第十一章-9 手を差し伸べようとしても……
「はぁぁーっ‼ 復活しました‼」
元気な声が部屋に轟いたのはそれから二時間後だった。顔からは湯気が上がっており、服もまるで新品かのようにピカピカだった。使ったんだ洗濯システム。
時間を費やしただけあって、その治癒力は相当の物だったことが彼女の表情からよく分かる。
「ん。元気になったんですね」
「ケイタさんは寝ていたんですか?」
「う、うん。まぁ」
実際には一睡も出来ていなかった。消そうとしても消そうとしても現れる煩悩は鎮まることを知らず、結局二時間もの間悶々としてしまった。
「それじゃ行こうか」
「ケイタさんは入らないんですか? ケイタさんの世界の物と全く違った設備でしたよ!」
「そ、そうなんだね。でも、悠さんも待っていますし」
何よりステラさんが興味本位で探りを入れるのが怖いし。
「流石に二時間近く経ってしまっていますから悠さんは戻ってしまったかもしれません。ステラさん、来た道覚えてますか?」
「それなら安心してください! ある程度の時間であれば来た道を記してくれる魔法があります」
「なるほど……」
知ってますけどね。
「じゃあ行きましょうか。咲倉さんも困っているでしょうからね」
「そうですね。施しを受けた分は私が頑張らないといけませんね! あっ、でもその前に」
ステラさんが体をもじもじさせながら下を向く。
「おトイレ……行ってきてもいいですか」
「その位の時間で責める咲倉さんじゃないですから、大丈夫ですよ」
もし、それだけの時間で注意されるような熱血大佐的な人だったら、二時間も時間を潰された時点で破門される。
「分かりました。ちょっと待っていてくださいね」
そう言って俺はステラさんがお花摘みに行くのをただ見てい――た⁉
ステラさんが向かう先は入口。
そして右手には扉が二つ。
基本的に水回りは集中することが多いからお風呂の横にトイレがあると言うのは誰だって思い至る結論だ。
「あ、ステラさん。トイレは左側の扉にありますから!」
俺は咄嗟にそう説明した。後悔など与える隙も与えずに。
違和感が無かっただろうか、不自然じゃなかっただろうか、口ごもってしまっていなかっただろうか。そんなことを考えても、もう遅かった。
「じゃあこっちですか? そう、そうです!」
しかし、心配なほどに素直な彼女は疑う様子を見せずに俺の言葉を信じて左にあるトイレに向かっていった。
「た、助かった……」
本来は不安するべき所なのだが、今回ばかしはその性格のおかげで助かることが出来た。後はここから出て安全なアジトに戻るだけだ。なんせここは1000年前住んでいた俺ですら未知の世界。鎌倉時代の人が馬よりも早い道具を庶民が所持していることに驚くように、俺は驚きの連続だ。
SF、近未来と言う前知識は確かにあった。
だが、映画に出てくるのはどれも白熱したバトルや緊張感溢れる取引が主体。こんな日常生活の様を事細かに語っている映画、小説、ドラマなど見たことが無かった。
だからお風呂の場では物凄く焦ったし、トイレだって――。
「………………あっ」
難を去る為に行動してすっかり忘れていたが、あそこには確か――。
俺が大事なことに気付いた直後、トイレの扉がゆっくりと開いた。
そこから出てきたステラさんは、湯上り時よりも顔を紅潮させ、肩を震わせていた。
「ケイタさん……。ケイタさんの、世界では、あれが……」
「俺の時代には無かったからね‼」
◇
後日分かったことなのだが、俺たちが行った宿はただの宿屋では無かった。どんな宿かと言うと、その――愛を育むあれ的なお店だったそうだ。
ポリス型アンドロイドのとりあえずお風呂があって近場と言う検索の中に、あのお店が偶然ヒットしてしまったようだ。あそこならマジックミラーのシステムとか一つしか無い大きなベッドも納得がいく。
そして例のトイレシステム。あれは――その――おひとり様の、あれにも使えるそうと言う事らしい。それも男性は勿論、女性にも対応が出来る。見た目の割に柔らかい素材で出来ていたのはそれが理由だった。




