第十一章-3 手を差し伸べようとしても……
想定外のトラブルが、まさかの俺に降り掛かった。
反対のポケットを調べてもその姿はなく、辺りを見回してもそれらしきものはない。
「それって――どこかに落としたってことじゃないですか⁉」
「そうなる……。最後に見たのは俺がステラさんと再開した戦地だから、そこか前のアジトだな」
「まだ間に合います! 私の力を使えば目的の物までの道が分かるはずですから!」
「そうか! その力――いや、駄目だ。ステラさんの世界では製造方法が確立されていなかったけど、この世界ではとうの昔から作られているんだ。今は作られていなくても、同じ物が複数個現在に残っている可能性が高い」
ステラさんが朽ち果て壊れていた自転車を、現役で動いていた自転車と間違えて辿ってしまったように、昔作られた真のアンティークに行き着くことはありえない話ではない。
そして一番の問題はいま外に出ることが危険なのと、森の動物よりも蒐集率の高い連中が闊歩していることだ。
「くそっ。俺がもっと、もっとしっかり見ていればこんなことにはならなかったのに!」
「そんなことはありません! もし落としたのがアジトだったら、私が残りたいと言わなければこんなことにならなかったんです……」
「いや、今回ばかりは俺の落ち度だ。あれが重要なものだと知っておきながら管理体制を怠ったんだから」
「違います。私が突出しすぎたせいです。ケイタさんを元の世界に帰すと約束しておきながら他の約束をしすぎたツケが今回ってきたんです。私は戒めを受けなければなりません。お風呂に入れないのも天罰なんです。もし体を清めたければ自らの血を貯めてそれを使って穢すように洗えという天啓を今ここで成すときが」
「止めろ、ネガティブカップル」
咲倉さんの呆れた声で我に返る。俺まで悲観してどうするんだ。いや、悲観していい状況ではあるが、このままだったら負の連鎖がいつまでも断ち切れずに回ってしまっていたじゃないか。
「ステラさんの世界でも探すのが困難だったのに、まさかこの世界で落とすとはな。金属探知機があっても役には立たなそうだし」
「そこら中に鉄の残骸が落ちてるんだ。ジャンク屋ですら取るのに困らないからな」
「ジャンク屋が存在するんですか⁉ それなら余計まずいじゃないですか⁉」
「あぁ……。偵察部隊にそれらしきものがあったら確保するように伝えておく。宛にはしない方がいいけどな」
「不注意で命を落とされたら、頼んだ俺も気が重いですからね」
「気が重い関連で話があるんだが、彼女はいつ回復するんだ?」
「あぁぁぁ……」
咲倉さんが不安がるのも仕方ない。部屋の隅でうずくまる彼女という存在を見れば誰もが気が重くなるに違いない。
灰色だ。全てから置いてけぼりにされた倉庫の中の灰だ。全ての不幸と苦難を背負ったシンデレラのような灰色だ。
お風呂に入れないことと帰る手段を失ったという二連パンチが、ステラさんを廃人――いや灰人に変えてしまった。
「ステラさんの特徴というか、癖というか、難点というか……」
「どのくらいで回復できる?」
「二週間近く異世界にいたんですけど、その時も二日位引きこもった時が一回」
「時間単位じゃなくて日にち単位か……」
大きな戦力として期待していた勇者がまさかの曲者と知り、咲倉さんは唸った。
「帰る手段を探すとなると限りなく骨が折れるな……仕方ない」
彼女は何かを諦観したのか、新たなアジトの奥に入っていた。そして一分も経たないうちに何かを持って帰ってきた。
「これを持って都市に向かうといい。そこで風呂に入れる場所を探せ」
「リーダー! それは!」
「あたしたちは既に顔が割れている。一方ステラはともかく、恵太は戦闘にもほとんど参加していなかったから顔が割れていないだろう」
レジスタンスの皆が動揺している中で、咲倉さんがある物を俺に渡す。
「カード?」
「電子マネーだ。分かるか?」
「大丈夫なんですか? これって身分証明とかパスワードとかを照らし合わされたら」
「そんな物は無い。上層院は自分たちのことばかり考えている。脅威と感じる個人や集団以外はいずれ門下に下るか、朽ちるかの二択だから気にする必要性すら無いんだろう」
咲倉さんはそう言うが、俺の不安は断ち切れなかった。このカードがそもそも誰のものか分からない。幾ら入っているのかも分からない。
そんな物を渡されて、今レジスタンスが相手をしている敵の本拠地に悠々と入っていけるのか?
「このアジトがいつ襲われるか分からない。その時に勇者がただの石像だったらあたしたちが困る。あたしたちで何とかしたいところだが、限界がある。勇者を頼んだぞ。悠! 二人を山梨の方にある都市に向かわせろ。千葉の方にある都市には勇者の存在が伝わってる可能性は大いにある。道中警戒を怠るな」
こうして俺は、お風呂のために危険と隣り合わせの土地に出向くこととなった。




