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錦鯉研究部  作者: 黒りんご
第1章
15/102

のばらとミチル

 9月ももう残り数日となっていた。


 錦鯉研究部は生物室において、ミチルの気遣いとのばらの仕切りにより、文化祭準備がますます着々と進められていた。


「ミチル、俺とマナカは先にビオトープ見てくる。たぶん30分位で戻る。」


「土方くん、のばらさん、行ってきまーす!」


 観察ノートを抱えたマナカと中村は騒がしく出て行った。




 ミチルとのばらは会場準備について相談を始めた。


「セットは井戸だけでいいわね。段ボールでそれっぽく作ればいいわね。」


「そうですね、後、客席はどんな風に椅子をならべましょうか?何人位来てくれるんだろう?」


「最近は私たちのお芝居の練習を覗きにくる人が結構いるのよね‥‥‥。意外と集まるかも知れない。だからって席は増やせないわ。状況によっては整理券がいるかもしれない。」


 ミチルが教卓にノートをおいて、メモを取りながらのばらとやらなくてはならないことをまとめていった。





 教室の一番後ろのテーブルでは雅秋が線画の完成した絵に色付けを始めていた。


 ミアが隣で雅秋を手伝っている。



「おい!ミア、何やってんだ!ふざけてんのか!」


 雅秋の怒声が響いた。


「ご、ごめんなさい‥‥‥‥。私ちゃんと言われた通りにやったんだけど‥‥‥。」



「どうやったらこんなんになっちまうんだよ?ああ?」


「‥‥‥‥‥そんなに怒らないで‥‥‥。私、真剣にやってたんだけどそんなに?‥‥‥だったら本当にごめんなさい!」



 ミアが瞳に涙をためながら雅秋を見た。そういえば、なんだかんだミアが怒ることはあっても雅秋がミアに怒ることは今までほとんどなかった。

 ショックを受けたミアは思わず生物室をばっと走って出て行った。


「おい、ミアっ!」


 雅秋が絵筆を持ったまま驚いてミアが走り去るのを見ていた。




 ミチルとのばらが顔を見合わせた。


 ついに恐れていた時が来てしまった。



 ミチルとのばらにしたらこのまま二人がケンカして別れてくれれば万々歳なのだが、そうもいってられなかった。

 雅秋に絵を完成させてもらわなくてはならない。




 難しい顔をして黙り込んで塗りかけの絵を見ている雅秋にミチルが言った。


「‥‥‥甲斐先輩、先輩はミアのすべてを知っているわけではないんです。ミアにも欠点だってあるんです。」


「そうよ、ミアちゃんは絵を描くんじゃなくて、描かれる人なのよ!わかってないわね!」


 のばらは皮肉を込めて雅秋を見た。



「何だよ?お前ら‥‥‥。何が言いたいんだ?俺らのことに口出しすんな。」


 雅秋が二人をうざそうに見た。


「いいから聞きなさい!自分ほど自分がわかっていないものなのよ。だから本人も気づかない不得意もあるのよ!例えば、とんでもない音痴なのに平気で人前でカラオケするとか、バットにボールがかすりさえしないのにマジで4番入りたがるとか、面白くもない自作小説を面白いと思ってネットにアップしてしまうとか。人にはそういう残念な部分もあるものなのよ。」


 のばらが珍しく雅秋に真面目に話した。


「もうわかったでしょう?」


「ミアは‥‥‥‥そうだったのか?でもあれで気づいていないなんて‥‥‥‥。無自覚なのか?」


 雅秋は唖然とした。


「誰にでも欠点はあるんです。許してあげてください。本人もここまでとは気がついてないんです。」


 ミチルが言った。


「ああ、マジかよ‥‥‥。今まで全然知らなかった。ミアがこんなにアルティメットに絵が下手だなんて。‥‥‥無自覚って怖ぇ。」


 雅秋はつぶやいた。


「俺、ミアを探してくるから。この筆洗っとけ!」


 雅秋は生物室を急ぎ足で出て行った。






「まさか私とミチルちゃんとであいつとミアちゃんを仲直りさせる手助けをするなんてね‥‥‥‥。」


 のばらが絵筆を洗いながら感慨深げになった。


「そうですね‥‥‥‥でも、僕、泣いているミアを見たくはないからこれでいいです。いつかは僕に振り向いてほしいけど。」


 のばらの横で雑巾をゆすぎながらミチルも切ない思いを隠して言った。


「そうね、ミアちゃんの気持ちが大切だわね‥‥‥‥。ミチルちゃんは本当に優しくていい子ね。」


 のばらがミチルを感心した目で見た。





 ガラリと戸が開いた。


「邪魔をしてすまないね?」


 二人が洗い終わってハンカチで手を拭いていると不意に生徒会長の雪村(こう)が入って来た。


「二人きりだったのかい?他の部員は?」


 煌がのばらとミチルを交互に見た。


「他のことをしているのよ。煌は何か用なのかしら?」


 のばらが首を傾げて煌を見た。


「‥‥‥‥そうだ、もちろん用があるから来たんだ。のばらに話があって。最近僕に冷たいな、のばらは。なぜずっと既読無視してるんだ?何か怒っているのか?僕が何かしたのか?」


