第七章-3 本当に大切な物の為には……
心配以外の心情があったとすれば驚きと呆れだろう。
セイスキャンの北側は通されることが一度でもあれば、迷わずこの遺産は現状のまま残すべきだ、と提案してくるだろう。
精密機械で加工されたかのような石畳の両サイドには多くの石像が並ぶ。
それもただ並んでいる訳ではない。
丸い球体に針のような物が一周した石のオブジェ。それを抱えたローブを着た司祭。その下には小人たちが農作業をしている姿が、全て石で表現されていた。道路脇の石碑によれば『太陽の呼び手ヘイゼン12世』と書かれている。
どうやら法王、ヘイゼンの12代目が起こした奇跡の出来事を後世に残すために絵画ではなく彫刻と言う時間のかかる手法を取ったようだ。
3Dプリンターも無いこの異世界に、幅約10メートル、奥行きも大体10メートル近くの彫刻を作ったことには素直に感服するしかない。
しかもそれが一つではない。
10メートルの一区画が終ればまた別の作品が。
後ろを振り向けばまた別の作品が。
奥を見ればそんな作品が外壁までずらっと。
ここは聖域であると同時に先代たちの栄光を讃えるミュージアム、博物館の役目も兼ね備えていた。
その細かさと言えば小人として表現されている市民の指先が鉛筆よりも僅かに太い程度であり、これを作るのに職人たちがどれだけ慎重だったかが、見ている俺にもひしひし伝わってくる。
これは素晴らしい物だ。
それと同時にこれは酷い物だと思う一面も見せている。
あまりに多い警備の数だ。一作品に最低一人。外壁の上部分にも米粒程度の人が歩いているのが分かり、木陰に隠れて寝ている奴がいたことを俺は見逃しはしなかった。
これだけの兵が各地の門に分散されていれば、外壁が壊されることも、怪我人が出ることも、家が倒壊することも無かったのではないのだろうか?
目の前にいる杖をついて歩くご老体。何代目かは知らないヘイゼン法王の逸話、作り話は一体何になるのだろうか?
そうこうしているうちに目的の場所に着いた。いや、着いていた。
旧と言う前置きがあったのに、俺は見事騙されることとなった。
そこには黒ずみ一つない、蔓一本生えていない。ネズミどころか隙間風ですら通り道を探すのに苦労する、昨日造りましたと言わんばかりの教会が立っていた。
正面扉を開ける騎士。その動作には何の苦も無く、ガタや重厚などと言う抵抗を一切感じさせない。
「今灯りを付けます」
騎士は入り口付近にあった燭台に火を灯す。驚いたことにその火の元は手のひらから出ている火だった。こいつも魔法を使えたのか。
仄かな灯りが教会を内側から照らす。そこは俺がよく知る教会に似ていて、長椅子が中央に分断んされ左右に伸び、中央のカーペットを進んでいくと教室にある教壇みたいなものが備わっていた。
「例の物はこの更に奥、法王しか入ることが許されていない間にあります。少しお待ちいただけますでしょうか?」
「お足元が暗いでしょう。お供致します」
「うむ」
それだけ言い残して法王と騎士は奥へと引っ込んでいった。
…………。
「どう考えても嘘だろ」
「どうしてそう思うんですか?」
「さっき法王しか入れないとか言ってたのにあの騎士堂々とついて行ったぞ?」
「そ、それは――お供ならいいのではないでしょうか?」
「何だ、その緩い掟は」
口だけのルールは結局口だけ。そもそもルールをきっちり守っている場所なら伝えたり、書いていたりもしない。それが当たり前になっているからな。
「とりあえず周りを警戒した方が」
「あっ。戻ってきましたよ?」
「何っ⁉」
早いなおい! そんなに狭いのか神具の置き場、だっけ?
「こちらでございます」
そう言って騎士が持ってきたのは、一つの懐中時計だった。
この世界では時計と言う物を見たことが無い。それは懐中時計だけに限らず、置時計も見たことが無い。
それなのに、俺の目の前には紛れも無い懐中時計があった。銀の蓋で閉じることが出来、銀のチェーンが繋げられている中には三本兄弟の針。秒針すら備わっているからかなり緻密な機構が備わっていると思われる。
が、どう見ても動いていない。これだけ感想を述べても秒針すら傾いた形跡がない。
「これが神具――ですか?」
「その通りです勇者様。過去にこの神具を使い、別の世界に帰った者がいると言う話です」
「こんな懐中時計で帰れるのかよ……」
古代の遺物を想定していたら現れたのが古代の産物が出てくるとは思ってもいなかった。
「懐中時計って言うんですかこれ?」
「俺の世界にもあるにはあるんだが、これで異世界に飛んだ奴なんか聞いたことが無いんだが」
神隠しにあった人がもしかしたら昔にはいたのかもしれないけど――もう異世界旅行している俺にはそんな奴いねえよと、否定することはできなかった。
「言い伝えによれば、これを渡された異世界からの来訪者は、法王たちの前から突然姿を消したと言います。この神具と共に」
「ちょっと待ってくれ。一緒に消えたなら何故ここにあるんだ? 来訪者と一緒にどこかに行ってしまったんだろ?」
「ある日戻ってきていたのです」
「は?」
「言い伝えでは来訪者が元の世界に戻ってから約四十年位経った後、いつの間にか元の場所に戻っていたと伝えられています
来訪者が命を全うするまで見届け、戻ってきたのでしょう」
うーん。全うなことを言っている気がするけど、どこか胡散臭いな。言葉に詰まりは無いが、法王たるもの普段から喋りなれてる可能性だって高い。
「しかし、肝心の使い方が私達には分かりかねません。異世界の出身である、あなたならきっと分かっているのではないのかと」
「んなこと言われてもな。これはそんな使い方をするもんじゃないし。そもそもこれは壊れているだろ?」
「遥か昔に一度役目を終えたのでしょう。しかし、私は感じております。これこそ私が起こすべき奇跡なのだと」
俺を元の世界に戻すことができれば、その光景を元に彫刻が造られる。その為にも俺を戻す。そうすれば勇者の枷(俺)と決めつけている部分が外れる。良いとこ尽くしって訳だが、そんなに上手くいく、とでも思っているのだろうか?
「くだらない」
俺は一蹴した。




