表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/253

第一章 実力はあれど……

「……どういうことだ」


 俺は来世に来てしまったのだろうか?

 にしては声が望月恵太。記憶が望月恵太。体つきも望月恵太っぽいし、そもそも着ている服にも凄い見覚えがある。

 となると俺は死んでいないのか?

 あれだけの高さを落下しておきながら、俺は生きていたのか? マンション五階相当だぞ? なのに骨折どころか怪我も、擦り傷も無い。


「落ちる場所が良かったのか。もしあの岩の上に落ちていたら大変だっただろうし」


 視線の先には車並みに大きな岩が転がっている。

 どこまでも続きそうな草原に一つだけポツリと置かれた、それは祭壇のような神秘さを醸し出している。もし、そこに落ちていたら神様のお膝元に直通だっただろう。いやー、柔らかい草の上に落ちて良かった良かった。


 …………。


「どこだよここ⁉」


 何でマンションの一階が大草原なんだ⁉ 一階にあった部屋はどうなった! 駐車場はどこへ⁉ そもそもこの広大な草原はマンションの区画だけじゃ収まらない!

 もしやここは死後の世界か? 三途の川みたいな世界がここなのか? 地獄と言うよりかは天国に近いけど。


 救われたと思ったのは束の間で、まずここがどこか分からなくなり、それが巡り巡って最終的に救われていないと言う結果をもたらす。

 頬を撫でるそよ風は優しく、新芽の匂いは心を落ち着かせる。

 生き辛い世界だとメディアが煽り、若者たちが過大に悩む日本っぽくない、優しい世界。ここが死後の世界だとはどうしても思えない。

 心のどこかで「まだ助かっている」「俺は死んでいない」と現実逃避し、明るい結末に縋り付きたかったのだろう。


「ぐぅぅぅうる」


 それを引き裂くような呻き声が後方から聞こえた瞬間、俺は危機感を覚えた。

 振り向いた先にはどう考えても現代日本にいる訳がない存在がそこにはいた。


「お。狼⁉」


 俺が上京していた場所はそこそこ都会だった。そんな所に狼が出没したとなれば全国ニュースになるに違いない。スマホで撮って『狼ナウ。絶望』とか投稿したらバズりそうだけど、今はそんなこと言ってる場合じゃない!

 狼一匹でも対峙した時点でやばい。熊に死んだふりは効かないのは聞いたことがある。

 じゃあ狼には何が効かないのか?

 …………。

 問われてもそもそも何が効くのかすら分からねえ!


「お、落ち着こうか? ここは日本じゃないんだな? なら地獄か? となるとお前はあれか? ケルベロスって奴か? あれ? オルトロスだっけ? そんな犬っぽい奴いたような――あ、犬じゃないですよね! 狼でしたね! だからそんなに怖そうな顔をしないでください!」


 犬を宥めるように腰を屈め、視線を同じ位置にして語りかける。が、そもそも相手はそこらの人に飼いならされてしまった犬と同系統ではある物の育ちが違う狼。犬と勘違いされてご立腹されてしまうのもよく分かる。まぁそれよりも言葉が通じていない気がするのも重々分かっている。

 ている。


 黒い波が俺に向かってじりじりと迫ってくる。

 いきのいい獲物がいることに高揚し、鼻息が荒くなっている。

 まさか死んでからも死にそうな思いをするなんて。

 こんな時に頼れる人。マタギみたいな人がいてくれれば……。どこからか目前に迫る脅威を払ってくれる銃声を届けてくれないだろうか!


 俺の声が、ネットもWi-Fiも、そもそも電子機器とも無縁な草原に木霊する。


「伏せてください!」


 そこに俺の物とも、ましてや狼が紡げるとも思えない声が響いた。

 こんな所に誰が? ――一体何が。

 と思案したのは僅か数秒。

 言葉の意味、そして何より先ほどの狼と比べ物にならない気配が訪れていることに、俺は言われた通りに両手で頭を守るように地面に伏せた。


 刹那。

 ゴゥッと言う音と共に頭上を何かが通り過ぎる。

 視線は突っ伏した拍子で地面に向けられている為、何が飛んで行ったのかは視覚で理解することは出来ない。

 けど、肌ではそれらしき何かを感じ取ることが出来た。

 風だ。強い風が通り過ぎた。髪の毛がそのまま抜けて飛んで行ってしまうのでは無いかと思うほどの突風。それが俺の頭上を通り過ぎた。

 続いて耳をつんざく悲鳴。

 それが狼の物であることは鳴き声で理解した。

 俺は恐る恐る、顔を上げる。見たくは無かったけど、何が起きているのか知りたい好奇心に近い物が勝った。


「うっ……」


 結果、吐きそうな思いをした。

 狼の体がそれぞれ場所は違えど、どこかで真っ二つにされていた。

 鋭利な何か、恐らく先ほどの風が狼に襲い掛かった結果がこれだったらしく、もし伏せる行動が遅れていたら俺もこのように内臓を外気に晒すことになっていたのだろうか?


「大丈夫ですか? 怪我していませんか⁉」


 遅れてきた不快な臭いに顔をしかめていると、先程俺に指示をしてきた声が後ろから聞こえてきた。

 体を起こし立ち上がり、声の主の方に向き直った。


 そこには一人の少女が立っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