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第四十章ー4 変えようとするなら……

「それは……」

「私が頼りなかったのですか? 姉さんの後ろを引っ付いて行くだけの何もできない私が」

「そんなことは……」


 テンペス様が答えに悩んでしまう。その一拍は相手が察するには十分な時間があり、その行為はあまりよろしくなかった。

 が、俺がそれを告げる訳にもいかなかった。一部外者である俺にはそれを告げる権限はない。この問題は、二人の確執なのだから。


「ネシア。あなたは忘れたのかしら。何故私たち精霊が新しい世界を目指したのか」

「……」


  今まで好戦的だったネシア様が一気に押し黙る。変化を確認したテンペス様はここぞと言わんばかりに、それでも責め立てること無く、優しく声をかける。


「精霊と共にしてきた人たちが、やがて精霊を利用し始めたことを。使役、奴隷、最後には燃料としか扱わない人物さえ現れたのを」

「そんな過去があったんですか」

「私の管理不足よ。合うと思って引き合わせた結果がこれ。前の世界ではパワハラモラハラを訴えることができる場所なんてどこにも無かったのよ」


  一人で全てを見通すことの限界。それがレンヂアを四国に分けたり理由か。

  だが、それだけでは不足だったのが彼女の行動で理解できた。


「精霊たちが人の欲に駆られて利用されたのは本当に辛かったわ。けど、それ以上に堪えがたかったのは、妹が毒牙にかかったことよ」

「妹……」


  全員や視線が否応なしにネシア様に向き、釘に打ち付けられたように固定される。


「彼女に声をかけてきた人物は大手の金融――と言う名のその業界では第二位の闇金貸付業者だったわ」

「どこにでもいますね」

「三大欲求の上位互換とは、よくいったものね」


  テンペス様は冗談を口にするが、その顔は笑っていない。自身の不備で妹が利用されたのだから。


「あれは私が何も知らなかったから悪かったんだ! 私は、姉様のようにしっかりしていないから……一人の、一家族の、一団体の!」

「ネシア!」

「だから、私はずっと影に隠れた。私の力は、人を狂わせる! 今回も……」


  あの時のジャミーは、口煩くとも正しい答えを教え続けた俺の姿だった。ジャミーの誘いに、何の疑いも持っていなかったに違いない。だからこそやらかした問題。

  営業の妨害。無駄な検察。監視カメラの抑制はできたものの、回りの目は誤魔化せない。どこかでその光景が目撃され、噂となり、メディア、SNSを騒がせることになっている可能性も否定できない。


「大丈夫よ。まだ時間がかかるかもしれないけど、お姉ちゃんに任せてくれれば」

「いいえ! ネシア様の言うことも聞いてあげましょう!」


  でえぇっ⁉

  この話に首を突っ込むんですか! ステラさん!


「ネシア様はテンペス様に会うために同士を集めようと新たな国をレンヂアに作り上げました。レンヂアで周知の名、テンペスと名乗られた都市に四国の人たちが集まって暮らしています!」

「それはインフィヌの意見……」

「互いにいがみ合う人たちも少なくはありません。そんな中にも、互いの特徴を認め合いながら生きている人たちもいるんです!」

 

 ステラさんがネシア様の気持ちを擁護しようと、テンペス様が恐らく知らない、現在のレンヂアのことを話題にあげた。ステラさんはただの憶測で話しているが、テンペス様は自身の名前を地名にするような自尊心の高い人とは思えなかったので、その考えは当たっているだろう。


「ネシア。それは本当なの?」

「ご、ごめんな」

「謝る事じゃないです。テンペス様も怒って聞いている訳では無いんですから」


 俯きながら話すネシア様には見えていないからなのだろうが、テンペス様は怒ってなどいない。寧ろ驚いているような表情だ。ネシア様が引きこもった原因は、単なるシスコンだと思われていたが、本当はもっと根深いトラブルのせいだった。

 彼女がどんな思いだったかは分からない。

 けど、彼女に似たようなトラブルは日本でもよく起こっていて問題視されている。

 彼女が姉を探しに、町を、配下とは言え自身の意志で起こしたのだから、それは立派な『自立』と言える。


「アグニの人はその技術力の高さから、生活を豊かにする道具を数を多く生み出しました。シーズの人達は自らに課した厳しい戒律と階級を元に、法を作り秩序を保たせています。ジアの人達も、他国から一番虐げられている面を持ちながらも、食料を作ったり、テンペス内で店舗経営をするなど、それぞれ無くてはならない存在だと互いに認め合ってます」


 フラに関しては街中でも学園でもあまり良い出来事は無かった。唯一あったとすれば、ステラさんがベイヤールさんと対峙した際に一番初めに声をあげた人たちであることか。


「日本がしっかりとした法体制で秩序が保たれているとはいっても、100%では無いことはテンペス様ももう承知の事実だと思います。それと同じで、レンヂアも互いにいがみ合う無法地帯なだけ、と言う訳ではありません。責めあっても何も生まれないと気づいた人たちは、互いに手を取り合い、一つの街を完成させることに成功したんです」


