人形と人間
お腹がいっぱいになって安らかな眠りにおちたマフユは、懐かしい夢を見た。
それは姉妹が祖母の屋敷へ来たばかりの頃の夢だった。
大正浪漫を感じさせるレトロな洋館に、色とりどりの花々が咲き乱れる美しい庭……
まるで童話世界のような祖母の屋敷で、まだ幼い姉妹は探検ごっこを始めた。
いくつものドアを開けているうちに母が少女時代に使っていた部屋へ辿り着いた姉妹は、そこで自分たちくらいの大きさのお人形が飾られているのを見つける。
そのそばには人形用の衣装棚もあって、中には小さなドレスがたくさん入っていた。
『このドレス、アキラちゃんに絶対似合う!』
まだ体の小さいアキラなら人形の服が着られると気付いたマフユは、アキラを着せ替え人形にして遊び始める。
当時、歳の割に聞き分けが良く無口な黒髪ロングヘア色白美少女だったアキラは、マフユにとって正に理想のお人形だった。
凝り性のマフユはアキラの服だけでなく髪型もあれこれ結って試したが、アキラはずっと黙って姉の好きなようにさせていた。
『アキラちゃん、ちょっと待ってて!』
やがて最高のコーディネートを思いついたマフユは、その仕上げとしてアキラに持たせる花を摘みに庭へ出ていく。
しかしマフユが戻ったとき、アキラは本当は窮屈に思っていたドレスを勝手に脱いでしまっていた。
『せっかく可愛いお人形みたいだったのに‼︎』
激怒したマフユは、アキラに怒鳴った。
すると、滅多に泣かないアキラがそのときばかりは大声を上げて泣き出してしまった。
いつも穏やかで自分をお姫様のように可愛いがってくれていた姉を怒らせたことが、小さいアキラには堪らなくショックだったのだ。
そして、マフユも、大切な妹を自分が泣かせてしまったことに大きなショックを受けていた。
自分の欲望で他人を傷つけることがトラウマになったマフユは、それ以来いつも他人の顔色ばかり伺って自己主張できない子供になっていった。
一方、アキラはマフユとは違った。
自己主張しないことでかえって相手に期待させて裏切ることもあると学び、もっとはっきり自分の考えを口に出すようになっていったのだ。
そうして現在、姉妹はそれぞれ全く異なるタイプの女の子に成長している。
***
「私は女の子にキスがしたかったんだ。自分の思い通りになる人形がずっと欲しかった」
祖母の屋敷を思い出させるような刺繍やアンティークが飾られた、暖かなカフェの店内。
アキラとお茶をしていたマフユは、出し抜けにそう言った。
「……………………お姉が別に同性愛的な意味で言ってないこと、あたしにはちゃんとわかるけどさ。場所考えてよ。他の人に聞かれたらビックリされるじゃん」
アキラは驚きながらも冷静に注意し、マフユは謝る代わりに少し笑った。
『女の子にキスがしたい』
性愛の対象としてではなく純粋に愛でる対象として可憐な『少女』を好ましく思い、その対象『と』ではなくその対象『に』自分だけが主導権を持って一方的に接することを望み、愛情表現としての触れるだけの『キス』以上のことはしたいと思わない。
誤解されそうな言葉に込められたマフユの真意はそんなものだった。
「確かに、お姉には昔からそういうとこがあったよね」
実のところどの程度マフユの意を汲み取れているのか不明だが、アキラも何か思い当たるらしい。
……今、マフユの目の前にいるアキラは、部活動によって姉よりも日焼けして髪も短い。
やや派手めの化粧もしているし、ファッションはロリータとは真逆のクールやセクシーといった路線だ。
幼い少女時代の面影を重ねても、重ならない。人間の女の子だ。
「私は、自分がどういう人間なのかやっとわかってきた……ううん、思い出せた気がするの。だから、今日はこれからあの人に会ってくるよ」
「そっか……気をつけてね。あたしはそろそろ彼氏とデートの時間だからもう行くけど、何かあったら呼んでいいから。あたしの彼氏の方があの大学生より絶対ケンカ強いし」
「ふふふ! 心配しなくても大丈夫だよ、そんな野蛮なことにはならないから。アキラちゃんはデート、楽しんで来てね」
「うん……じゃあね」
アキラを見送って間もなく、マフユにハルからLI○Eが届いた。
マフユは少しぬるくなったキャラメルラテを飲み干すと、待ち合わせ場所へ出発した。
実はもともと見た夢だと今回のカフェで妹と話して終わり、先輩とはもう会わなさそうな終わり方でした。
夢の中のマフユはもっと冷たくて本当に恋愛興味ないけど流されてるだけっぽい感じ、ハルはただ女子高生に興味があるチャラ男っぽい感じでした。
でも夢の話からお話にするにあたって、キャラも展開もいろいろ付け足して変えてみました。
その結果メンヘラっぽくなりました(´・ω・`)