第十七章-1 決意の先には……
「艦内の信号は完全に消滅。周辺に同機の反応なし」
「しばらくは安心か」
「大丈夫か真美?」
「信号受信の過多により受信機能損傷が甚大。活動機能並びに戦闘機能の損傷は微小」
「信号受信なんてどうでもいいんだ。もうあいつらの声なんかに耳を貸すな」
「了解……」
真美ちゃんの詮索がどこまで信用できるかはわからないが、しばらくは安心のようだ。信用と言っても嘘をついていないか心配している訳ではなく、正確に機能しているかどうかの不安であり、最早真美ちゃんを疑う気持ちは、さらさら無かった。
それよりもだ。
俺は服を乾かすために焚かれた火を前に銃の部品を取り外しながら入念に調べている男を睨みつける。
「何だ?」
「どうしてあなたがそれを持っているのですか?」
それはステラさんも同様だったようで、男が所持していた懐中時計の詮索を始めた。
「こいつか?」
男はとぼけるふりも、隠すふりもせずにそれを見せた。
それはまさしく、俺達が無くした懐中時計そのものだった。全く同じ形の別物という可能性も否定できなかったが、俺にはそうは見えなかった。
「少し前に拾った。金の宛にしようと思ったが、何故か売れなかった。こいつが、俺の復讐の為に必要な鍵ではないかと直感したからだ」
「復讐? アンドロイドにか?」
「そんな単調な物じゃない。もっと深い、根源となるものへの復讐だ」
男は懐中時計を握りしめながら俺たちに語った。
アンドロイドの復讐に哲也が身構えるが、真美ちゃんの存在は既に男の視野に無かったようだ。
「お願いします。それは私達の物なのです。返していただけないでしょうか?」
濡れた服も髪もだいぶ乾いてきたステラさんが男に返還を求める。
この男のことだから絶対に簡単には返さないだろうと予感はしていた。
「条件がある」
「やはりか。俺たちに返すため追ってきたって訳でも無さそうだからな」
「寧ろ少し前までお前たちの物だとすら思ってもいなかったさ。後をつけていたのは、お前たちの行動がやがて上層院の怒りを買うに違いない、そうすればあいつらがお前たちの前に現れるかもしれない。そう思ったからだ」
「で、そいつらに復讐を果たすと?」
「そうだ。だが、それよりも優先すべき相手に会いに行く術を、俺は見つけることが出来た」
男は懐中時計を俺たちの方に見せつける。そこから話を再開する。
「お前たちは過去から来たんだな? そして、過去へと戻ることもできる。こいつを使えば。間違いないな?」
男は俺たちに鋭い目つきで問いかける。相対する俺は尋問されているような、嘘をついた暁には首を刈られるのでは無いかと言う錯覚に襲われる。
「あぁ……。正確に言えば、ステラさんはこことはまた別の世界からだ」
「それはどうでもいい。過去にも戻れる。と言う話だな」
過去にこだわる男。その意図が何となく読めた。
「復讐しに戻るってことか」
「そういうことだ。最も復讐したい相手がそこにいるんだ。だから俺はお前たちを追いかけた。答えろ。こいつの使い方を」
元の世界へ戻る旅がこんな形で終幕するとは思ってもいなかった。このまま使い方を教えれば、男は懐中時計ごと過去に飛ばされて俺たちは戻る手段を失う。
「使い方は簡単だ。だが、どこへ行くかは正確に選べないぞ。俺もステラさんも一度全く違う場所に飛ばされてしまったからな」
「そうか。なら、その時になるまで飛び続ければいいだけだ。やり方を教えろ」
当てずっぽう戦術で来たか。懐中時計の行き先は過去、未来だけでなく、こことは違う異世界も含まれる。パターン数は数えきれない。それでもこの男の復讐心なら、例え何年かかろうとも飛び続けるだろう。
「なら、私が送ってあげます」
「ステラさん!」
「その代わり、復讐が終わったらそれを返してもらえませんか?」
「本当に指定した場所まで送ってくれるんだろうな?」
「それはあなたが信じてくれれば、くれるほど確実なものになります」
そうか。過去へ行くんだから、例の過去を見る魔法を使って、その場所までの道標をつけてくれる魔法を組み合わせることでこの男をそこまで送り出すのか。
「本当にそれで行けるのか? 嘘じゃないだろうな?」
