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四時限目 内緒の補習授業

 春の日差しがオレンジ色の光に変わり、生徒達が下校した校舎を照らす。


 ――はぁ……はぁ……。せんせっもうウチ無理、限界だって……!

 

 そんな中、日差しが当たらず少し薄暗い教室内に吐息交じりの声と、汗が滴る音が聞こえてくる。

 

 「大丈夫だ! もう一回、もう一回だけやろう!」

 「だからもう無理だってば! 足ガクガクだし! 体力限界だしッ!!」

 「動けなくなったら俺が背負って家まで送るからッ! だからな? もう一回だけ!! 頼む!!!」

 「せんせぇってばどんだけして欲しいのさ!…………んもぅ、じゃあ一回だけやってあげる。言っとくけどこれで最後だかんね!!」

 「あ、ああ! ありがとうサーシャ!」

 「んじゃ行くよぉ…………えいッ!!!」


 サーシャが目をギュッと瞑り、思い切り身体に力を込める。すると彼女の銀髪の上で、まるでガス切れのライターのようにボフっと一瞬火が灯ったが直ぐに消えてしまった。


 「あぁ~もう駄目だぁ。マジしんどい……」


 ふらふらと力無く床に座り込むサーシャ。そんな彼女を椅子に座らせてやり、ユーリは長く息を吐いた。


 昼間、職員室で言ったようにユーリ達は今二人きりで内緒の補習授業を行なっている。勿論サーシャが文脈に匂わせていたイヤらしい事等はしておらず、エルフ科で行なわれている実技科目の授業だ。


 エルフ科の実技には弓で的を射抜く弓術(きゅうじゅつ)、野原や森に出向き、薬草を見つけ自ら薬を作る製薬術(せいやくじゅつ)、そして魔法を駆使しその技の熟練度や芸術性を競う魔術がある。


 弓術に関しては中々の腕を持っていた。彼女曰く一時期ダーツで遊びまくってたから的当てゲームは得意なんだとか……まぁ、理由はどうあれ出来ているのだから文句の良いようが無いし、得意科目の一つとしてこれから自信を持ってくれれば良いとも思う。


 製薬術は薬草の採取や\薬の調合に丸一日掛かるので今回は省略、そして問題の魔術である。


 人差し指の先に、一寸台の小さな炎を灯らせそれを一分間保ち続ける。とても基礎的で簡単なお題を彼女にやらせてみたが、結果は見ての通り散々だ。


 「はぁ、やっぱ無理なんだって。ウチが魔法使うのとかさぁ……」


 机に顎を乗せ、唇を尖らせながらサーシャがぶつくさ文句を言い始める。


 「そんなことは無いだろ? 取り敢えず炎は出せたんだから、後はちゃんと指に灯して、それをキープするだけだ!」

 「だから、それが出来ないからチョー困ってんじゃん! もうっせんせぇも魔法も嫌いッ! ふんッ!」


 ヘソを曲げてしまった彼女は頬を膨らませプイっとそっぽを向いてしまう。嫌いだと言われてチクリと心が痛んだが、それでもユーリは解決策を考える。


 魔法とは体内に宿る魔力を火、水、風などの自然現象に変換し外に放出する術のことを言う。


 元は魔族やエルフが主に使っていた術で、魔王討伐後、人間達にも伝わり魔法の基礎が出来た。そして様々な研究を繰り返し今の魔術へと確立していったのである。


 そんな魔術の基礎を創り、国の歴史に名を刻んだ大魔道師は【魔力とは水である】と言う言葉を後生に残した。これは魔力を水だと仮定し、体内から外へ放出するまでの水路を想像することによって効率よく魔術を扱えるというアドバイスだ。


 今行なっている授業に当てはめれば、人差し指のてっぺんがゴール。そこまで魔力を供給するイメージをしなければいけないのだが、これが彼女には難しいようだ。


 イメージすることが難しいのなら、実際に魔力が流れる感覚を体験して貰う方法というのもある。

 

 しかしそれをやるにはユーリにとって少なからずリスクを伴ってしまうため、生徒思いの彼も流石に躊躇していた。


 「ねぇ、もう今日は帰ってもいい? ウチ、レベッカ達と遊ぶ約束してんだよねぇ」


 気の抜けた声でそうサーシャが言ってきた。そろそろ彼女のやる気も魔力的にも限界なのだろう。後何とかチャレンジ出来て一回っといったところか。


 昼休みに一度腹を括った。サーシャも出来ないながら自分に従って頑張ってくれた。なら、躊躇何かしていられない。


 「…………分かった。じゃあ次で本当に最後にしよう」

 「えぇー、まだやんの? もうマジでヘトヘトなんですけどぉ…………って、なんでせんせぇカーテンなんか閉めてんの?」

 「詳しくは言えないんだけど、今からやることはあまり見られたくないんだよ。ほら、サーシャもこっちおいで」


 教室内全てのカーテンを閉めたユーリは身を隠すよう、隅っこに移動し座り込む。しかし彼女は警戒した目でジーっとユーリを見つめ動かない。


 「大丈夫だって! 絶対に変なことはしないから!! 早くこっちおいで!」

 「……ま、まぁそこまで言うんならいいけど」


 そう言ってサーシャは隣にちょこんと座り込む。普段あれだけからかっている癖に今は何処かしおらしい彼女。そんな様が可愛らしくて、ユーリの口から笑みが零れた。


 「よし、じゃあさっきと同じように人差し指を立ててみて。魔力がしっかり爪先まで行き届くイメージをするんだぞ」

 「…………分かった、やってみる」


 今一度サーシャが人差し指に意識を集中させ始める。そんな中、ユーリは彼女の空いている手をそっと優しく握った。


 「えっ!? ちょっとーッ!! 急に何してんのさ!?」

 「落ち着け! これは必要なことなんだ!! 大丈夫、俺を信じろッ!!!」

 「はぁ? ウチのこと騙してえっちなことしようとしてる癖に何言ってんの!? せんせぇの嘘つき! 変態!! クソ教師!!!…………って、あれ?」


 慌てふためき、次々と罵声を飛ばしていたサーシャだがここで何かに気がついたようだ。


 それは握られているユーリの手からほんのり暖かくて優しい光が自分の方に送られていること。


 そして、もう一つ気がついたのは自分の人差し指から(ほの)かな暖かい物を感じたのだ。


 「…………ほらな、俺を信じろって言っただろ?」


 少し呆れ気味にユーリがそう言った気がするが、そんなことも耳に届かない位今起こっていることに唖然とするサーシャ。

 

 生まれた時から駄目な奴だった、何をしても無駄だった。だから頑張ることを諦めた。そんな彼女の人差し指に、か弱いながらもしっかりと熱を帯びた小さな炎が灯っていたのだ。


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