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五時限目 成功と暗雲

「せんせッ! せんせぇッ!! みてみて、これ!!!」


 生まれて初めて魔法が使えたサーシャはゆらゆら揺れる炎をキラキラした瞳で眺めている。


 「まだ気を抜くなよ! ここから一分間炎をキープさせるのが課題なんだからな!」

 「う、うん! 分かった、やってみる……!」


 今一度集中力を高めた彼女はギュっと目を瞑り、まるで祈りを捧げているかのように小さな炎を保ち続けた。ユーリもまた、彼女の手をしっかりと握りながら見守り続ける。


 彼女の額にポツポツと滲み出る汗、教室内に響く痛いほどの沈黙。そして破裂しそうなほど世話しなく動く心臓。


 しかし、彼女の人差し指に灯ったか細い炎はそんな物には一切動じることなく、無事に一分間その姿を保ち続けたのであった。


 「よし! ここまで! これで課題は合格だ!!」


 そっと手から離れたユーリはパチパチと拍手で彼女のことを称える。だが当の本人は気の抜けた表情で炎が消えた指先をボーっと眺めているだけだ。


 「ん? どうした? 具合いでも悪くなったか?」

 「いやぁ、そういうんじゃなくて……ウチ、本当に魔法使えたのかなって。夢じゃないよね?」

 「夢なわけあるもんか。ほら、頬っぺた抓ってみろ」

 「…………痛い、チョー痛いよ!! 凄い! ウチ、魔法使えたんだ!!!」


 自分の頬っぺたを抓りながらエヘヘと笑うサーシャ。そんな彼女の笑顔をみて、ユーリはそっと胸を撫で下ろした。


 ユーリが彼女の為に取った方法、それは自分の魔力をサーシャに送り込むことだった。


 先程の水の例えを使えば、サーシャはスタートからゴールまでの水路を上手くイメージ出来ていなかった。それなら別の魔力を送り込み、ゴールまでの水流を作ってやる。そうすればイメージ不足でも流れに従って魔力は自然と放出される。これが事の全容だ。


 「どうだ、初めて魔法を使った感想は? 結構面白かっただろ?」

 「うーん、面白かったってか、びっくりした的な? うわっ! 魔法ってこんな感じなんだぁ見たいな? でもでも何か今すっごい良い気分!!」


 サーシャは身振り手振りを交えながら何とも抽象的な感想を言っている。そんな微笑ましい彼女を見て、ふと少年時代の思い出が頭の中をよぎる。


 初めて魔法が使えた時、自分はこんなにキラキラした表情をしていたのだろうか。そして魔法を教えてくれた父親も今の自分と同じ様な気持ちだったのだろうか。


 「よし、サーシャ! 今の感覚を忘れないうちに後一回だけやってみよう!」


 そんな何処か懐かしいような気持ちを噛み締めながら、ユーリはそう提案する。先程は自分が補助に付いたが今度は彼女だけでやって貰う。それで無事炎が灯れば完全に習得できたと言えるだろう。


 「えー。今日はもう十分っしょ。まだ余韻に浸ってたいってかさぁ……」

 「いや、その余韻が重要なんだって。ラスト一回だけだから、な?」

 「いやぁ、でもさぁレベッカ達が待ってるし…………それに、こんな遅くまでコソコソやってたらまた変な噂立っちゃうかもよ~?」

 「ぐっ!? ま、まぁそれは一理あるな……。仕方ないから今日はこの辺にしておくか」


 あまり乗り気ではないサーシャの言葉に、ユーリは渋々ながらも了承する。また昼間みたいな騒ぎを起こされたら溜まったものではない。それに彼女もここまで頑張ってくれたのだ。放課後友達と遊ぶことだって学生の本業だろう。


 「そんじゃね、せんせぇ。“また明日”もホシュー授業楽しみにしてるから!」


 そう言い残しサーシャは急ぎ足で教室を出て行く。色々言いたいことはあったのだが、また明日と彼女が自ら言ってくれた。今まで不真面目だった彼女が努力の喜びを知ってくれたのがユーリはとにかく嬉しかった。


