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第二章 手を差し伸べるけど……

 ヘインスへは二時間かかると言われていたが、実際は三時間くらいかかった。

 その原因は土地勘の無い俺にもあったが、それ以上にステラさんの足取りが重かったのも原因だと思う。

 何度か遭遇した狼の魔物を相手にした際も風の斬撃(俺が異世界に来て狼に襲われそうになっていた時に使った剣技)で退治しようと前に出てくれたが、何発かは空振りに終わり、結局は広範囲の炎魔法を使って一掃する場面もあった。その際に「凄い炎だけど、火事にはならないの?」と尋ねたのも、もしかしたら彼女の足取りを重くする要因の一つになっていたのかもしれない。


 ステラさんはどうやら繊細な心の持ち主のようだ。それも神経質なほどの。

 どことなくアルバイトの後輩と似た感じがしていたけど、ステラさんはそれを優に超えてきた。

 考えすぎだと言えばいいのだが、そう言ってしまうと逆効果になる可能性もある。たまにいる傷つきやすい体質の人だと考えればいい。

 問題点は今の命綱が彼女だと言うことだ。

 世界事情、いや異世界事情を俺は何も知らない。

 そして何より衣食住。この世界の通貨を俺は所持していないし、尚且つこの世界で仕事をするにしてもどんな仕事があるのか理解しなくちゃいけない。

 帰る手段がすぐに見つかればいいが、恐らくそうはいかないだろう。なんせ前例が無いらしいし。


「ぉっ。あれがヘインス?」

「良かったー……着けた……」

「ほぼ一直線だったような気もしますけどね……」


 草原はかなり広かったが特に目立った地形も無く、途中からヘインスの村の裏にそびえたつ山を目印に歩いたから迷うはずは無かったのだが、あの山が目的の物じゃなかったらとか、悪しき者の幻影だったりしたらなどとステラさんはずっと不安になりながら歩いていた。

 さっきのことを未だに引きずっているのだろうか。二時間も歩けば落ち着いてくれると思ったのだが、そうもいかなかった。


 何か盛り上がれる物、慰められるものがあればいいのだろうが――異世界にカラオケや遊園地なんてものは恐らく存在しないだろう。

 ましてや目の前に現れた町、と言うよりかは村と呼ぶべき木造の家々が立ち並ぶ小さな集落に娯楽と呼べるものがあるとは思えない。期待できる物とすれば綺麗なお花畑や夜空を照らす星々位かもしれない。


「えっと、あそこに行けば大きな町、都市に行けるんですか?」

「各町には定期馬車が来てくれているはずです。だよね? だったよね……?」

「お、俺に聞かれても――とりあえず町に言って聞いてみよう!」


 異世界初日の俺に聞いても答えが出ないのはステラさんも理解しているのだろうが、どうしても自信が持てないらしい。いや、あなたが言ったんじゃないですかと言いたくなるのを抑え、俺はヘインスの町へと入ることを薦めた。


 外見から予想した通り二、三世紀、それ以上昔の生活水準がこの町には未だに定着しているようだ。

 荷車いっぱいに小麦や野菜を乗せて運ぶ人がいる。

 子供が逃げ出した鶏を追いかけまわしている。

 家(もしくは納屋?)の前には保存食にするのか天井から吊るされる野菜や肉、魚が吊るしてある。

 現在日本ではスマホの電波が届かないような田舎で無い限り見れない光景を見て、ここは異世界なんだなと再認識させられる。


 今日を、明日を生きる為に一生懸命生きようとしている人たちを眺める。


 ヒソヒソ。

 ヒソヒソ。


 その人たちが俺たちの方を見てひそひそ話をしているのが、目線と口を手に被せるようにして話す仕草で理解する。

 やっぱり俺なのかな。

 紺色のシャツにチノパンとかどこにでもいそうな安物ブランドで身を包んだ若者であっても、麻や綿などの糸を使った衣服を着用している人たちにとってはこの服は奇抜なのだろう。

 或いは――今も隣で一部曇天状態が続いているステラさんを見ているか。もしくは両方か。


「えっとどこへ行けば聞けるんでしょうか?」


 そんなステラさんに俺は問いかける。

 何故か言葉は通じるから、定期馬車と書かれた看板さえ見つかれば俺でもすぐに見つけることは出来ると思う。が、それらしい看板が見つからない。下手するとこの世界には文字と言う物が無い可能性もある。


「町の中央に行くか、それでも分からなかったら迷惑になると思いますけど、町の人に――あれ? この、匂い」

「え? 何か気になる――うっ」


 前に垂れ下がっていた銀髪が浮き、その隙間から見える瞳に僅かだが生気が戻っているような気がした。

 と同時にその理由を理解する物が嗅覚を襲う。

 鼻を突くような臭い。

 思わぬ奇襲に目元には落ちないながらも少量の涙が下瞼に溜まる。

 このにおいを例えるなら、何かが腐った。強いて言えば卵――。

 ん、てことは?


「硫黄?」


 昔理科の授業で嗅いで以降接点が無かった物質。

 それが自然界で多く含まれる場所を俺は知っている。

 その原理が異世界でも通じているとなれば、恐らくここには。


「温泉⁉ この町って温泉があるの⁉」


 その答えを適わずしてステラが導き出してくれた。


「この世界にもあるんだ――」

「ケイタさんの世界にも温泉があるんですか? ほんといいですよね、温泉!」


 元気の出る歓声を凡そ三時間ぶりに聞くことが出来た。


「ここまで歩いてくるのに汗掻きましたよね? なら先に汗を流しませんか?」


 ステラは俺の方を向いて問いかける。

 その目はさっきまで不死の魔物じゃないのかと間違えそうになる目とは打って変わって生き生きしている。

 これは恐らく――いや、もう絶対そうだろう。ステラは温泉に入りたいんだ。俺を誘っていたり、間違っても俺と一緒に入りたいなどとは思っていないだろう。


 そんな場合じゃないと思うよ、と言えば彼女は納得してくれるかもしれないが、しばらくは異世界のヒモ男になる俺が、そんなこと言えるわけがなかった。


「まぁ、ちょうどいいかもね。俺もこっちに来る前はお風呂に入る予定だったし」


 夕食を終えたらお風呂シャワーだけどに入る予定だったから丁度いいと言えば丁度いい。まさか三時間も歩く羽目になるとは思ってもいなかったけど。


「じゃ行こう! 楽しみぃー」


 ステラさんがにおいに惹かれ、ヘインスの町を横断する。


 そして件の建物を見つけた。

 他の家よりも明らかに大きなそこには『ヘインス共同温泉』という看板が正面扉に掲げられていた。この世界に文字と言う物が存在した上に、何故か俺でも読めると言う嬉しい発見があった。

 が、その発見をすぐに後悔することとなる。


『諸事情により休業させてもらっています』


「何でぇ⁉」


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