第十三章-1 助ける力を持つ者は……
「心配したぞ! ずっと帰ってこないから何かあったのか心配していたところだ」
「すみませんでした。ちょっと長湯が過ぎてしまいました」
帰ってくるや否や、作戦会議などで使われる大きな多目的ルームで咲倉さんに心配させられる。本来ならここでステラさんがこれくらいのジョークをかませればいいのだが、今の彼女はそれどころではなかった。
「……何があったかは聞かないでおこう。とりあえず今日は寝てくれ。明日からステラには色々と頑張ってもらうことに」
「あのっ! 一ついいですか! サクラさんたちは、町の近くにいる孤児たちのことをご存知ですか?」
咲倉さんが察してくれて俺たちへの言及をしてこなかった。けど、ステラさんはそれを知ってか知らずか、自らその話題をぶり返してきた。
「孤児……野盗か。山梨の方にも徒党は存在したか。それがどうしたんだ?」
「あの子達を――ここで引き取ることはできないんですか?」
「無理だ」
ステラさんが懇願したが、咲倉さんはすぐさま却下した。
「な、何で!」
「君に助けられたことは感謝する。だが、その対価取引は終わった。寧ろ今となってはあたし達の方が君たちを保護している立場だ。つまり、君たちとあたしの間には明確な上下関係があるんだ」
「! まさか、サクラさんまで」
「ステラさん。そういう意味で言っているわけではありません。咲倉さんがそうするのにはしっかりとした理由があるんです」
「理由って何ですか⁉」
ステラさんが俺に噛みつきそうな勢いで吠えた。
俺に反論することは何度かあったけど、反感を買われるのは初めてだった。それだけ、彼女にとって、この世界は歪んでいるのだろう。
「今あの子達を引き取ったとして、数日であの子達は死の淵に立たされます。食料もそうですし、何より水です。ステラさんがお風呂に入れなかった理由にある圧倒的な水不足。引き取るとなると水不足は更に深刻化します。それが原因で喧嘩に発展し、暴動に。そうなってしまえば、レジスタンス自体が崩壊しかねません」
「そんな……」
「さっきは突っぱねるようなことを言ってすまなかった。だが、これだけは言わせてくれ。あたしはここのリーダーとして、ここにいるメンバー誰一人として死なせないと言う責務がある。それを妨げるような奴が現れたなら、それを排除しなければならない。もし、ステラがあたしに相対することになったら、あたしは100%負けるだろう。それでも降参する気はない。何故かって? それが責務だからだ」
それが咲倉さんの答えだった。
ステラさんは何も言えなかった。
咲倉さんも助けてほしいと求められた人の一人。勇者に助けを求めた一人。
それなのに助けるどころか剣を向けることとなる。ステラさんがそんなことを求めている訳がなかった。
「由人さん」
「ん?」
俺は緊張の糸が張り詰めた二人の空間を離れて、由人さんに小声で話しかける。
「後で咲倉さんと話す時間をくれませんか? 実はこれ以外にももう一個問題があって、そっちのことが絡んで来てるので、異世界出身であるステラさんが正常な判断に困っていると思うんですよ」
「そうなのかい?」
「俺も会ってまだ二週間程度ですけど、純真すぎるんですよ。それが原因で人の悪意に疎くて、その結果が今日如実に現れて」
「大変だったんだな」
「それはもう。俺に関しては死にかけましたからね」
「分かった。場所は――外のほうがいいな。近くに隠し倉庫があるからそこにしよう。リーダーには先に行ってもらうように伝えておこう。俺は入り口に待っているから、恵太はあの子を何とか引き剥がして来てくれ」
「感謝します」
いいってことよ、と軽く言った由人さんは咲倉さんの元に近寄る。
そして、耳打ちで何らかの連絡をすると、咲倉さんは再びステラさんの方に向き直る。
「すまないが客人だ。他のレジスタンスからの定期連絡があるそうだからそちらに出向かなくてはならない。話は明日にでも聞こう」
「ステラさん。咲倉さんだって何とかするためにこうやって頑張っているんだ。今日はもう休もう」
「……」
ステラさんは答えてくれなかった。彼女が何の動きも見せないのを見計らい、咲倉さんと由人さんはそそくさと部屋を後にした。
「恵太さん、ステラさんのお部屋はこちらです」
「行こうステラさん」
レジスタンスの一人が俺たちの為に用意してくれた部屋に案内してくれるというので、俺はステラさんの手を引いて、連れて行く。彼女の体は軽く、糸が切れた操り人形のように、フラフラな動きをしていた。
「こちらです。相部屋になっちゃいますが、ご了承ください」
「いえ、部屋を提供して頂きありがとうございます」
部屋と言ったものの、壁の一部は頑張れば俺でもすり抜けられるほどの穴が空いていて、雨は凌げても風は凌ぐことはできない。おまけに寝具は寝袋のみ。それでも雨を凌げる上に寝具がある時点で上等なのだろう。
それに異世界だったら部屋がない夜を半分近く経験していたからな。それに、よくよく考えると部屋じゃないけどステラさんとはずっと相部屋みたいな状態だったからね。
「それでは失礼します」
「ありがとうございます」
レジスタンスの一人が部屋を後にした。彼女も今から寝るのだろうか? まぁ時間的にはもう真夜中だから寝て当たり前か。
だが、俺にはまだやるべきことがあった。
「ケイタさん」
ステラさんに呼びかけられたのはそんなときだった。
彼女は寝袋の使い方を知らないようで、その上でよく見る落ち込みポーズ(体育座り)をしていた。また例のアレだろうか?
「ケイタさんの世界は何が正しいんですか?」




