文化祭①
(……この方向で合ってるはず……だよね?)
11月某日、高校3年生のマフユは指定校推薦で入る大学の文化祭に来ていた。
今日はここまで妹と一緒に、妹の歳上彼氏の運転する車で連れてきてもらった。
だが、到着後は2人に気を遣って別行動することにしたので、今は1人だ。
妹のアキラは勝気で、オシャレな友達が多く、お出かけ好きな女の子。
昔は大人しくてお人形のように可愛い女の子だったが、本人曰く『男みたいな名前を揶揄われるのに対抗していくうちに、どんどん気が強くなっていった』そうだ。
一方、姉のマフユは内向的で、昔から部屋で1人遊びしているのが好きな女の子だった。
マフユは進学後にサークル活動をする気は無かったが、好きなゲームシリーズの同好会のチラシを見つけ、今はそこを目指していた。
陽当たりが良いとは言えないサークル棟の北側。
装飾や荷物で雑然とした通路を人にぶつからないよう進んでいくと、マフユは目当ての部屋の入り口で見知った人物を見つけた。
向こうもすぐマフユに気付いて、声をかけてくる。
「え〜、フユ子じゃん。外で会うなんてびっくり〜」
「はい、私も驚きました……ナツミさんがここにいるなんて……」
同好会では文化祭の出し物としてゲームのトーナメント戦が行われていたはずなので、ナツミはそれを見物していたようだ。
彼女はマフユと女子校の寮でルームメイトなのだが、二次元には全く興味の無いギャルだったので、文化祭にいることよりゲーム見物していることの方がマフユには不思議だった。
「へぇ〜。その子、ナツの友達なんだ?」
「!」
ナツミの横から、その友人らしき女子がマフユを見下ろしてくる。
ナツミも、その友人も、スタイルの良い派手な美人。ミニスカートから伸びた美脚の眩しさに、マフユは気後れがした。
「あー。フユ子は友達っていうか、同じ寮の子〜」
「はい。どうも……」
「ふ〜ん……」
ナツミの友人の品定めするような……もとい見下すような冷たい視線から逃げるように、マフユは部屋を見渡した。
そこにはマフユの興味をひく内容のポスターや雑誌がたくさんあって、すぐにソワソワしてくる。
(………………あれ?)
マフユはホワイトボードの表を見て首を傾げた。
1番上には『優勝‼︎ 当同好会会員ハル』と書かれている。……どうやら既にトーナメントは終わってしまったらしい。
今は同好会会員らしき人たちが、雑誌を読んだり、スマホをいじったり、軽食をとったり……ダラダラしているだけのようだ。
「ウチら、ゲームは全然わかんないけど〜、なんかイケメンがいたから見てたんだよねぇww」
「ねっww」
ナツミとその友人がニマニマしながら、TVゲームをしている男を指す。
「ほら、あのイケメンがさ、超強かったんだよ〜。さっき全部ストレート勝ちでさ。ウチらは画面見てても意味不明だけど、オタクのフユ子ならスゴさがわかるかも?」
「ちょww ナツ、本人に向かって『オタク』は酷くない?」
「え〜ww 別に『オタク』は悪口じゃないっしょ〜?」
「……」
普段『オタク』という言葉自体を悪い意味に捉えたりしないマフユだったが、今は2人が自分を見下して悪い意味で用いているように感じた。
マフユは、同じオタクでも悪い意味でその言葉を浴びせられることの無さそうな、『イケメン』と呼ばれた男を観察してみる。
彼は髪を明るく染めて、ピアスをいくつも開けている。マフユには軽薄そうな男に見えた。
(……ああいう人が、皆の言う『イケメン』なんだ……私は、なんか怖いな…………あっ!)
マフユが男のピアスを数えていると、彼が振り返って目が合った。
咄嗟に俯いたマフユだったが、露骨に顔を逸らしすぎてしまったとすぐに反省する。
そこで今度は自然体を装おうとして、机にあった同好会の紹介プリントと部屋の様子を交互に眺める。
(………………⁇)
するとその視界の端で、さっきの男がチラチラとこちらを振り返っているのに気付いた。
どうやら彼も、さっきから彼を見ていた美人2人を気にしているらしい。
きっと2人もそれがわかっているから、わかりもしないゲームを見物し続けているのだろう。
「トーナメント終わっちゃってるなら、私はもう行くね……」
「ん。フユ子、バイバイ〜」
お邪魔虫を自覚したマフユはその場を去ろうとした。そのとき……
ガタッ!
「ねえ、ちょっと君!」
背後から呼びかける男の声。マフユはそれが美人たちへ向けられたものだと思ったが……
がしっ!
「はひっ⁉︎」
廊下へ出た直後、男がマフユの手を掴んだ。
「待って待って、無視しないで」
「えっ、あのっ……な、何なんですか⁉︎」
(さっき少し見ていたせい⁉︎ それとも他に何か失礼なことをして怒らせた⁉︎)
恐怖で竦み上がるマフユの腕を男はがっしり掴みなおし、廊下から部屋へと引きずり戻す。
「君さ、俺の対戦相手やってよ。他に相手してくれる奴居なくなって、今ちょっと退屈してたんだ」
「え⁉︎ えっ、えっ……私ムリですよ! 下手ですからっ……」
「ハンデ付けるよ。やったことなくはないっしょ? 君のバッグに付いてるキーホルダー、予約特典のじゃん。俺もお揃い♪」
「あわわ……」
ぐいぐいと引きずられていくマフユを、先の美人2人が唖然として見つめている。
ガタン!
「ほらここ座って座って。……あっ、コントローラーはまめに拭いてるから安心していいよ?」
「そういう問題ではなくて……」
「君、高校生だよね? さっきちょっと聞こえたんだけど、名前はフユ子ちゃんで合ってる?」
「あ、いえ、本当はマフユで……」
「マフユちゃんかぁ〜。俺はハル! 俺たち、冬と春で季節コンビだね。よろしく!」
「……」
困惑するマフユの視界の端では、美人2人の視線がさっきよりも冷ややかになった気がした。
「あ、あのっ、私よりもあっちの2人の方がいいと思います!……ですよね⁉︎」
「「え……」」
必死なマフユに手招きされ、美人2人も困惑しながら歩いてくる。
「どうも〜……」
「……ウチらもいいですか?」
「いいよいいよー。あー……でもお友達さんたちのデコった爪じゃやり難いかな?……そうだ! せっかく4人いるんだから、2対2でこっちのパーティーゲームにしよっか。これなら初心者にも操作簡単だから」
ハルはテキパキとゲームを入れ替え、人数分の椅子をTV前へ寄せる。
ガタガタ……
「ほらマフユちゃんここ座って……あっ、椅子離すなってば。ほらちゃんと寄らないと、お友達さんたちが画面の真ん中から離れちゃうじゃん」
ぐいぐい……
ハルは椅子同士をしっかり寄せ、マフユの肩を抱き寄せた。
肩を包む大きな手、隣に触れる体温、間近に聞こえる低い声……マフユは思わず顔が熱くなる。
中高一貫の女子校育ち。男からこんなに触れられるのは初めてで、内心パニックだ。
(なんでこの人こんなに距離近いの? これが普通なの? この程度で慌ててたら変かな⁇)
皆で仲良く楽しめるはずのパーティーゲーム……だが、マフユにとっては美人2人と『イケメン』に挟まれた針の筵状態である。