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恋愛不適合者  作者: 境入界人
7/11

転倒



「きゃあっ⁉︎」


「マフユちゃん⁉︎」


ズシャアァァ……


たくさん歩いた夕暮れ間際、マフユはみぞれ雪に足を滑らせて転んでしまった。


「うぅ……最悪……」


「マフユちゃん、大丈夫⁉︎ 足とか捻ってない⁉︎」


「……それは、大丈夫だと思います……でも……」


荷物はハルが持っていてくれたおかげで無事だったが、マフユの片方の手袋、コートとスカートの裾、黒いタイツが……溶けかけて水溜りのようになっていた雪で濡れてしまった。


「ああ、酷いな……それは電車に乗って帰る前に乾かした方がいいよね……あっ! そうだ、俺、この近くに乾かせそうな場所知ってるよ! そこで少し休んでから寮まで送って行こうと思うけど、いいかな?」


「はい……すみません。本当に私、どん臭くて……先輩にご迷惑をおかけしてしまって……本当にすみません……」


「気にしないで、俺は大丈夫だから。それに、マフユちゃんを支え切れなかった俺にも責任あるし……」


「‼︎……先輩は何も悪くなんかないです! いつも優しくて紳士ですっ……なのに、私は……」


「いいから、いいから。すぐに着くから。ねっ?」


濡れた手袋を外したマフユの冷たい手は、ハルが温めるように握ってコートのポケットへ入れた。



***



「すぐに暖かくしてあげるからね」


「はい……ありがとうございます」


シンとしたプレハブ小屋に、ストーブの点火音が響く。

マフユが連れてこられたのは、ハルの叔父が担当する工事現場の休憩所だった。

冬休み中に何度かここでバイトしたハルは、今日も用があって合鍵を持っていたのだという。


「……あっ、暖かいです……これならすぐ乾きそうですねっ」


橙色の炎に手をかざし、マフユはやっと少し安心できた。

少しでも早く乾かそうと、熱さに耐えられるギリギリの距離まで踏み込む。


「でもマフユちゃん、そんなに火に近寄ってたら火だこになるよ?」


「ひだこ?」


「血管が焼けて肌表面が斑模様に火傷しちゃうんだって。去年なった先輩が痕が消えにくいから困ってたよ。だから濡れた服はちゃんと脱いで干さないと」


「え、でも……」


マフユは困ってしまった。濡れたのは手袋とコート、それにスカートとタイツなのだ。

前者2つはともかく、後者2つは人前で脱ぐわけにいかない。


「……」


「脱いで、マフユちゃん」


「えっ……?」


マフユが躊躇っていると、突然ハルがコートを脱ぎはじめた。


「脱いで干す間は、俺のコートで隠したらいいから。あっ……もしかして、下着も濡れてる?」


「い、いいえっ、それはセーフですっ」


「だったらそんなに抵抗もないでしょ。俺はちゃんと後ろ向いてるから、干す準備できたら声かけてね」


「……はい……」


……ごそごそ……しゅるる……パサッ


……ごそごそごそ……


会話が途切れるとプレハブ小屋内は静かすぎて、マフユは衣擦れの音が聞こえるのを恥ずかしく思った。


「…………先輩、もういいですよ?」


「うん、よかった……って、あれっ? マフユちゃん、膝! 血が出てるよ!」


ハルは振り向くとすぐにマフユの怪我に気が付いた。


「はい……ちょっと擦り剥いちゃったみたいです」


「かわいそうに……マフユちゃん、ここに座って」


「は、はい……」


ハルはマフユの肩を掴んで長椅子に座らせると、棚から救急箱を持ち出してマフユの前に跪いた。


「すぐに手当てしないと」


「だ、大丈夫ですよっ。全然大したことないですから! 私自身、実際に見るまで気付かなかったくらいで……」


「だーめ。いい子だから、俺の言うことちゃんときいて?」


「っ……すみません……ありがとうございます……」


ハルに間近で素足を見つめられ、緊張したマフユは借りているコートをぎゅっと握った。

ハルは手際よくマフユの患部を消毒し、絆創膏を丁寧に貼り付ける。


「……マフユちゃん、さっきから握りこぶし震えてるけど……俺に触れられるの、本当は嫌だった?」


「い、いいえっ、そんなことないです……先輩は、とても紳士的で、信頼できる人ですからっ」


「本当に?」


「ほ、本当です……」


「そう………………じゃあ、これは?」


ハルは手当てしたのとは違う方のマフユの膝に手を置き、それを内腿へ向かって滑り込ませるようにずらした。

今までとは全然違う触れ方に、マフユは驚いて息が止まりそうになる。


「……っ」


「……俺に触れられるの、嫌?」


「……ぃ、いえ…………だ、大丈夫、です……」


「そうか、良かった!」


マフユが拒絶しないことを確認すると、ハルはマフユに覆い被さるように抱きついてきた。

その瞬間、マフユは金縛りにあったように硬直した。


「マフユちゃん……」


いつの間にか長椅子の上に押し倒されていたマフユの頬に、柔らかくて温かいものが触れる。

マフユは少し考えて、ハルが自分の頬にキスをしたのだとわかった。

柔い温もりはマフユの耳元に移動し、熱をもって囁きかける。


「マフユちゃんの初めて、俺でいいよね?」


(先輩の言う『初めて』とは何のことだろう? キス? 恋人? それとも……)


