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三時限目 現実と差別

 王都ピエール=ベレ・カンプ学園…………。建国当初から存在するこの学校からは数々の著名人達が輩出され、歴史が浅いこの国に置いて未来を担う若者を育てる重要な教育施設になっている。


 ユーリが受け持つクラスはベレ・カンプ学園の分家であるベレ・カンプ女学園。そんな学園の本校舎……では無く、本校の真正面にあり現在は国の重要指定文化財になっている旧校舎…………でも無く、旧校舎の裏山、その頂上にある平屋で木造建築の建物だった。


 当学園には様々なクラス、多種多様な種族が在籍しており、その中で学力は勿論ながら魔術、剣技等、各学科に設けられている実技教科で成績最悪の生徒が集められる場所がこの建物である。三流以下のゴミクラス、通称【三年G組】と本校舎の全ての人間がそう蔑称を付けられて呼ばれていた。


 「はぁ……ったく、さっきは散々な目に遭ったなぁ」


 そんなオンボロ校舎の職員室でユーリは一人寂しく昼食を食べている。将来性の無い生徒に複数の教師は必要ないという理由で、この校舎にはユーリ以外の教師は居ない。


 初めはそんな生徒を見限るような理由に反発もしたし、俺がしっかりと指導して、本校舎の連中より好成績を取れるようなクラスにしてみせる!!! 等と息巻いていたが待ち受けていた現実は想像以上に厳しかった。


 何名か授業を聞いてくれている生徒はいる。だが、大半の生徒は馬鹿話をしていたり、窓の景色を眺めていたり、お菓子なんて物を食べていたりと勉強が出来ないを通り越して勉強なんか一切やるつもりがないのだ。


 特にレベッカ、マユ、そしてサーシャの三人組なんかはクラスを象徴する様な奴らで、鞄すら持ってこないで登校してきたり酷い時には授業中唐突に街まで遊びに行きひたすら探し回ったことまである。


 「あいつらさえ変わってくれれば、きっとクラスも良くなると思うんだけどなぁ……」


 そんなことをボヤきながら、ユーリは三人の資料を眺めながら食後のコーヒーを一口啜る。買い置きした安物の奴だが、中々良い味を出しているな…………。


 「…………あっ! せんせぇだけずるーい!! ウチもコーヒー飲みたい!」

 「ブフッ!? さ、サーシャ!?」


 そんなコーヒーを思わず噴出してしまう。ユーリしか居ないはずの職員室で何処からかサーシャの声が聞こえてきたからだ。

 口元を拭きながら慌てて彼女を探すと、男の弱点……つまりユーリが座っている机の下で体育座りしている彼女を発見した。


 「えっへっへ、ここに居ましたぁ。びっくりしたっしょ?」


 スルスルと机の下から出てきた彼女はそのままユーリの太ももに座り、勝ち誇ったようにピースサインを作った。


 「いつからそこに居たのかは分からないけど、取り敢えず退けてくれないか? 誰かに見られたらまた面倒だから」

 「まぁまぁ硬いこと言わないでさぁ…………それよりさっきから見てるコレ、もしかしてウチらの事書いてんの?」

 

 ユーリが飲んでいたコーヒーを啜り、資料を眺めながらサーシャが言った。


 「そうだよ。今お前らの過去の成績とか色々一から見直してる所だ。今後の授業に役立てるかもしれないだろ?」

 「へぇ、そっか……ってかさぁ、そんな熱心にウチらのこと調べて、もしかしてせんせぇウチらの事好きなの?」

 

 ニヤニヤとまた挑発的な笑みを浮かべながらサーシャが言った。また回答に困る質問をしてコケにする魂胆だろうが、今回は教師としての面子を守るべくビシっと言い返してやろう。


 「あぁ、好きだよ。お前達は俺の大事な生徒だからな。大好きに決まってるだろ?」

 「あっそ、何か言い方キモいね、せんせぇ」

 

