第十一章-4 手を差し伸べようとしても……
「あそこですか?」
「ああ。すぐにわかっただろ?」
俺より少し年上位の男性が言うとおり、山梨県にある都市はすぐにわかった。
バレないようにしながら1時間近く歩くこととなったが、以外と疲労はしなかった。草原を3時間も歩いたり、重たいボウガンを扱う練習をしていたせいで体力がついたのだろうか?
そんな俺達の前に現れたのは、SF映画そのまんまの近未来型都市だった。何十階あるか分からないガラス張り超高層ビル。その合間を縫うように飛ぶ楕円形の飛行物体。ホログラムには何らかの番組だろうか? 女性がアンドロイドの紹介をしている。
「あそこに入り口があるだろ? あそこから中に入れる」
「見張りとかいないんですか?」
「監視カメラとセンサーは備わっている。不法侵入があればすぐさまアンドロイドの兵が駆けつけるだろう」
「駄目じゃないですか!」
「だけど、君たちなら大丈夫だ。これを使って中の様子を見てみるといい」
「これって、双眼鏡?」
悠さんは頷いた。少し形が違うし、何より俺たちが知っているものより遥かにコンパクトでどちらかというとゴーグルに近かった。
けど、双眼鏡だというのならばそれを信じるしか無い。俺は双眼鏡を当て、中の様子を伺った。
街の中には人以外にもアンドロイドの姿があった。アンドロイドが人間に追従している、という訳ではなく互いに共存しているような感じに見える。アンドロイドも外で遭遇した量産型と異なり、多種多彩の装飾、更には衣装を身に纏ったような外見の物もいた。外の世界とは違い、ここだけを見ればいい未来になったなと頷くことが出来る。
「気づいたか? 俺らみたいなスーツを着ている奴が一人もいないってことに」
「え? ……あっ。そういえば」
悠さんの一言を聞き、俺はもう一度辺りの、特に人間を観察する。
悠さんの言ったとおり都市にいる人間にレジスタンスと同じ、或いは類似したスーツを着ている人はいなかった。都市の人間は近未来映画に出てくるようなファッショナブルな服装が目立った。
「実はこのスーツには特徴があってね。体に隙間なくフィットするような作りになっていて、そのおかげで菌が入り込んだり汚れが皮膚に付着することも無い。だから排泄さえ気をつけてすれば、体を洗わずとも衛生的に保てて、お風呂に入らずとも清潔でいられるっていう仕組みな訳だ。……まぁ、それが欠点となって、俺達は都市に近づくだけで上層院に従っていない人間だってバレちまうんだけどな」
「となると、俺やステラさんが都市に近づいたとしても」
「まぁ変わったファッションしてる奴らが来たな程度にしか思われないだろうな」
皆が同じ服装をしている理由がここで明かされた。レジスタンスの人間は本当にギリギリな生活をしているんだな。
「俺達のサイズの服が無かったってのも、しっかり採寸しないと効果が現れないから。ってことか?」
「そういうこと。本当にピッタシじゃないと効果が無いんだ。その分それなりの羞恥心との格闘になるがな」
笑いながら悠さんは自身の股を見た。
……ま、まぁそうなりますよね。俺が咲倉さんを見てすぐ女性だと分かったのもこの服だったからだというのが理由だし。
「と言う訳で俺が案内できるのもここまでって訳だ」
「あっ!」
そんな性的な羞恥に関する問題よりも、もっと考えなければならない問題があった。悠さんの服装は先程述べたスーツ姿だった。
つまり、都市に入れるのは俺とステラさん。この世界初心者の二人だけだ。
「俺は出来る限り外にいたいが、もし敵にバレたら俺は逃げるからな」
「それならステラさんが何とか回復すれば――」
迷子予防追尾システムで元の場所に帰れることが出来るはずなので。
「それと、これはリーダーより護身用に渡しておけと」
「こ、これって⁉」
悠さんが俺に渡してきた黒光りの鉄の塊。
それを一目見た瞬間偽物でないことがわかった。
本物の、ハンドガンだ。
「昔の日本にもあったのか?」
「実物はありませんでした。銃刀法と言って危険物扱いされていましたからね。それを模倣したおもちゃなら俺も遊んだことがあるので、ある程度の使い方はわかります」
「まぁ使わない状況にならないのが一番だな」
悠さんがハンドガンとホルダー、マガジンを俺に手渡しながら笑う。
「ちなみにこれ、持っていっても怪しまれないんですか?」
「都市の外にはレジスタンス以外の人間もいます。賊、追い剥ぎと呼ばれる類がいます。そいつらから身を守る為に銃を持つことは違反とされていません」
レジスタンスに賊、追い剥ぎ。日本のはずなのにここが異国のように感じてしまう。異世界から戻ったはずなのに、また危険まみれの世界に追い込まれるなんて。
「……私のせいで……こんな……」
後ろでステラさんがボソボソ呟く。
ここまで歩いてくる際もずっとこんな調子だったので、彼女に頼るわけにはいかない。
最悪俺がこの引き金を引くことになる。アンドロイドならともかく、下手したら人間に。
魔物という存在は倒してもバチは当たらない。ゲーム脳か、或いはファンタジー小説脳でそのような感覚になっていた。
大丈夫だ。何もなければこれを使う場面には遭遇しない。
何より平常心だ。ここは都会だと思えばいい。東京だと思えばいいんだ。
「分かりました。先に戻ることがあったら咲倉さんにすぐ戻りますと言っておいてください」「出来ればそうならないようにしたいもんだけどね」
「そんなに危険何ですか?」
「脅したくはないが、事実を告げないと君たちが危ないし、何より俺たちの未来も暗くなるからね」
今まで笑い話をしていた悠さんの顔が真剣な物になる。その変化が俺を現実に引き戻す。唾を飲み、頷く。
「行こうステラさん。出来れば普通を装って貰えれば嬉しいんですが」
「命をかけて努力します……」
「かけなくていいですから……」
お風呂だけにそこまでしなくても――とは言うがこの人お風呂、温泉が何よりの人だからね。もしここが1200年前だったら、近くの銭湯か温泉地に連れて行けたのだが。今じゃ温泉地自体跡形もなく消えているだろうな。熱海とか、草津とか、別の県だけどさ。