「は、はいっ……最初は、先輩みたいに慣れてる人に教えてもらうのが、いいはずですから……」


何れにせよ『初めて』であることには違いないので、マフユはそう答えた。

ハルはマフユの発言が可笑しくて笑ってしまう。


「え〜、その言い方だと、俺は最初の踏み台ですぐ次に行くつもりみたいじゃん? 傷つくなぁ……」


(じゃあ、先輩はずっと一緒にいるつもりがあるんですか? すぐ次へ行くつもりなのは、先輩の方じゃないんですか?)


マフユがぼんやりした頭で考えていると、ハルの顔が正面にきて今度は唇同士やその内側も触れ合わせ始める。


「……っ…………んっ……っ」


(キスだ、恋人同士の。前にアキラちゃんが彼氏さんとしているのを見たことがあったな。そのときも何でそんなに夢中でするのかわからなかったけど、今こうして自分でしてみてもやっぱりよくわからないや……)


ずるっ……


「!」


ハルはキスを続けながら、いよいよマフユの服の中に手を入れてきた。

そこでやっと、マフユは自分の置かれている状況をハッキリと実感した。

その途端、その先に待つものが恐ろしくて堪らなくなる。


(本当にこの先をするんだ……先輩から止めてくれたりはしないんだ……私、さっき『大丈夫』って答えてた……あれって『我慢する』って意味だったのかな? 私、本当は望んでない……⁇)


…………


「……っ、です……」


「?……マフユちゃん?」


「む、り……無理、ですっ……ごめんなさい……!」


「マフユちゃん……」


「っごめんなさい……っむ、無理です……! ごめっ、なさぃ……っ本当に、無理……っ」


マフユは顔を覆って泣きだしてしまった。

ハルはゆっくり手を退けるとマフユにコートをかけ直し、少し離れたイスに背を向けて座った。


「……うん、よく頑張ったよ。マフユちゃんはよく頑張った。偉い偉い……」


「うっ……ひっく……ごめんなさい……先輩っ、ごめんなさい……」


「いいよいいよ、謝らないで。……まあ、マフユちゃんには急だったんだ。できたらラッキーってくらいのつもりでいるべきだったよ、俺は。だから、うん……気にしないで。今日は、あと、泣き止んでくれたらそれでいいから」


ハルの言葉は優しかったが、ところどころ早口になる言い方から、本当はイライラしていることがマフユに伝わった。


(ああ、そうか。もう魔法が解けてしまった……この人は都合のいい王子様なんかじゃない、私の与り知らない欲望を持って行動する、生きた人間なんだ。そんなの当たり前のことだったのに……私はずっと、身勝手で失礼な見方しかできていなかった……本当に、ごめんなさい)


小屋は吐き気がするほど暖まっているのに、マフユの体の震えはなかなかおさまらなかった。

待っている間にハルは換気をしたり、いつの間にか裂け目が入っていた紙袋の中身をバッグに詰め替えたりし始めた。


「⁉︎……ひっ……っっ……!」


「マフユちゃん⁇」


ふとハルのバッグの中身が見えてしまい、マフユは恐怖で過呼吸に陥った。


「落ち着いて。焦って泣き止もうとしても余計パニックになるから……」


「っっ……っ……」


ハルは心配そうに隣に座って背中をさすり始めたが、マフユはもうハルが恐ろしくてしょうがなかった。


(先輩はたまたま鍵を持ってたなんて言ってたけど、それも疑わしい……私が転んだのは想定外でも、ここへ連れ込むことは予定にあったのかもしれない……もしかしたら今までにも別の子を同じように…………ああ、もうダメだ。私はもうこの人を信じられない……‼︎)


ハルのバッグの底にはハンディカメラと口の緩んだ布袋が入っていた。

そしてその布袋の中には、それらを初めて見るマフユにもわかるような、如何わしい玩具が雑多に詰め込まれていたのだった。



***



結局、マフユは救急箱からマスクをもらって、それで泣き顔を隠して帰った。

門限を過ぎてしまっていたが、マフユの赤い顔と鼻声を風邪だと思った寮母は、あまりきつく咎めることはできなかった。



前に合作でBL書いてR15で出したらR18と注意されたのでちょっと心配。

でも未遂だし描写最小限だからセーフのはず。

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