「嘘ではないです。あなたの、ちょっと過去を覗かせてもらうことになりますが、それでも構わない、文句を言わない、気分を害さない、トラウマにならない、怨恨を残さ――」
「ステラさんの手を取ってその行きたい場所を思い浮かべればいいだけだ。移動中にトラブルが無ければ、多分同じ場所に飛ばされるはずだ」
ステラさんの契約文並に長くなりそうな説明を強制スクロールし、相手に承諾を求める。法王の時は咄嗟に動いたせいで、ワープする際どんな状態で懐中時計に触れていたのか定かではない。確実に触れていれば一緒な場所にワープされるのかと問われたらやったことがないので正確には答えられないが、ワープ先はステラさんが調整してくれるだろう。
俺たちはその手綱をしっかりと掴んでいればいいんだ。
「それに俺たちはここに来る前一度懐中時計を手放している。お前が適当に飛ばされた先でこいつを失ったらどうする気なんだ? 知らない世界で生きる羽目になるかもしれないぞ?」
それは想像以上に過酷で、旅先案内人(未来のステラさん)がいなければ俺は一日過ごし切ることさえ出来なかった。懐中時計を探すことになったときも、案内人(過去のステラさん)がいなければどこに飛ばれるか分からなかった。
この懐中時計はとてつもない神具ではあるが、同時に扱いを間違えると取り返しのつかないことになる諸刃の剣だ。
「……それが真実かどうかは行かなければ分からない」
「そりゃそうだろうな」
「なら、行き先が違った場合はどうする?」
「それはお前が想像した場所にズレが生じたら起こりうるだろ?」
「場所まで案内するのはそこの小娘だと言ったな? それなら行き先を勝手に変えることだって出来る」
このおっさんどこまでも皮肉れてるな! どんな過去があったっていうんだ!
「分かった! 分かったよ! んならお得意の俺を囮にして一緒に飛べばいいだろ?」
「ケイタさん⁉ それだとケイタさんが危険に」
「大丈夫ですから。俺は勇者様を信じてますから」
「あぁぁぁっ……もしここで失敗したら、私のせいでまた一人の命が、それも自分の手によって、イシリオル家の家紋を穢す殺戮者として私の名が刻まれて――」
「どぅどぅどぅ。落ち着いて」
確かに一回失敗してるけど、あれはほぼノーカンだ。ボールの持ち方さえ知らずに、更に普段よりも幅広のガーターがあるボーリングをしたような物だから。今回はガーター無し。そもそもボール一個分しか通らないレーンにボールを転がすだけだから必ず当たりますって。
「ふん。このままじゃいつまで経っても目的を果たせんか。それで手を打とう」
「やっとか、何でそこまでして他人を信用しないんだ?」
「お前には関係ない」
そっけない返事をしながら俺の首元に男の左腕が通る。三度目の拘束。ここまで来たらもう慣れっこだ。
「それじゃ行きたい世界を想像してください。そして私の手を取ってください」
「これでいいか」
「両手でお願いします」
「小僧、変な真似をするなよ?」
「しねえよ。寧ろ俺も触れてないと一緒に行けないんだよ」
ステラさんが懐中時計を両手で掬うように持った上で、男が両手を添えるように軽く握る。俺はどのように掴めばいいか分からなかったので両者の手を左右から抑えるように握る。
「これは――前に行った都市と似たような場所ですね。大きな施設の前にいるみたいですが、人だかりが出来ています」
「――⁉ あぁ。その先だ。内部に入るんだ」
男が困惑したのか手が微かに震えた。言い当てられたようだな。俺もそれにはびっくりしたからな。
「大勢の人が座って、アンドロイドが立っています。左右で言い合っていいる人がいて、奥には静かに座る人。それから――あれっ? この人って……」
「そこだ! そこに行かせてくれ! 出来ればその手前。建物の入り口だ」
男が叫んだ。待ち望んだものが、待望の時が来たとばかりに。
「分かりました。それじゃ行きます」
「ステラ、恵太! 無事に帰ってきてくれよ!」
「頼むぞ。リーダーの慰安もまだ済んでないからな」
哲也と由人さんが俺たちに無事の帰還を願った。
俺もステラさんもそれに静かに頷いた。
実質三度目の次元跳躍に不安はあった。
けど、今回は大丈夫な気がした。
なんせ、勇者様がついているのだから。




