第六章-3 求める為に必要な物は……
代わりに俺に気付いたのはゴブリンを追っていた兵だった。
兵は剣を握った拳を高々と天に突き上げた。
俺はそれにお返しとばかりにボウガンを携えた右手を天に突き上げた。
そこからは一瞬だった。先ほどの動きが嘘のように緩慢になったウルフたちを兵が圧倒し、物の数秒で残り全てを片してしまった。
俺は急いで図書館を出て兵の元へと駆け寄る。
「恩に着る少年よ! 奴の統制を崩すのを第一に考えていたが、何分人手不足だったからな。おい、大丈夫か⁉」
「うっ、足が、足が!」
「命があるだけましだと思え、少し痛むぞ?」
そう言い放つと右足を負傷した兵のまたら辺を布で強く締め付けた。止血したのだろう。
「あなたも怪我が」
「大したことは無い。ここは腐っても宗教都市だ。僧侶はいっぱいいるからこの位何とでもしてくれるさ」
手からいまだに血が垂れているというのに、すごいタフな人だな。
「でも何でたった二人しかいないんですか? 確か傭兵をすごい雇っているって聞いたんですけど。ステラさんも今日から配備されているはずなのに」
「ステラ、と言うのは君の知り合いか?」
「はい。イシリオルの一族何ですけど」
「勇者が配備されたのか⁉ それでこの待遇か……」
兵の人が苦々しい顔をして舌打ちした。
待遇。マグウィードさんやハーディさんが芳しくない返事をしたのと相まって嫌な予感がしてならなかった。
「はぁはぁ、ここら辺ですね! 大丈夫ですか⁉」
「ステラさん⁉」
頭の中で不吉な予感を漂わせていると、聞き覚えのある声が耳に届いた。息を切らして走ってきたステラさんがいた。
「あれはイシリオル家の紋章! 本当に勇者様がいらしていたのか⁉」
その姿を見た兵も驚愕していた。
「しかし、彼女の担当は西ではなかったはず。そして他の担当も違うとすれば、恐らく彼女の担当は……」
が、その表情はすぐに曇ってしまう。
担当がどうこうという話が出て来ていたが一体?
「ケイタさん⁉ どうしてここに」
「ここから魔物が侵入してきていたんだ。俺は途中で気付いて参戦したんだが、被害が出てしまった」
足を負傷した兵。引き裂かれたスカート。一部壊された門。死者が出ていないのが幸いと言える。
「大変! 今すぐ手当をしますね!」
ステラさんはすぐさま怪我人の元に近寄って治癒を開始する。
「勇者よ! どこにいる!」
彼女が頑張ろうとした矢先に勇者を呼ぶ声と蹄が地面を蹴る音が鳴り響く。
声の主らしき騎士はステラさんが走ってきた場所から馬に乗って現れた。体は鎧で固められ、胸の辺りにはセイスキャンの象徴である鳩らしき鳥が象られた勲章のような物をつけていた。俺と共闘した兵と比べるまでも無く地位が高いことが分かる。
「ここにいたか。ここはあなたの担当区域ではありません。今すぐ北区にお戻りになられてください」
「どうしてですか⁉ ここはまだ襲撃されたばかり何ですよ⁉ また攻め込まれたら誰が守ればいいんですか⁉」
「ここには担当の者がいる。その者たちに任せて北区の警備に集中して貰えば」
「この人にまだ戦えと言うのですか⁉」
ステラさんが異議を申し立てた。
彼女がここまで声を荒げて反抗するのは珍しい。俺が今まで見た中では山賊と対峙した時以来だ。
「言っておくがこれは懇願ではない。命令だ。志願してきたのは勇者、お前の方だぞ。報酬も他の兵より多めに出るのだから、従わなければ困るのはお前の方なんだぞ」
「っ。そ、そうでしたね。私の方から頼んだのですから」
鋭いバラの棘のような言葉を投げつけたステラさんがいきなりしおれはじめる。
その姿には見覚えがあった。これは弱みを握られた時だ。
「勇者様! どうか私たちの地区をお助けください!」
「妻が怪我をしたんです! これ以上誰かが怪我をするのを見たくないんです!」
「儂の家は魔物に壊されてからずっとそのまま何です。財力の無い儂にはどうすることもできず、国は何もしてくれないのです!」
そんな勇者を激励するかのように家に立てこもっていた人たちが窓から勇者に助けを請いてきた。その中には家と呼ぶのも憚れる瓦礫の中から懇願する老師もいた。
「安心しなさい。あなたたちには法王様の加護がある。どれだけ攻め込まれようとあなたたちには何も」
「何が加護だ、このやろう!」
パリン!
騎士の鎧に花瓶が激突した。もう少し上向きに投げていたら顔面に直撃していたに違いない。
いや、もしかしたらそれを狙っていたのかもしれない。
騎士は馬の上から花瓶が飛んできた方向に顔を向ける。
その家はついさっき女性がウルフに襲われて辛うじて逃げ込むことができた家だった。
「何か悪い物が憑りついているようですね。午後からそちらのお家にお伺いいたします。粛清をなさいましょう」
騎士が怒りを見せることなく静かに唱えた。
しかし、内に秘めた冷たい怒りの炎は一切隠れることをせず、窓の向こう側にいる男を凍りつかせる。
「さぁ。まだ仕事は終わっていませんよ、勇者よ。担当の場所へ戻りましょう」
騎士は丁重に、それでいて抵抗できない口調でステラさんについてくるように命じる。ステラさんはただそれに従うほか無いかのように、とぼとぼと歩く。
その光景に悲惨めいた空気が辺りを漂う。
「くそっ! 何だあの言い草は!」
地面を叩いたのは兵の一人だった。
「雇われた身としてあれじゃかわいそうだろうが! 何が何でただの見回りにあんな兵力を割くんだ!」
肩の血の止血が終わってもいないのに肩を振り下ろし、そのたびに出来上がる血痕の花火が痛々しい。
「落ち着いてください! 今は止血をしないと」
「ん。そうだったな……取り乱した」
落ち着きを取り戻した兵(いや、雇われたと言っていたから傭兵か)を近くの教会へと連れて行って手当をして貰おうと提案する。
「いや、教会は駄目だ。あいつらは法王の傀儡でしかない」
「どういうことですか? とにかく他で、頼む」
「他って言われても……そうだ! あの人なら!」
俺と傭兵が足を止血させた傭兵(こちらも雇われた身だった)に肩を貸して歩きだした。
「あの人たちが言う所の任務放棄ですけど、大丈夫何ですか?」
「いいさ。そんなの、どうだって」
傭兵はきっぱりとボイコットを申し出た。