 予想以上の塩対応にユーリの肩がガクっと下がる。まったく、難しいなぁ最近の子とのコミュニケーションって。


 そんなことを考えながらズレたスーツベストの袖を直し、咳払いを一つして場の空気をリセットしてから。


 「……なぁサーシャ。お願いだから真面目に授業受けてくれないか? 勉強でも魔法でも俺が全力で教えるから、な?」


 落ち着いたトーンでそう言ってみる。しかし返事は無く、彼女はただ黙って資料に目を向けているだけだ。


 「せんせぇさぁ、ウチらG組だってこと忘れてるでしょ? ここは何やっても上手く出来ないゴミ生徒の集まりなんだよ?」

 「お前達はゴミなんかじゃあない、俺の大切な生徒達だ! 今までがちょっと上手くいかなかっただけでこれから幾らでも巻き返せるさ。いいや、俺が絶対にそこまで導いてやる!」

 「いやいや、無理だって。他の皆ならまだ分からないけどさぁ…………ほら、ウチ、ダークエルフじゃん?」


 熱が篭っているユーリの言葉。そんな言葉にサーシャはもう当の昔に諦めきっている様な、そんな冷め切ったトーンで返した。

 

 ダークエルフ…………まだこの国が勇者カバジェロに運命を託している時代、魔王領で生活をしていたエルフの種族である。

 

 褐色肌と何処か冷たい印象がある銀髪が特徴の種族は、その姿形から人間達に意味嫌われる存在であり古い伝承話でも姑息な悪党として描かれている。

 

 その為魔王が討たれ、居住区が与えられた彼らは真っ先に迫害の対象にされた。自由国民権運動が起こり差別意識が無くなった今日でも頭がお堅い人間や、一般的なエルフ達から差別的な目で見られることが多い。

 

 またダークエルフは一般的なエルフよりも魔力が劣っているとされており、そんな二重苦も三重苦も抱えた彼らの若者達は次々非行に走って行き、それが社会問題にもなっているのだ。


 生まれながらにして抱えてしまった劣等感、そしてこの学園で押されたゴミ生徒という烙印。一人の勇者が命を賭して救った国で百七十年が過ぎたにも関わらず未だに残り続ける様々な差別。これらが全て現実となって襲い掛かり、まだあどけない彼女の心身を堕落させてしまったのだ。


 彼女のプロフィールを初めて見た時、この話になるのは避けられない問題だとは思っていた。しかし実際に直面してみると何を言ってあげればいいのか分からず、ユーリは教師としての未熟さに歯を食い閉めることしか出来ずにいた。


 「ま、そういうことだからさ。せんせぇも無理して頑張るの辞めたほうがいいよ。ウチら何も変われないし、変わる気もないから……あっ!」

 

 何も言えないユーリに追い討ちをかける様、サーシャが言った。そして何か閃いたのかピーンと人差し指を立て、また悪戯っぽい笑みを浮かべる。


 「ウチ、ちょっと良いこと思いついちゃったぁ。頑張り過ぎなせんせぇにウチが色々教えてあげるの!」

 「教える?…………何を?」

 「んーとね、頑張んなくても楽しくてぇ、気持ちよくなれる方法的な? あーんなこととか、こーんなこととか。ウチ、そういうの色々知ってんだよねぇ」

 「………………」

 「頑張って努力しても辛いことしかないじゃん? そんなことするよりさぁ、放課後ウチとせんせぇ二人だけで内緒のホシュー授業。どう? チョーよくない?」


 そう言って、サーシャは着崩したワイシャツの胸元を強調させてユーリに身を預けた。ワザとらしく足を組んだせいで健康的な太ももが露わになり、教師としての尊厳をとことん煽り立ててくる。


 しかし、ユーリはそんな誘惑に惑わされること無くただ無言を貫く。頭の中に思い浮かんでいる物は彼女の太ももや胸ではなく、彼女が扇動させる為に言った単語達だ。


 「放課後……二人きりで、補習授業…………!」

 「ほえ? まさか本気にしちゃったわけ? それは流石にキモいってか――」


 ユーリはサーシャの肩を勢い良く掴み、そのままクルっと自分の方に回転させる。あまりにも突然な事であったので何時も挑発的な笑みを浮かべている彼女も、狼狽の色を隠せないでいた。


 そして。


 「よしッ! やろうサーシャッ!! 今日の放課後、二人きりで誰にも内緒な補習授業ッ!!!」

 「え……ええー!! いやいや、無理無理ッ!!! ウチ、さっきのは冗談のつもりで言ったんだし!! そんなんマジでありえないし!!!!」

 

 「いいや、俺はもう腹を括った! 俺が学んできたこと全部をきっちりみっちり教え込んでやるからな!!」

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