をした。
「だって、どうせ一緒の電車に乗ることになるじゃん。」
リアスが言った。
「じゃ、俺たちは一本遅らすから。」
雅秋が言った。
「あら、雅秋。私はそんなことはしないわよ。雅秋だけ後の電車に乗ればいいわ。」
ミアが言った。
「ひっで!ミア。」
「嘘よ。3人でかえりましょう。だってリアスの『今日の中村くん』の話すごくおもしろいんだもん。」
ミアが言った。
「‥‥‥え?今、俺の事何か言ってた?」
リュックを背負った中村が振り向いた。
「何でもねーよ。早く帰れ!」
洗い終わったリアスがしっしと中村を追い払う真似をした。
「俺をディスってんなよ!お前の秘密を真夏多さんにお知らせしてもいいんだぜ?ふっ。じゃあな!‥‥‥おいっ、マナカ!俺をおいてくなよー。」
中村があわただしく出て行った。
「じゃ、ミチル、のばらさん。お先に失礼します。ごめんなさい、先に帰らせてもらって。」
ミアが言った。
「いいのよ、ミアちゃん。少し相談するだけだから。」
「‥‥‥うん、ミア。また明日。ザッカリーと甲斐先輩、今日もありがとうございました。」
ミチルが沈んだ笑顔で言った。
「おう、ミッ君。お先っ!」
受かれたリアスはミチルの沈んだ様子に気づく事もなく生物室を出て行った。
ミアと雅秋も続いて出た。
ミアは一歩出たところで立ち止まって振り向いた。
ミチルと目が合った。
ミチルは目をそらした。
今日、ミチルはほぼ、ミアに話しかけてくることはなかった。今までこんなことはなかった。
ミアはかすかな不安を覚えた。
「ミア、どうかしたのか?」
雅秋が振り向いた。雅秋にとってミチルものばらも要注意人物だ。
「ううん、何でもない。」
ミアは小走りで雅秋とリアスに追い付いた。
ミアを挟んで雅秋とリアスは引き続きお互いに牽制し合いながら帰途についた。
雅秋とリアスの騒がしい声が遠ざかっていった。
のばらはミチルを前に非常に困っていた。
のばらは今までこういうタイプの子と深く関わることはなかった。
非常にやりにくい。
のばらはミチルはの自分と正反対の違う世界の住人だ、ということに今さらながら気づいたのだった。
ミチルのような純真な子を、ある意味えげつないともいえる自分の対人関係に巻き込んでしまったのは本当に失敗だった。
のばらがつきあってきたのは一筋縄ではいかない、くせのある腹に一物あるような人ばかりだったから。
「ミチルちゃん、あのね、私‥‥‥‥」
のばらが話し出すとミチルが言った。
「のばらさん。待って。」
「なあに?」
「僕のことミチルちゃんと呼ぶのをやめてください。僕を子ども扱いしないでください。」
「‥‥‥そんなつもりではないのよ。ミチルちゃんはとてもかわいいからつい‥‥‥。」
「ミチルだけでいいです。」
少しむきになって言う姿がまたかわいらしかったので、のばらはわずかに笑った。
「ほら、のばらさんは僕のことを普通の男子として見ていないんだ。」
ミチルは悔しそうに下を向いた。
「昨日は‥‥‥僕をからかっていただけだったんですか?忘れていいだなんて言って。」
「ミチル、私、あれは‥‥‥その‥‥‥。」
のばらはミチルを煌へのあてつけに利用したなどと本当のことを言って、またもやミチルを傷つけることは許されないことはわかっていた。
もう、ここは覚悟をきめるしかない。
ーーーここはもう、ミチルの気がすむまでつきあうしかない。そのうち私の本性がわかって自ら去ってゆくに違いないもの。それまではこれは自分に課せられた贖罪なんだわ。
「ミチル、私がミチルが好きなのは本当なのよ‥‥‥‥だからキスしたの。女の子は好きな人としかそんなことできないのよ。」
のばらはしおらしい恥じらいの表情をつくりミチルに言った。
「‥‥‥‥僕、のばらさんのことを疑ってごめんなさい‥‥‥僕、昨日は眠れなかったんです。のばらさんのことを考えていて。」
「そ、そうだったの?私こそごめんなさいね。」
「あの‥‥‥僕のこと好きって言ってくれてありがとう。僕も、昨日からのばらさんのこと事ばかり考えてしまっていて‥‥‥。」
「そ、そうなの?それは光栄だわ‥‥‥‥。」
「のばらさん、ぼ、僕とつきあっていただけますか?」
「ええ。でも‥‥‥ミチルはミアちゃんのことが好きなんでしょう?」
のばらは贖罪回避のための最後の望みを託して言った。
「はい、そうだったんですけど‥‥‥僕、あれからのばらさんのことしか考えられなくなってしまっていて‥‥‥‥。どうしてか自分でもわからないんですけど‥‥‥‥。この勢いは止められなくて。」
「‥‥‥そう、なら私ミチルとつきあうわ。でもやっぱりミアちゃんが好きだったとか、私のことが嫌だと感じたらいつでも言っていいの。そのときは私、潔く身を退くから。」
のばらがいじらしい乙女の様相を見せた。
「僕を信じてください!僕はもうミアへの初恋のことは思い出にしますから。今はもうのばらさんしか見えません。」
ミチルはのばらに愛らしくも真剣な顔で言った。
そのミチルの顔は、この子はもしもっと成長したらば超イケメンになるのはまちがいないと思わせた。
「そろそろここを出ましょう。最終下校の時間だわ。ミチル」
のばらが言った。
「はい。」
ふたりで戸締まりし、クローズして生物室を出た。
「あれ、僕台本を生物室に忘れて来たみたいです。先に行っててください。」
ミチルが渡り通路の途中で引き返した。
のばらは先に昇降口に出てミチルを待った。外はすでに暗くなっていた。
「最近はあっという間に暗くなってしまうわね。」
のばらは星が瞬き始めた空を見上げた。
「のばら。」
ふいに声がした。
雪村煌が現れた。
のばらを待っていたようだ。
「煌‥‥‥‥。何か用?」
「ちょっとだけ来て。話がある。すぐ終わる。」
煌は昇降口の左側にある樹の植え込みの向こう側にのばらを誘った。
「早くしてちょうだい。なんなのかしら?」
のばらはそう言いながら、スマホをポケットから出して確認した。同じくスマホを見ながら背中をむけている煌に言った。
「すまない、用意していてね。」
煌は振り向くなりのばらに抱きつきくちびるを奪った。
フラッシュが瞬いた。
煌が右手で自撮りしていた。
「‥‥‥さあ、これを土方くんに見せてあげようかな?」
煌が冷たい笑みを浮かべた。
「‥‥‥生徒会長のすることとは思えないわね。何が目的なの?」
「‥‥‥そうだな、のばらが僕にすべてを捧げてくれればそれでいいんだけど。」
のばらは無言で、自分のスマホで先ほどから録音していた声を再生して聞かせた。
「‥‥‥やはり君はすばらしいね。だから僕は君が好きなんだ。」
二人は無表情でお互いのスマホを交換し、今の出来事を消去した。
戻ってきたスマホをスカートのポケットに入れながらのばらは昇降口前に戻った。
不安げなミチルが立っていた。
のばらを見つけるといつもの天使の笑みを浮かべた。