 「そうだな、また明日。一歩一歩ゆっくり頑張っていけばそれで良いよな…………ん?」


 喜びに浸っていたユーリの目の前には学生鞄が一つ、机の上に置きっ放しにされている。間違いなくサーシャの物だろう。


 「ったく、本当に世話の焼ける生徒だな、あいつは」


 彼女に鞄を届けるべく、ユーリも教室を後にする。締め切ったカーテンに出来たほんの僅かな隙間から夕焼けが差し込み、その光は小さな炎のように誰も居なくなった教室内に灯っている。


 

 ×××××



 夕日が少し傾き始め、月が顔を覗かせ始めた時刻。サーシャは街中を小走りで進んでいた。


 今日はとても良い気分だ。何せ生まれて初めて魔法が使えたのだ。ダークエルフで頭も悪い……だから回りも諦めて教えてくれなかったし、自分自身も当の昔に諦めていた。


 それなのに、魔法が使えた。本当に夢みたいでさっきまでずっと頬っぺたを抓っていたけどやっぱり痛い! と言うことは全部現実のことなんだ!!


 あまりにも嬉しいものだから、胸の高鳴りが抑えきれない。ずっとウキウキしっ放しで顔もきっとニヤけているのだと思う。


 それに。


 「えへへ、せんせぇと手繋いじゃった……!」


 チラリと手のひらを見つめ、ニヤけているであろう頬が更に緩んだ気がした。何を隠そう彼女は男の人と手を繋いだのはあの時が生まれて初めてだったのだ。


 普段は頼りなくて、悪戯しがいがある顔をしているユーリ。だがあの時握ってくれた彼の手は自分より大きくて、指もゴツゴツとしていて…………そして何より優しい温もりがあった。


 「って、何考えてんのウチは! 乙女か!!」


 我に返り急に恥ずかしくなったサーシャは見つめていた手で緩みきった頬を叩き、自分に渇を入れる。ちょっとやそっと優しくされたくらいで心を開いて溜まるものか! 自分はそんな安い女じゃない!


 そうと分かれば早くレベッカ達と合流し悪戯作戦会議を開かなくてはいけない。あの二人にも協力して貰ってとっびっきり恥ずかしい目に遭わせてやろう。


 まぁしかし、補習授業は受けたいのでギリギリ怒られない程度の悪戯にしなくては――。


 「――よう、サーシャ。待ってたぜぇ」


 グルグルと頭の中で悪戯の計画を練っていたその時、三人組の男達がサーシャの目の前に立ち塞がる。男達は彼女より一回り程背が高く、揃いも揃って下品なニヤけ面をぶら下げている。


 そして何より、彼らの肌の色は夕暮れの闇に溶け込むようなアザ黒い褐色だった。


 「何? アンタらみたいな冴えない連中、ウチ知らないんだけど」


 先程の浮ついた気持ちが消え失せ、取り囲む三人を睨み付けながら言った。しかし男達は怯むことなく下衆な笑い声をあげるだけだ。


 そんな中、リーダー格であろう金髪ドレットの男がサーシャの方へ一歩足を踏み出す。


 「おいおい、つれねぇこと言うなや。俺達は同じ同種(クズ)なんだからよ。お互い仲良くしようぜ」


 男がそう言ってサーシャに手を差し出す。だが彼女は握り返さない。握ってしまえば、まだ仄かに感じる優しい温もりが無くなってしまいそうだからだ。


 「ふん、相変わらず生意気なガキだなテメェは……おい、お前ら!」


 男の一声に、取り巻きの二人組が動き出しサーシャの腕を掴む。


 「痛ッ! 何すんのさ! 離せよッ!!」

 「へへっ折角の再開に立ち話だけってのは味気ねぇだろ? ちょっと裏まで付き合ってもらうぜ。なぁに、素直に従ってくれれば何もしねぇよ」


 そう言って彼は人気のない路地裏へと足を進める。サーシャも腕を引かれながら強制的に連れて行かれてしまった。

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