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第七章 本当に大切な物の為には……

 背中が妙に痛い。

 手首も妙に痛い。

 後、冷たいも感じる。主に背中に。


「うっ……」


 その理由を確かめるには触覚だけでは頼りにならない。

 目を開け、徐々に周囲の状況を理解する。

 ランプの灯りに照らされた周囲は石でできている。セイスキャン特有の家々と違い、温かみは無い。

 その寒気を増幅させるように、俺の前には暗い闇が広がる。そんなに短い間寝た覚えはないのに、未だに夜なのか?


「はっ! ここって!」


 俺はしっかりと寝ていた。いや、眠らされていた。

 目の前に広がる暗闇。それを縞状に彩る鈍色の存在に気付いた瞬間、思考が一気に冴えた。それはどう見ても鉄格子だ。

 その場から立ち上がり、鉄格子がどうにかならないか確かめようとした。

 した。けど、できない。

 手首の痛みはそこではっきりする。後ろ手にロープで強く絞められている。

 謎の睡魔。手首を絞めるロープ。鉄格子。幽閉。

 圧倒的な悪意の連続は、俺が昨夜誰かに襲われたと言う判断に至るには十分な答えとなった。


「おい! どういうことだ! 何が目的だ!」


 俺は声を張り上げて大声で叫ぶ。

 その声は反響し、俺の耳元に何度も舞い戻ってくる。どうやらそこまで大きくないようだ。


「だ、だれ、だ?」


 叫びの木霊に紛れ、聞き逃しそうになるほどの弱弱しい言葉を、俺は耳にする。


「誰ですか⁉」


 鉄格子に体を近づけ、辺りを見回す。

 暗い世界を照らすランプの灯りはここにいる人間に十分な値を示しているかの弱弱しい。心許ない光の中で、ようやく声の発生源らしき人を見つける。


「あなたは――西門に住んでいる人?」

「そうですが……あ、あなたは確か、勇者様と」


 俺が閉じ込められている牢屋の真向かい。同じ作りの部屋の中で、俺は見知った顔を見つける。

 昨日(太陽が見えないが恐らくもう昨日になっているだろう)西門でステラさんを連れ戻そうとした騎士に粛清を言い渡された男だ。予定されていた通り午後に彼の家に騎士、或いは騎士の部下たちが訪れ、彼を粛清するためにここへと連れてきたのだろう。

 彼は俺と同じで手を縛られているのか両手を前に出すことができない。

 そのせいで、顔にできた酷い青あざを隠すことなく露わにしている。


「もしかして、勇者様が捕まってしまって?」

「いえ、ここを見る限りでは俺だけです」

「何てことだ……俺たちを救って下さった人ですら、地下牢に閉じ込めるなど。神はもう我々を見捨てたのでしょうか?」


 痣に涙がつうーっと流れる。

 その痛々しい姿に目を反らしたくなるが、ぐっと堪え、必要な情報を得ようと試みる。


「地下牢ってどこのですか?」

「セイスキャン中央聖堂のです。『浄化を待つ人たちの待機所』などと称されていますが、実際はただの牢獄に過ぎません」


 浄化。粛清。

 綺麗な言葉に裏にはただの虐待が待っている。その答えが、俺の目の前にある。

 そして、次の番は――


「騒がしいと思ったら、お目覚めですか?」


 そこに俺たちの声とはまるで違う生き生きと、違う悠々とした声が鳴り響く。

「ひっ」と言う小さな声を漏らして牢屋の男は小さくうずくまってしまった。

 俺はその存在を確かめる為に、縛られていない両足で立ち上がり正体を露わにするまで待つ。

 ランプの灯りが届く範囲内で何かが反射されるのが分かった。それはピカピカに磨かれた鉄製の甲冑だった。

 昨日見た騎士、とは別人だ。胸の辺りに紋章が無いことから地位的には奴よりは下と見える。


「どういう意味だ! 俺をこんな所に閉じ込めて!」

「奇怪な恰好をした異端児が煩いですね。あなたは勇者様を偽った騙した罪で今投獄されているのですよ」

「騙しただと?」

「あなたは自分の願いを叶える為に勇者と一緒に世界を旅すると言う希望の元、唯一無二の勇者様を掌握し、思うがままに動かしているそうではありませんか」


 何だその勝手な解釈。若干的を射ているが、それには大きな違いがある。


「思うがままに動かしている訳じゃない! そんなの言いがかりだ!」

「勇者様に宗教都市セイスキャンを捨て、次の都市に向かうように提案したのは紛れもないあなたです。間違ってはいませんよね?」

「何故それを?」


 いや、分かるか。俺はあの日宿屋で何者か、法王の指揮下の誰かに襲われたんだ。俺が部屋に戻る瞬間を見計らっていたのなら、施錠もできない部屋の会話内容など筒抜けになっていても仕方ない。

 けど、俺がここを出ると決めたのはそれよりも前であり、宿を決めたのはそれよりも更に前だ。どこで俺たちの行動がばれたんだ?


「ここは宗教都市です。優秀な教徒たちが大勢いらっしゃいます。その中から教えに背く異端者を見たと言う噂を耳にしましてね」

「その教えってのは『勇者様は銅像のように北に突っ立たせてろ』ってことか? そのためには市民はどれだけ犠牲になろうとも構わないと?」


 俺の反論に騎士は答えない。答えられないのか。答える必要が無いのか。

 代わりに俺がどんな目に遭うかを予言するかのように牢屋の男が震えている。


「分かりました。ではこれよりあなたに真の道を導くために粛清を」

「待て。その男をまだ出すな」


 騎士が牢屋に取り付けられた錆だらけの鉄扉のかんぬき(ここでも鍵は使われていないのか)を外そうとしたのを止める者が現れた。


「お前は――あの時西門に来ていた!」

「お久しぶりです。昨日の件につきましては私たちの大切な教徒たちをお守り頂きありがとうございました。是非とも賛美歌の元祝杯をあげたい所ですが、このような地獄に近い薄暗い場は相応しくありませんね」

「この場に招待したのはお前、いやお前の上司と言える人物だろ?」

「じょうし? 果て、何のことやら」


 誤魔化しているのか、もしくは上司と言う扱いがそもそもこの世界には無いのか。どちらにしろ今の俺にそいつと会う機会は与えられないのだろう。


「話は戻りますがここはお話の場に相応しくありません。法王様があなたとお話の場を設けております。そちらまでご同行お願いできますか?」

「何だと?」


 あたかもそんな俺の心情を汲んだかのように誘ってきた。

 罠か?


「お伝えは致しました。ご同行を願いますか?」


 相手の親玉と直接話ができる訳か。なら言いたいことを直接言うしかない。セイスキャンで今まで会ってきた市民の代弁をするのなら、俺は喜んで醜悪クレーマーになろう。


「良いだろう。直接その真意を話させてもらうさ」

「では、こちらに」


 騎士の顔に笑みが零れる。閂から耳障りな摩擦音が響き、扉が開いた。

 俺が外に出るともう一人の騎士が俺の後ろにつくようにすぐさま位置をずらす。逃げられないようにする為か。


「ご足労をおかけしますが、そのままで歩いていただけませんでしょうか?」


 ロープを外す気はさらさらないんだな。最低級のおもてなしだが、外に出られる以上文句は言えない。


「頼む! 出してくれ! 許してくれ!」


 後ろでは牢屋の男が体を鉄格子に打ち付けて訴えていた。

 その姿を見ていたのは俺だけだった。ここにいるのなら教徒であろう二人には、市民の助けを求める声なんぞ一切聞こえてはいないようだった。

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