恋バナ②
♪♪♪〜
その日、マフユは寮の談話室で、毎週多くの女子がTVの前に集まる『人気恋愛ドラマ』を観た。
しかし、結局フィクションでは参考にならないという答えに辿り着いただけだった。
(今までだってそうだった。流行りの恋愛ものに、いつも共感できない。どうして相手を好きになったのか、理解できない。当て馬の方が良い条件が揃っているのにフラれるのも。フィーリングとか曖昧な説明をされても納得ができない……そもそも尺の都合があるから展開が早すぎ……)
「あの主人公とヒロイン、マジで奥手すぎるよね〜」
(え?)
「だよね〜、中学生じゃないんだからさ……」
(そ、そうなの……?)
帰り際、感想会を始めた他の女子たちの言葉が耳に入ったマフユは、いよいよ虚構よりも現実の恋愛が恐ろしくなってきた。
***
ガチャッ……パタンっ
(あ……)
マフユが部屋に戻ると、いつの間にか帰っていたナツミが裁縫をしていた。
あの文化祭以降気まずくなりそうなものだが、実際には元々ほとんど会話してこなかったので、そうでもない。
「ナツミさん、何を縫ってるんですか?」
「んー……今日届いた通販の服。返品不可なのにサイズ間違えたから直してんの」
「ナツミさんはお裁縫上手なんですね」
「まあ一応、服飾系志望だからね〜」
「そうだったんですか。全然知らなかったな……」
「そりゃウチら碌に話してないもんね。ウチはさ、フユ子がいつも部屋でイヤホンしてゲームやってるからオタクなのは知ってたよ? けど、どんなゲームしてんのかはあの日初めて知ったし」
(そっか、知らなかったのはお互い様だったんだ。……それはきっとナツミさんと先輩もだよね。あの日は私が邪魔しちゃったけど、2人がちゃんと話してよく知り合えば私より……)
「ナツミさん、あのっ、実はさっきハル先輩から連絡があって、同好会で参加するイベントの手伝いに誘われたんですけど……私なんかよりナツミさんが行った方が先輩も喜ぶと思うんです! ナツミさんたち、先輩のことカッコいいって言ってたし……行ってもらえませんか?」
(お裁縫だけじゃない。スタイルがよくて社交的なナツミさんなら、コスプレも接客も上手くやれるし……2人ならお似合いだもの)
マフユに期待の眼差しを注がれ、ナツミは作業の手を止めて向き直る。
「……フユ子、それ本気で言ってんの?」
「え?」
「あの大学生はウチじゃなくてフユ子に会いたがってんのに、それを勝手にウチとくっ付けようとするとかさ……失礼だよね?」
「あ……」
ナツミは心底呆れたという表情でマフユを見ていた。
「そりゃあの大学生はイケメンだけどさぁ、オタクすぎてウチじゃ話ついてけないって思ったし。向こうだって話の合わないウチよりフユ子と話がしたいと思ってるの、わかるよね?」
「それは……ごめんなさい、私、考えが足りてなかったです……」
「それにさ、いつも無表情のフユ子があんなに楽しそうに話してんの、ウチ初めて見たし。あんたたち気が合うんでしょ? 他人に譲る前にフユ子自身の気持ちもちゃんと考えなよ」
しょぼしょぼと縮んでしまったマフユを見て、ナツミは声色を優しくするよう努めた。
その気遣いを感じて、マフユも少し安心する。
「ま、向こうが遊びか本気かわからないけどさ、せっかくイケメンなんだから試しにちょっと付き合ってみてもいいじゃん? 相手が実はやばい奴だって気づいたときは、すぐに逃げなきゃだけどさ」
「はい……ナツミさん、アドバイスありがとうございました。私、よく考えてみます」
「ん。そうしなー」
マフユがペコリと頭を下げると、ナツミは机に向き直って作業を再開した。
***
(ハル先輩のことは、好き。ゲームが上手くて尊敬しているし、アニメに詳しくて話すのが楽しい……でもそれって、自分の好きなものを好きな仲間だから好きってことだよね?)
これまで恋と無縁だったマフユには、ハルへの『好き』が恋なのかわからなかった。
マフユは目を閉じて、ハルに触れられたときの自身を思い返してみる。
(今まで異性に評価されることなんて無かったから、チヤホヤされて舞い上がってた自覚はある。自分はもっと真面目だと思っていたのに、こんなにチョロかったんだ……それだけじゃない……周囲から評価の高い相手と付き合えば、自分を見下していた人たちを見返すことができるなんてことも考えた。そんなステータス扱い、失礼だ)
内省するほど自己嫌悪に陥ると悟ったマフユは、出口を求めて向きを変える。
(そもそも、先輩が私なんかに本気になるわけがない。からかわれているだけ。もし付き合ったりしても、ポイ捨てされて前より惨めになるに決まっている。それに……本来の私だったら、恋人にするのは真面目で知的な人がいいと考えたはず。好みかどうかで言えば、先輩は好みではない)
保守的なマフユは、ハルとは友人としての距離を保つことに決めた。