 デニルさんの時代、俺たちが飛ばされた時の約20年位前は特に進捗があった時期だったようで、その時代が無ければ、テンペスと言う街は作られても、その中に安全な場所は無かっただろう。

 テンペス様は努力を惜しまない。

 でも、その中でどうしても隠し切れない、ネシア様と似た自尊心の低さを感じる。だから、自分で全てを解決しようとしてしまう。何故だか知らないが、この事件に巻き込まれてからそういう性格の人とよく出会い、そのうち対処の仕方も何となく身についてしまった。


「私は勇者だから人を助けるのが使命だと自覚して動いていました。けど、それは勇者だけに限ったことじゃない。傭兵も、警護の人も、医者も、調合師も、危険な物から身を守る以外にも、農業や行商など、生きていく為に必要なことを担うことだって人を助けることに繋がるんだって。それを考えると、私のやっていることは粗末な物なのかもしれません」

「いえ、そんなことは無いか……と」

「でもそれでいいんです!」


 ステラさんが勇者としての尊厳を放棄し始めたことに焦りを感じた俺が、宥めようとした。

 が、その必要性が無いことを、ステラさんの瞳が語っていた。


「私にできることは決まっているんです! 寧ろ神様にできないことが勇者である以前に一人の人間である私にできる訳がありません! それと同時に誰しもができることはあるんです! 私はそれを知らずに、皆が勇者がいなければ、この世界は成り立たない、終わってしまうと思い込んでいると錯覚していました」


 ステラさんは徐にその場から立ち上がり、窓の方に歩み寄り、ガラス窓に手を添えた。


「これだけ人の通りが多い世界は始めてです」


 そして息を吐くような声で呟いた。


「魔物もいない。危険な野盗も見当たらない。警察官と言う困った人を助ける騎士団のような人たちが数多くいて、皆法を守っている。なのに――この世界には勇者がいないんです。それって、皆がそれぞれのできることをこなし、皆が、自分のやれることをやっているからだと思うんです。つまり」


 ステラさんが振り返る。白銀のカーテンが流れ、そこから臨む翡翠の眼が、俺に向けられる。


「この世界の人達は、誰もが勇者なんだと思うんです。そして、ケイタさん。あなたは、私にとっての勇者だったんです」


 彼女から幾度となく感謝(うち謝罪が8割強)をされてきた。

 その中でも一番の、今までの感謝を詰め込んだような感謝に心を打たれた。

 それに、何より、彼女の口から勇者と言う重荷を自分のみで背負い込むことを止める宣言をしてくれたことが凄く嬉しかった。


「だからテンペス様を一人で抱え込まないでください! 私も協力します! 違う世界であれど、イシリオル家の使命は神より与えられたもの。同じ神様が困っているのであれば見捨てる訳にはいきません!」


 のだが、彼女が変わった訳では無かった。


「はぁ……初々しいわね。甘い告白を皆の前で見せつけてからの宣言。男が外に出て女が家を守る時代が終わったのに相応しい口説き文句ね」

「えっ?」

「ステラさん。さっきの言葉、もう一度よぉーく、口に出さなくてもいいから頭の中で言い直して見たらどうかしら?」


 テンペス様の小悪魔的な表情に気付かず、ステラさんは黙って、いや若干小声でさっきの言葉を復唱する。耳を傾けなければ聞こえない小言は次第に更に小さくなり、呼応するかのように顔が赤くなっていった。


「あ、あぁぁ、あぁぁ、あぁ、あ、あの、け、ケイタさん! こ、これは!」

「テンペス様。そうやっておちょくるのは止めてください。そんなことされたらネシア様もあなたのこと嫌いますよ?」

「それはいやね。でも、勇者様のおかげでだいぶ気持ちが落ち着いたわ」


 それは良かったと言っておこう。ステラさんの知らぬうちの捨て身アタックは、同士討ちという最悪の展開は避けられた。


「私は間違っていたのかも。実際に神様ってそもそも実在する訳でも無いのにね。キリストだって、ブッダだって、元は人なのに神として崇められているでしょ? 私も神である以上に一人の精霊だってことを忘れてしまっていたのかもしれない」


 テンペス様は一度片膝を立て、姿勢を戻した後、ネシア様の方に向き直る。


「ネシア。あなたはもし、私が神として相応しくないと思われる救済を行ったとしても、あなたは私について来てくれるかしら?」

「姉さんっ! 私、私は、昔の私ではありません! 一緒に頑張ります!」

「……成長しましたねネシア」


 テンペス様がネシア様の横に移動し頭を撫でる。

 そして、彼女の横でフローリングの上で正座をし、俺の方に向き直った。


 …………何か嫌な予感がした。


「ケイタさん。私とあなたとはコンビニと言う狭い空間の短い時間の付き合いです。けど、それでもあなたの仕事ぶり、それに、今回ネシアを匿ってくれて、私を問題無く呼び寄せたこと。その点を踏まえて、あなたにお願いがあります」


 何度となく聞き受けたこの願い。

 己の世界に戻ってこれたのだからもうないだろう、と考えていた。


「私と、一緒に事業を起こさない?」


「はっ?」


 だが、これは想定外だった。

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