姉妹
ハルとのデート翌日、マフユが学校を休んで寮で寝ていると、アキラが看病にやってきた。
「アキラちゃん、学校は……?」
「今、昼休み。ちょうど寮母さんがお粥作ってくれてたから、代わりに持ってきたよ。あと、さっき調理実習で作った肉じゃがも。今日はあたしもここで昼ご飯食べてくね」
「ありがとう、アキラちゃん」
「どーいたしまして」
アキラはテキパキと食事の準備を整えながら、ふと昨夜のことを口にする。
「……お姉、帰ってきたときタイツ裏返しだったよ」
「そう? 恥ずかしいな。昨日はとても慌ててたから……」
「行く前は、ちゃんとしてたよ」
「……」
マフユはアキラの言わんとしていることを察して沈黙した。
アキラは食べ始めながらも、更に踏み込もうとする。
「……お姉、もしかしてあの大学生に無理やり……」
「違うよ。先輩はちゃんと諦めてくれた。私が覚悟がなかったからいけないの」
マフユはすぐに否定した。
相手を庇うことで見る目のなかった自分を誤魔化そうというのではなく、ただ正直にそう思って。
追求し足りなさそうなアキラの視線には応えず、マフユは肉じゃがを口に運ぶ。
「わぁ……とっても美味しい! アキラちゃんは本当にお料理上手だね!」
「お姉だって料理も裁縫も得意じゃん」
「だって家庭科の授業が多いから」
「まあね。この女子校のカリキュラムって、さりげなく花嫁修行意識してるし」
「うん。アキラちゃんはきっといいお嫁さんになるね。…………私はきっと結婚できないだろうな」
マフユがすっかり諦めた穏やかな声で呟くと、アキラは大きくため息を吐いた。
「お姉は極端すぎ! ああいうタイプはお姉に合わなかっただけで、この先もっと合う人が現れる可能性は大いにあるんだから!……っていうか、ゴメン。今回の件のせいでお姉にそう思わせたなら、あたしが罪悪感感じるから嫌なんだよ」
「アキラちゃん……⁇」
アキラは箸を置き、項垂れる。
「実はあたし、後悔してるんだよね……あたしの友達がお姉のこと焚き付けようとしてたとき、ちゃんと止めなかったこと。あの時はあたしもさ、お姉はもっと変わるべきかな〜って思ってたんだ。……でも、『幸せ』は恋愛とか結婚とかばかりじゃなくて人それぞれだし、別にお姉が他人の定義に合わせる必要はないよねって、今はそう思ってる」
「うん……」
「あっ! だからって、今回ミスっただけでその後の恋愛全部諦める必要もないんだからね? もしお姉があの大学生とやり直せるって言うなら止めないし! 恋愛するもしないも、今後の自然な心に任せなよって言ってんの!……あたしはさ、お姉にもちゃんと自分の生きたいように生きてほしいから。つまり、その……変に焦って無理しないでよ……心配するじゃん……」
「アキラちゃん……」
最近すっかりクールに落ち着いていた妹が自分のために一生懸命話すのを聞いて、マフユは心があたたかくなった。
「ふふふ……心配してくれてありがとうね」
「ニヤニヤしないでよ、気持ち悪い。お姉の風邪ってどうせ仮病でしょ? だったらちゃんと完食してよね!」
アキラは食事が終わると、マフユの食器を返却するついでに部屋のゴミ出しまでしてくれた。
優柔不断で流されやすい自分とは対照的に気が強くてしっかり者の妹を、マフユは誇らしくも羨ましくも思った。
(きっとアキラちゃんなら素敵な家庭を作れる……ママやおばあ様とも違って)
***
マフユの母が乱暴者の父と離婚して祖母の家に戻ったのは、マフユがまだ幼児の頃だった。
幼かったマフユは父のことをよく覚えていない。
ただ、母が姉妹たちの誕生日祝いをしてくれているときに、父はたまたま同じ部屋にいることはあっても、一緒に祝ってくれることがなかったのはなんとなく覚えている。
きっと娘たちに興味が無かったのだろう。
マフユの祖母は昔の財閥の末裔で、大きな御屋敷と莫大な遺産を相続していた。
そして、そんな祖母も祖父とは早くに離婚していた。
母が実家を出ている間、祖母の元へは多くの親戚が金を無心しに群がり、寂しがりの祖母は遺産の大部分を彼らに差し出してしまったらしい。
だが、母が娘たちを連れて戻ってからは『今あるお金は全部、孫たちに残さないとね』が口癖になり、財布の紐が堅くなった。
姉妹がまだ田舎で小学校に通っていた頃のある日、祖母は『この屋敷は将来行かず後家になった方にあげましょうね』と言った。
それに対してアキラはすぐ『あたしは田舎暮らし嫌だし、自分でもっとお金持ちと結婚するからいらないよ』と答え、祖母も母も『アキラちゃんはたくましくて安心ね』と笑っていた。
……しかしその一方で『マフユちゃんは内向的すぎて結婚には向いていないかもね』とも言っていたのが、マフユの中でなんとなくずっと引っかかっている。
無自覚のコンプレックス……悔しかったのかもしれない。