第二章-2 手を差し伸べるけど……
お店の扉にはそのような残酷な一文が書かれた紙が貼り付けられていた。
どうやら紙を作る技術は確立しているらしく、地球の物と比べると材質は劣るが、書き留める物としては充分な材質をしている。流石にパソコンは無いみたいだが、しっかりとした筆跡でとても読みやすい。もっともそれが、今の惨状を生み出しているのだが。
「でも臭いはするな」
先ほどよりも強い硫黄の臭いが木々の境目から漏れているのを鼻で感じる。
恐らく中には温泉がある。けど、入れない理由は何だろう? 有毒ガスの発生か? だから臭いが漏れているのか?
「うぅっ。楽しみにしてたのに」
「でも、入れないなら仕方無いですよ。泊まれる場所にお風呂とかって取り付けられてないんですか?」
再び弱りそうになっているステラさんを何とか宥めようと俺は試みる。
「そこのお嬢さん」
拗ねた顔をする彼女に声をかけたのは俺だけでは無かった。
本来皆が使う正面扉では無く、その横にある窓から顔を出したご老体は少女に一声かける。
「はいっ⁉ あっ。もしかしてここの管理人さんですか⁉」
突然俺以外の人物から声をかけられて動揺したステラさんが顔を上げる。目的の建物から現れたことから、この温泉を取り締まっている人物だと確信したステラさんはこのまま直談判しそうな勢いで問いかける。
「左様です。失礼ながらこちらからもお伺いしてもよろしいでしょうか? その剣鞘の紋章。もしやイシリオル家の人ですか?」
ここの温泉の管理人であることを告げる。
それと引き換えにご老体はステラさんの腰につけられたベルトに括られた剣鞘を見て聞いてきた。
ステラさんの剣鞘は鏡面にもなりそうな鉄、或いは銀で出来ていて、そこには男の肖像が草、地球で言う月桂樹のような物で囲った物が彫られている。それを見て管理人はステラさんを勇者の一族であると理解したようだ。
言っては失礼ではあるがヘインスはかなり田舎だ。こんな田舎町でも理解されると言うことは、ステラさん、いやイシリオル家は相当な知名度なのは決まりだ。
「はい! 私は勇者の末裔の一人、ステラと申します!」
「ほうほう、そうでしたか! ――しかし、勇者の剣は男が受け継ぐのでは?」
「私の代は男が生まれなかったので、私が勇者になりました!」
ステラさんは管理人に堂々と勇者であると宣言する。
隣にいた俺が耳を塞ぎそうになるほど自身の溢れる声は、勇者としての誇りの顕れであると断言するに相応しかった。
その言葉を聞き入れるや否や、年季の入った皺が張りを戻したかのような笑みを浮かべ、管理人さんが請う。
「どうか私たちの町の宝を取り戻してくださいませんか⁉」
「宝? 町のか?」
「えぇ。それが無くなってしまえば、この町に未来は無いでしょう……」
管理人が宝と呼ぶ何か。それが無いと、この町には大きな打撃になると言う。
「無くなってしまえば――てことは、まだ無くなっては無いのですか?」
俺は管理人の一言が気になり問いかけた。歓喜のあまり言い違えた可能性もあるが、どうやらそれは間違いだったようだ。
「まだ、辛うじて残っております。ですが、いずれ枯渇してしまいます」
「枯渇って資源、鉱物ですか?」
「資源です。ですが、それは鉄鉱石でも石炭でもありません。私たちが守ろうとしている資源は――こちら何です」
管理人が俺たちの進行を塞いでいた扉を指差す。
その意味を俺たちはすぐさま理解する。
「温泉ですか?」
「中にご案内いたしましょう」
ステラさん待望の扉がかちゃりと言う音を立てて開いた。が、そのことに素直に喜ぶことが出来ない俺たちがいた。