第六章-4 求める為に必要な物は……
「ロドリゲス法王は歴史を重んじる方ですわ。そして、言い方を変えれば今よりも昔が良ければそれでいいと言うお方なのです」
先程会ったばかりなのにハーディさんは負傷した二人の怪我の手当てを快く買って出てくれた。そしてよっぽど口にしたかったのか、アノンさん(腕を負傷した傭兵)が愚痴を零したのを皮切りにハーディさんも好き放題言い始めた。
宗教都市セイスキャンは北にセイスキャン中央大聖堂が位置し、東西南にはそれぞれ小さな教会を中心に住居が所狭しと建ち並んでいる。一方で北側には住居と呼ばれるものが無い。
そこには歴代の法王の像が立ち並び、法典をしたためた石碑が庭園を訪れる王族の案内人であるかのように先へ先へと続いている。
それら多くの芸術品はほぼ毎週手入れが為されている、傷どころか汚れ一つ存在しない。現王ロドリゲス法王に関してはそれの度が過ぎている。
そんな最中に増え始めた魔物の襲撃。そこでまず現セイスキャン宗教都市のトップであるロドリゲス法王が取った策は兵力の増強だった。
しかい、ここで現王の悪い部分が露見してしまう。
歴史を重んじるあまり、何の住居区も無い北に兵力を割き、その他三方に関しては僅かな兵力を一日ごとに回しているという。
アノンさんは悪く言えば最悪な日に西の番が当たったと言う訳だ。
「あの……何となく予感はするんですが、粛清って言うのは」
「法王の意思に背くことは神に背いたことと同じです。法王に神に従うと誓わせるのでしょう」
「手段は。断罪だろうがな」
予想通りのやり方に眩暈する。
「もし、勇者様が西門の担当だったら。こんなことにはならなかっただろうに……」
「勇者様が来ているの?」
「僕たちと一緒にいた女性が現勇者であるステラさんです」
「あの子が? ――もしかしてバゼラの革が普段より多かったのは勇者様がいたおかげですか?」
「今ならバゼラどころか蠅ですら勇者を起用するに違いない。北の遺産を残す為なら法王は一生勇者を北に留めることだろう」
法王にとって勇者と言うこの上ない防壁は魔物と言う汚物を払いのける掃除道具でしかない。
彼女は塵一つ無いと思われる場所をただただ掃除させられる。その横でどんなに穢れようとも壊れようとも関することを許されない。
困っている人を助けたいそんな願いを許そうともしない。
エリートサラリーマンをただの掃除係に任命する采配の無さには経営学を知らぬ者でさえも呆れさせる力を持っていた。
「こんなことを言ったら傭兵であるアノンんさんに失礼ですし、勇者様にも申し訳無いのですが、私としてはこれで雇う傭兵を減らしてくだされば、もっと教会の維持費に予算を割いてくれるのでは無いかと考えてしまいます。
修繕すれば綻びは直ります。ですが、色褪せや何より劣化は防ぎようがありません。見栄えが悪い物と神聖味がどうしても失われてしまい、法王のせいで落ちてしまった信仰心が更に薄れてしまいます」
「今、後ろの方で作ってらっしゃるのはもしかして?」
「先ほど頂いたバゼラの革で作られるカーペットですわ」
「でも、維持費は」
「無償ですわ。司祭様は法王の手前、改善する余地がありません。それなら、私から動くしかありません」
その強い意思が瞳に宿っていたのを俺は感じた。
自身の仕事にケチをつけられているような物なのにアノンさんですら、それに大きく頷いている。
この国の法王に不満を持っている。
けど、それに歯向かうことは出来ない。
そうすればアノンさんは職を失い、ハーディさんは住む場所を失ってしまう。
アノンさんの場合はまた新たな仕事を探すことも可能だろうが、ハーディさんはそうもいかない。
お店を畳むにしてもお金が必要になるし、何より従業員を解雇するという苦渋の決断を行う羽目となる。そして、新天地を目指すにしてもこの世界で設備を整えることも人を雇うことも簡単ではない。
何より、そこが自身の事業に適した地であるかどうかすら分からない。
「ケイタよ。勇者は何故この土地に来たんだ?」
「え?」
「君は――どこの出身かはよく分からないが、勇者と顔見知りのようだったからな」
俺の名前を知っていて親しくしている以上、何らかの関係を持っているのは誰にでも察することは容易に出来た。
「それなんですけど……」
俺はどう説明するか悩んだ。有り体のままを伝えればいいのだが、ステラさんやマグウィードさんのようにすんなり受け入れてくれるかは分からない。そもそもあの二人だったからすぐに受け入れてくれたと俺は思っている。
異世界の光景を実際に見たステラさんや、異世界に興味があったマグウィードさんだったからこそあんなすんなりと受け入れたのだから。
「俺の依頼は途方も無い依頼なんです。どこに求めている物があるのかも分からない漠然とした旅で、セイスキャンに立ち寄ったのは大きな都市だから何かヒントが無いかとステラさんが提案してくれたんです」
考えた末に俺は異世界から来たことを伏せてここに来た理由を述べた。大まかな部分は当たっているから、プライバシーを尊重してくれる大人なら、これ以上深入りはしてこないと思われる。
「それと勇者様が法王の手伝いについているのは何か関係があるのか?」
「先ほど言った通り俺の依頼は長引きそうで、先が見えません。ステラさんにその間俺一人にかかりっきりになって貰うと――勇者としての彼女の存在意義を阻害してしまいかねない。そう思った俺から、そのことは出来るだけ自分で調べるから、ステラさんはその間いつも通りに困っている人を助けてくださいと告げたんです。セイスキャンを訪れる前に、マグウィードさん。俺の商業の師にあたる人からセイスキャンは傭兵や武器を集めていると聞かされてまして。ステラさんはそこから、セイスキャンで何か良からぬことが起きているのだと察して、自身から名乗り出たんだと思います。ですが、」
「思い通りの内容では無かったと」
俺の予想をアレンさんが引き継いだ。