 煌は冷静に言った。


「ちょっと‥‥‥ここにミチルちゃんもいるのにそんな話をするなんて。」


 のばらがムッとした顔をした。


「それは、たぶんこの土方くんにも関係あるんじゃないかな?」


 ミチルはビクッとしてのばらに助けを求める視線を送った。


「まだそんなことを‥‥‥‥‥仕方ないわね。この際はっきり言うわ。私、煌とつきあうのやめる。他に好きな人がいるの。」


「‥‥‥ふーん。それが、この土方くんか。なるほどね。それでのばらは急に錦鯉研究部に入ったって訳だ?おかしいと思っていた。」


「どうとでも取ればいいわ。もちろんミチルちゃんは私のお気に入りよ。」


「‥‥‥‥今、謝って僕に戻ってくれば僕は君を許そう。」


「‥‥‥‥は?なんなの、許すって?何様のつもりなの?私は私のやりたいようにやるだけよ。」


「‥‥‥‥きっと後悔するんじゃないかな。のばらは。」


「それは、どういう意味で言っているの?私が後悔するかもってこと?それとも‥‥‥‥私、脅されているのかしら?」


「君もどうとでもとればいいさ。」


 煌は冷たい表情のままニヤッとしてそう言うと生物室を後にした。





「のばらさん。いいんですか?あの人完全に誤解して行ってしまいましたけど。」


 ミチルが焦ってのばらに言った。


「あら?すべて誤解って訳ではないわよ?私はミチルちゃんも好きだもの。」


 のばらがミチルを見つめた。


 のばらは冷静を装っていたが煌の言い方に怒り心頭だった。


 煌はのばらにとってもはやミチルの下の存在であることを思い知らせてやらなければならない。


 ーーー私にはわかっている。あの性格。煌はきっとまだ私とミチルちゃんをこっそり見ているはず‥‥‥‥。




「ミチルちゃんは私が好きではないの?」


 のばらは戸の小窓から見えるであろう位置の椅子に座り、隣の椅子をミチルに進めた。


 ミチルは進められた椅子に座りながらのばらに言った。


「あっ、あの、のばらさんが僕も好きですが、それは尊敬‥‥‥‥」


 のばらはミチルの右ほほに手を伸ばした。


 ミチルはビクリとしてのばらの顔を見た。鼓動がやけに強く感じられた。


 のばらの長いまつげが目の前に近づいて来た。


 ミチルはなされるがまま座っていた。


 秒針が進むのが遅くなったようなスローな動きのような気がした。


 のばらはそっとミチルに口づけをした。


「ミチルちゃんは私が好きよね?」


 ミチルの目を覗き込んでのばら聞いた。


「あの‥‥‥はい。」


 ミチルは突然のことにどう振る舞えばいいのかわからなくなってしまった。


「別にミチルちゃんがミアちゃんのことも好きでかまわないのよ。私だってミチルちゃんもミアちゃんも好きだから。」


 のばらはそう言ってミチルの目の前で目を瞑った。



 のばらの美しい人形のような顔がじっと目を閉じている。


 そして、のばらの魅力的な唇がミチルの目の前にあった。ミチルはこの一瞬からのばら以外のことはすっかり抜け落ちてしまった。


 ミチルは、のばらのほほに震える手をのばした。


 夢中でキスをした。


 のばらは目を伏せたまま言った。


「‥‥‥ミチルちゃんも男子ね。」


「あの‥‥‥僕‥‥‥。」


 ミチルは自分が思わずとってしまった行動に今さら動揺しだした。



 ーーー見ていたかしら?私は煌とはプラトニックを通していたものね?うふふ。私を怒らせた報いは受けてもらうわ。あなたのプライドはどうなったかしらね?煌‥‥‥‥。



「あの、僕はどうすればいいのか‥‥‥思わず衝動のままにのばらさんに‥‥‥。っせ、責任はとりますからっ!」


「え?責任って‥‥‥‥‥‥。」


「僕は、ちゃんとのばらさんとおつきあいをしますので。」


 ミチルはほほを染め真剣な目でのばらをとらえた。


「‥‥‥‥ええっ!ミチルちゃん?」


 ミチルの純真な天使ような顔で真摯にそう言われたのばらは言い逃れる言葉が思いつかなくなってしまった。

 いくらのばらといえども、ミチルを傷つけることができるほど性悪ではなかった。




 わやわや騒がしい声が近づいて来てガラリと戸が開いた。



「ただいまー!今、そこであの生徒会長見たよ。でさー、私のビオトープにやごがさー、またいたんだよねー。割りばしではさんで鯉の池に投げ捨ててやったよ。」


「俺がだろー。」


 マナカと中村が生物室に戻って来た。


「あれ、ミアさんと甲斐先輩はどこにいったの?土方くん、顔赤いよ?どうしたの、大丈夫?」


 マナカがミチルに聞いた。


「うん、何でもないよ。そ、それより‥‥‥ついに恐れていたことが起きて‥‥‥。」


 ミチルは先ほどミアが雅秋に怒られて泣いて逃げてしまったことを話した。



「そうか‥‥‥ついにこの日が。でも甲斐先輩が真夏多さんを追いかけていったんなら大丈夫だろ。」


 中村が言った。






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