第一章-5 実力はあれど……
「これは俺の不手際が呼んだ事故だから。本当は安全な道具なんですよ、自転車は」
「はぁっ……。でも、そうですよね。馬車であっても事故が起きれば凄惨な事態に陥りますからね」
俺が盛大に転び、手首引ん剥いて、血をだらだら流す光景を一緒に眺めることとなったステラさんが悲鳴をあげる。保健室の先生も余りの怪我の仕方に呆れるのを忘れたくらいだからこうなっても仕方が無いか。
「確かに危ない所もありますけど、それ以上にお手軽さ、利便性が上回っているので若い頃の俺みたいに学生が使うことが多いんですよ」
「ケイタさん扱い方が上手ですね……。車輪の上でジャグリングや投擲を行う大道芸人を見たことがありますけど、ケイタさんの世界ではこれが当然なんですね!」
「そこまで凄い扱いになるのか⁉ それを言うならステラさんだって手を握るだけで相手がイメージしていることを理解できるなんて、俺の世界じゃあり得ないことですからね。予言者にも占い師にも未来しか見えませんからね!」
世界違えば常識も変わるとはこのことか。頑張って特訓すれば小学生になる前には乗りこなされる自転車に乗れるだけで褒め殺しされそうになるとは思ってもいなかった。
「これでも勇者の血を引いていますからね! 『シンパシー』て言われる先代が生み出した魔法の一種なんです。この魔法だけはどんなに優れた魔術師にも使えない、一子相伝の秘儀ですから!」
一方ステラさんが見せてくれた力は誰もが扱えるものじゃないらしく、勇者のみが扱える凄い力らしい。後、どうやらこの世界には魔法があるようだ。しれっと言えるほどなのだから一般常識なのだろう。
剣を扱え、魔法も編める、戦闘のエキスパート。
それはファンタジーに出てくる勇者その者だ。
「ただ、転移系の魔法はからっきしなので歩きになります。勇者も万能じゃありませんので」
それとこれとは話が別です、とステラが俺の手から抜けた右手の人差し指を左右に揺らした。
人智を超えた力があるのならばテレポート何なら次元移動、異世界転生を使えても何らおかしくはないと思うが、そこまでうまくはいかないようだ。
それでも相手のイメージしている物を正確に読み取れる能力はあって困る物では無い。人助けをしたいと言う彼女の意思には大いに貢献する代物になっているに違いない。それが彼女の勇気の表れとなっているのは間違いないだろう。
「でも、中学校の頃の思い出を見られたのは恥ずかしかったかな――俺の不注意とは言え」
「えっ?」
「物の見事にすっ転んだ場面とか誰にも見られたくないでしょ? あの時は偶然飛び出してきた猫以外に目撃者はいなかったからね。そうでなくても学校ではぐるぐる巻きの包帯で散々笑われたからね」
傘を松葉杖がわりに差し出されたり、階段を降りる際に手を貸す振りをしたり、扱いとしては怪我人と言うよりもお爺ちゃんに近かった。あの時は自身の失態に隠れる場所を探していたが、今となっては滑稽な話として場を和ませる位のネタになってくれた。
俺はそのような解釈で照れ笑いを浮かべた。
「ご、ご、ご、ご、ごめんなさぁーい‼」
そよ風が相性抜群な草原に、警報レベルの暴風の如き謝罪が飛んだ。
「えっ? え、ぇ、ぇぇ?」
俺は何故謝られたのか理解できずに同じ言葉を羅列する。
「そうですよね! 少し考えれば分かることですよね! イメージしてもらう物は相手が既知なものであって、それは即ち過去に何らかの事情で見る、聞く、話したことがあって、それを相手の許可なく記憶を探るなんてプライバシーを完全に無視していますよね! 侵害ですよね! そうであるとも知らずに私は自身の好奇心を相手の共有したい願望だと勝手にすり替えて過去を覗き見る暴挙に出てしまって――。これじゃ勇者失格です。それどころか盗み見など盗賊のようなことをしてしまった私に弁解の余地何てありません。あなたを助けると言った矢先に不幸に陥れている私の手助け何て欲しくないですよね。相手の不快な過去を読んでしまうこんな手なんてもう掴めないですよね」
お辞儀九十度の口から漏れ出る言葉は地面に勢いよくぶつかり飛び散っていく。
どこで一呼吸おいているのか気にはなるが、とりあえず止めるべきだと判断する。取り返しのつかない所まで喋ってしまった気もするが。
「落ち着いてください! 俺は別に不満があって言ったわけじゃないですからね!」
「うぅっ……手を差し伸べた人に逆に引っ張って貰うような徒労をさせてしまうなんて」
「いやいや! 事実だから! 少し恥ずかしい記憶だったけど今じゃ特に気にしてないから!」
「でも恥ずかしい記憶だったのは事実なんですよね。つり合う訳も無いですけど、お詫びに私の恥ずかしい過去を暴露で許してもら――」
「いいから! 言わなくていいから!」
勇者の過去やこの世界での幼少期の過ごし方は確かに気になるが、それ以前に女の子の恥ずかしい話だ。性的な話とかされたら対応に困るし、何よりこの異世界で今のところ唯一の頼るべき人の性癖を知りながら旅をするのはこちらとしても気まずい。
「とりあえずこの世界には便利な移動手段は特に無いんですね! なら、歩きましょう! 町はどちらにあるんですか?」
話題を強引にでも変える必要があると考えた俺はとにかく町へ向かうことを提案する。
ステラさんは町があるであろう方角を指差したが「あれ、こっちだったよね。間違ってないよね。もし間違ってたらどうしよ」と自信なさげな言葉が優柔不断な指先に伝わる。
勇者としての頼もしい彼女はどこへ行ったのやら。今目の前にいるのはただただおろおろする可愛らしい少女だった。
この時は会ってまだ数分も経たなかったから、俺は知らなかった。
彼女は本当の勇者だった。
だが、ただの勇者では無かった。
彼女は、折れやすい勇者だった。
心が。